第83話

「おはようございます」


「おはようございます、奈美さん」


奈美さんは朝のシャワーを終えてきた。


かすかに香る艶かしい女性の香り。



大家さんは、朝6時半と言うのに、もう朝食を済ましている。


「明日からの土日。予定通りオランダ半周しましょうか」


「そうですね……」


「まあ、朝食でも取りながら。僕もシャワーいただきます」



そう言えば、なんでもかんでも大家さんにおんぶに抱っこだ。


バスルームの管理、洗濯、朝食の準備と片付け、ベットメーキングまで。


自分でやるのはゴミ出しくらい。


まきちゃんと二人だけで暮らすとなると、どうなることやら。


最初はてんやわんやな生活になるような気がする。



軽く焼いたトーストに、スライスしたハム類、チーズ類を載せ、フォークとナイフで切って食べる。もう奈美さんも慣れた手つきの朝食。


今日は二人してイングリッシュ・ブレックファーストティーで。



「加藤さん。明日、明後日とロンドンに行けます?」


「明日? ですか?」


「はい」


「まず、現実面でフライトが取れるかどうか。後で調べてみますね」

「ホテルは大丈夫です。B&Bになりますが」


「奈美さん、何か訳でもあるんですか?」


「なんだろう? 今の自分。何かから解放されたい、そんな気分なんです」


「彼の過去を追う旅、ではなくて、彼の未来を誘う旅にしたくて」


「なるほど、いいですよ。行きましょう」


「観光は大英博物館とナショナルギャラリーに絞りましょうか? もちろん、大英博物館は1日かけても見切れませんが、時間が余ればプラプラ街巡りでも。僕も久しく街中の観光はしていないので」


「嬉しいです。とても」


「加藤さん。ただでさえ忙しいのにすみません……」


「いえ、大丈夫です」


「僕も心の休暇が必要です」



「私が来たせいで、加藤さんのプライベートな時間を奪ってしまって本当に申し訳ないです」


「全然大丈夫です。僕も才色兼備の奈美さんと一緒に歩けて楽しいですよ」


「美しさは女性の武器であり、装いは知恵であり、謙虚さはエレガントである。シャネルの言葉、そのままの奈美さんです」


「また、冗談が上手だから」


「本当は、真由美さんとがいいんですよね」


「それが不思議に、まきちゃんがいたら、意外に外に出歩かないかもしれない。そんな気が最近しているんです」


「羨ましいです。一緒にいれば、そばにいてくれるだけでいい。そんな空気ですね」


「はい。それに近い感覚になるでしょう」


「とは言え、相手はまきちゃんですから、どうなることやら」


奈美さんと二人で微笑み合う。


「紅茶も美味しい」


「ハロッズのNo.14。いい香りです」



ーーーーー



「まきちゃん。こんばんは」


「おっはー、まさ君」


「明日奈美さんとロンドンに行くことになった」

「仕事も忙しいんだけど、僕も気晴らしに丁度いい。ロンドンの街中」


「そうなんだ……」


「奈美さんの心境、本当に前向きね」


「そう、前向き」


「まさ君、愛の光の粉を振りかけるの。頑張ってね」


「まさ君」


「何?」


「まさ君と、奈美さんに、マザーテレサの詩をメールで送るね」

「なんだか、今、この瞬間の時の詩、のような気がして」


「うん。ありがとう」


「まさ君。今こそ、愛を配る時よ」



まさ君、奈美さんへ



ー 傷ついたあなたへ ー



人は不合理、非論理、利己的です


それでも、あなたは人を愛してください



愛の囁きは短くても


その響きは永遠です



あなたが善を行うと、


偽善者だと言われるかもしれません


それでも、あなたは善を行ってください



もしあなたが成功していれば


あなたから騙し取る友達や


本物の敵を作ることになるかもしれません


それでも、成功した道を進み続けてください



あなたの正直さと誠実さとが、


あなたを傷つけるかもしれません


それでも、あなたは正直で誠実であり続けてください



あなたが何年も掛かって築いてきたものが


一晩で崩されてしまうかもしれません


それでも、あなたは築いてください



助けた相手から


恩知らずの仕打ちを受けるかもしれません


それでも、あなたは助け続けてください



あなたの中の最良のものを世に与え続けてください


あなたは利用されて裏切られるかもしれません


それでも、あなたは最良のものを与え続けてください



自分自身を信じて


誠実に 親切に 前向きに


進んで行くあなたに


神様の祝福がありますように



元気出してくださいね



真由美

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