第78話

「奈美さん、夕食は日本料理店に行きましょうか?」


「いいですよ。野菜を食べに」


二人で笑う。


「楽しかったですか? アムスの街中のいろいろな市場」


「シンゲルの花市場、とても楽しかったです」


「朝イチで、アールスメアの花市場に行ったからですかね、シンゲルの花たち、ものすごく可愛らしく見えて」


「ブーケを買って、部屋に飾ってあります」



「シンゲル、僕も大好きです。心なごみますよね」


「そう、おすすめマーケットでは教えませんでしたか、アムスは骨董品の多い街としても有名なんです。骨董品街も教えてあげますよ」


「ありがとうございます! それも楽しそうですね」




ーーーーー




「彼、何か話してました?」


奈美さんが低いトーンの口調で語りかけてくる。


「とても大事な事を話しましたよ。まきちゃんだから話したのかもしれない」


「森下さんが盗まれたのは、申請前の特許申請資料全文、数値データ付きの極秘資料」



奈美さんの時が一時止まる。


「それって大変なことじゃないですか……」



「そうなんです。とても大変なことなんです」


「森下さんの盗難事件のために、会社は特許申請に遅れをとったと思います」



「そしてその後、森下さんはアムステルダムで美咲さんに会う」


「日本料理店の渡辺さんと、不自然な繋がりを持つようになる」


「一時帰国する」


「急に体の容態が悪くなる……」


「そして2ヶ月の入院。麻友さんとはそこで会う」


「そして今、療養所へ……」



「奈美さん、一連の物事が繋がってきました」


「はい。繋がってきましたね……」


「夕食前に、適当なBarにでも入りましょうか。先日ノートに書いた流れに、新しい情報を付け加えましょう」


「はい」




ーーーーー




僕は、昨日のB5ノートを取り出した。


「森下さんと美咲さんは繋がった」


「あと、渡辺さんですよね。これも森下さんと僕に繋がった」



奈美さんは首をかしげる。


「この、渡辺さんなんですが、今どこに?」


「日本に帰ったということしか分かりません。電話番号は分かりますが、住所は分かりません」



「彼女、この相関図で繋がっているのは、何の理由からですかね?」


「僕にはよく分からないです。渡辺さんに関しては現時点での推察はできないですから、事実として、森下さんと僕が彼女と繋がったということだけにしましょう」



「麻友さんは?」


「これは推察するに、森下さん本人から何らかの情報を得るために病院に出入りした」


「森下さんは、自分の置かれている状況からくる心の不穏、またそれを抑える向精神薬のせいもあり、精神的に病弱になっていった。躁鬱病と診断されるまでに」


「なるほど……」



「まきちゃんとも話したんですが、森下さんの書類盗難の調査は、依頼元は会社だけど、調査は会社ではない第三機関の可能性があると思うんです。麻友さんや美咲さんのいるところ」


「そして、それは善の組織で国際的組織の可能性があります」


「でも、森下さんが苦しむ状況に追い込むような、言い換えれば、社会的制裁を与える組織ではないと思います」


「どうしてですか?」


「理由は僕にも分かりませんが、第三機関がそんなことをすると犯罪です」


「つまり、彼女たち、そして依頼元の……、多分会社だと思うんですが、それが犯罪組織ということになってしまいます」


「会社が個人、しかも社員を潰すようなことをする犯罪組織のはずがありません」


「多分、この件に関してはもう一つ、別の組織が絡んでいると思います。言うなれば、善ではない組織です」


「心当たりはあるんですか?」


「全くありません」



奈美さんは寂しそうにうつむく。


「なるようにしかならない……、ですか……」


「残念ながら、今はそうです」



奈美さんは笑顔に戻る。


「加藤さんとアムスにいて発見ばかり」


「彼の輝いていた街にいるし、彼に起こった出来事をおおよそ解明できましたし」


「彼を守ります」


「優しさと、自分なりにできる愛を降り注いで行きたいと思います」



「まずは、ここまでにしましょう」


「一旦帰宅してシャワーでも浴びて、夕食は、天ぷらでも食べましょうか? 野菜と海鮮ですし」


互いに微笑む。



「真由美さんには感謝ですね」


「はい。これから電話します」


「森下さんもまきちゃんに一人で抱え悩んでいた事を話したことで、気が少し楽になったと思います」



「隠し事をしようと思っても、自分から逃げることはできませんから」

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