第77話
「所長、おはようございます」
「かとちゃん、おはよう」
「奈美さんはどうしてる?」
「はい。今朝、花市場に小一時間ほど連れていってあげました」
「びっくりしたろう、奈美さん」
「はい、とても喜んでいました。新鮮な感動で心が震え上がると言ってました」
所長は笑う。
「そうか、日中はどうしているんだ?」
「ガイドブック片手にアムス市内を歩いています」
「今日は、アムス市内のいろいろな楽しいマーケットを教えましたから、その辺を歩き回ると思います」
「どの辺だ?」
「シンゲル花市場、アルバートカイプマーケット、ダッペルマルクト、テン・カーテマルクトそして北教会マーケット辺りです」
「それは、一日じゃ回りきれないな」
「はい。美術館にもまた行きたいみたいですし」
「そう、まだ時期は未定だが、近々かとちゃんのプロジェクトの四半期ミーティングをしようかと考えている。イタリアにいる三上君、今回は日本からも担当者2名を呼ぶつもりだ」
「各々資料の取りまとめなど時間が必要だと思うが、かとちゃんはどのくらいでこれまでの成果をまとめられそうだ?」
「レポートが7日間、プレゼン資料2日間、予備1日、合わせて10日間くらいですかね。通常の仕事をしながらですと」
「サンレモと、バルセロナには飛ぶ必要があります」
「だいたい2週間か……」
「それまで奈美さんはいるのか?」
「わかりません。彼女、いい感じで心が落ち着いてきていますので、2−3週間したら日本に帰るかもしれません」
「プロジェクト会議は3日間くらい終日打ち合わせ、夜の部も全て対応だぞ」
「大丈夫です。もし奈美さんが帰らずにいたとしても、彼女、一人でなんとかできます」
「分かった。他のメンバーにも声をかけて日程を調整する」
「お願いします」
ーーーーー
「そう、まきちゃん。森下さんと美咲さんの接点はあったかな?」
「森下さん、話したわよ、美咲さんのこと。偽名は使っていないわよ彼女。本名よ」
「どこで出会ったの?」
「Amsterdam RAI。日本でいう、東京ビッグサイトみたいなところでしょう?」
「そう。RAIか。コンベンションセンターで何かの展示会でもあったときかな?」
「もちろん、重要書類を盗まれた後よ」
「なんの書類だったんだろう?」
「森下さん。私にやっと話した。申請前の特許申請資料全文、数値データ付きの極秘資料よ」
「それって大変なことじゃないか! 特許の内容によっては、毎年数億円もの利益が動くんだ」
「書類を盗まれて間も無く、ほとんど同じ、類似した特許が競合アジア他社から提出されたの」
「森下さんの事件のせいで会社は申請に遅れをとった」
「なんてことだ……。それはただ事では済まない話だよ」
「大ごとになる……、しかして……、世間に大ごとだと大っぴらにすることはできない……」
「まずは森下さんと美咲さん、そしてまさ君が繋がったね、これで」
「うん。繋がった」
「とにかく、事の初めはオランダで重要特許情報が盗まれた。その時まさ君がオランダにいた」
「森下さんの姿がオランダから消えた」
まきちゃんは話す。
「次に、麻友さん、美咲さんが、万が一だけど、まさ君も特許情報を共有していたかどうか、情報漏えいに関わる可能性があったのかどうかの確認の意味で近づいてきた」
「あくまで、森下さんが故意に情報を流した訳ではなく、盗難にあったという確かな調査結果は分かっている上で」
まきちゃんは話を続ける。
「彼女たちには森下さん、まさ君の個人情報さえも把握している組織、情報網がある」
「それ、会社が絡んでいそう。私の勘」
「まきちゃんの勘、当たるからね。ありえるね、可能性は十分にあるよ」
「でも、まさ君、どう思う? 指示元はどこから? 本社からなのかな?」
「僕が思うに、森下さんの調査は、依頼元は会社だけど、調査は会社ではない第三機関。麻友さんや美咲さんのいるところかな?」
まきちゃんは平坦な口調で話す。
「森下さん調べられている。何もかも」
「まさ君が言う、麻友さん、美咲さんのいる組織って何?」
「それはわからない。ただ、国際的な組織であるのはまず確か。そして、善の組織だと思う」
「じゃあ、どうして森下さんが今のような状態、病気にまでなってしまうの?」
「それは……、説明できない……」
「私は、善だけの組織とは思えない」
「いや、僕は善の組織だと思う。ただ、悪の組織が別にある……」
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