第81話
「所長、バルセロナはともかく、やはりサンレモには行かないとらちがあきません」
「納品予定の実物を目で確かめておかないと……」
「日帰りで大丈夫か?」
「大丈夫です。朝一番でニースに飛び、移動中も資料をまとめますので、サンレモへは電車で移動、夜にニースからアムスへトンボ帰りです」
「わかった。いつ飛ぶ?」
「明日にでも」
「了解。若いっていいな。即断、即決、即行動に体がついていく」
所長は笑みを浮かべる。
ーーーーー
電車をヴェンティミリア駅で乗り換え、サンレモに着いた。
とにかく今日は忙しい。観光、散歩などしている時間などない。
駅の近くの適当なレストランに入り、昼食だけは仕事休み。
シーフードパスタと野菜サラダを注文。ナポリタンに近い味。とても美味しい。
イタリアには、ケチャップを使ってのスパゲッティー・ナポリタンはない。
スパゲッティー・ナポリタンは日本発祥の料理。トマトソースがベースで、肉やタマネギなどを入れて作るのが、本場のナポリターナ。味の深み、塩加減などナポリタンと全然違う。
また、イタリアではパスタやピザにタバスコをかけたりしない。
サラダにかけるドレッシングも、基本的にイタリアには存在しない。
そもそもドレッシングはアメリカ発祥で、日本でもブームが広がったもの。
新鮮な野菜に、オリーブオイルと塩と胡椒、そしてバルサミコ少々をお好みでかけ、本来の野菜のおいしさを味わうのがイタリア流。
「Shall we get down to business?」
(それでは本題に入りましょうか)
Ballet氏に僕が必要とする資材を見せてもらった。念入りに確認する。イタリア職人の仕事。完璧だ。
「Does that mean you can deliver the parts next months according to our plan?」
(来月、予定通りに資材を引き渡してくださるということでよろしいですね? )
「We could accept these provided.」
(大丈夫です)
「Perfect.」
(良かったです)
仕事の方は一安心。レポート、プレゼンもまとまりそうだ。
ーーーーー
「もしもし、まきちゃん」
「まさ君、こんばんは、は、こっちだった。こんにちは」
「サンレモ日帰り。コートダジュールを散歩することもできないよ」
「よく、体が持つね」
「うん。多少無理はするけど、無茶はしない様にしている」
「何時ころアムスに帰れるの」
「夜9時半くらいかな」
「奈美さんの夕食は?」
「オランダ家庭の味。大家さんがいつものオランダ料理を作ってくれる」
「いつものと言いながら、まさ君、ほとんど外食でしょ。いも、人参、豆、魚、ほとんど食べてないじゃない。ダメよ」
「そうだね。今日の夜は、花市場の食堂でグロンテスープでも食べようかな」
「何? そのグロンテスープって。野菜のエルテンスープはまさ君に聞いたことあるけど」
「グロンテスープは、ネギ、カリフラワー、ニンジン、豆、セロリなど、オランダ風スープに使われる代表的な野菜をみじん切りにして、あと、合挽き肉の丸いミートボールが入っているスープ。コンソメベースの味付けかな」
「美味しそうね。そういうの食べなきゃ」
「好きだよ、エルテンスープもグロンテスープも」
「スタンポットという、マッシュポテトと野菜を混ぜたものを作る日は、大家さんには声かけてもらって家で食べてる。中に混ぜるスモークソーセージがアクセントとなってとても美味しいんだ」
「まあ、少し安心した。野菜もとってはいるのね」
「うん。でも、やっぱり基本、中華料理メインになってしまうんだ。日本人の口にとても合うから、値段も安いし」
「あーあ」
「どうしたのまきちゃん、長いため息ついて」
「私もオランダ行きたいな、まさ君のそばに」
「まさ君がね、愛の光のミストに覆われていて、それを他人に降り注ぐことができる姿が見えて来てる。本当よ」
「……おいでよ」
「……うん……」
しばらくの沈黙の後、
「私ね、両親に背中を押されているの」
「何?」
「若いうちに、素敵な恋してきなさいって。まさ君のところで……」
「両親は言うの、”恋って冒険よ。しかも海外でできるのよ”」
「”すごいじゃない、なかなかないよっ”て」
「ただし、結婚の話はまだだぞ、と釘は刺されている」
「おいでよ、まきちゃん。僕が守るから」
いきなりまきちゃんが元気な声を出す。
「さーてクイズです! 守られているのはどっちでしょう?」
「チッチッチッ、チ」
「……僕」
「ピンポーン!」
まきちゃんが細い小声で、
「(もういいかい……)」
そして普通の声で、
「まーだだよっ!」
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