第75話

「Hi, Ruth」


「Hi, Masa」



今日は夕食も取るので、テーブル席に座る。



「Two beer please」


「奈美さん、おつまみにチーズでも頼みますか?」


「はい」


「この前の、ビッターバレンも頼みましょう」


「Ruth, assorted kaas, and Bitterballen Als.」

(チーズの盛り合わせとビッターバレンお願い)



「奈美さん。少しはアムスになれましたか?」


「はい。もちろん狭い路地などは避けて歩きまわってますが」


「森下さんの住んでいた街。何か思うところありますか?」


「そう、彼はここにいたんだ、という心を持って歩いています。本当に来てよかった」



奈美さんの表情は、来た時よりずっと素敵だ。


幸せだから笑顔になるのではなく、笑顔だから幸せになる。


まずは、奈美さん、自分自身を愛してもらえるようにしなきゃ。



「彼、どんな仕事していたんですか?」


「奈美さんは聞いていないんですか?」


「なんだか、科学的な研究だとは言っていましたが。詳しくは・・・」


「実は僕もは知らないんですよ。ただ、例えば植物の化学成分の分析だとか、遺伝子研究の方も手がけていたみたいです。そして、論文書いて特許」


「分野は生物学やバイオテクノロジー関係ですね。HPLC、GC、GC-MS、LC-MS/MS、NMRなどなど、あらゆる分析機器に通じていたんです。しかも、必ずしかるべき結果も出す。所長曰く、魔法使いだと」


「彼、仕事のことあまり話しませんでしたから」


「僕も一緒です。まきちゃんには仕事のこと、ほとんど話しませんよ」


「恋愛って、お互いのオアシスです。仕事は持ち込みません」



「恋愛で、互いに相手に自分を見つける」


「そう、理想の人間とは自分を愛する者です。それは自身を助けるとともに、愛を配る行為を成し遂げることで、恋人にも利益をもたらすんです」


奈美さんは軽く頷く。


「真由美さんが同じようなことを言っていました」


「そう、僕もまきちゃんに教わりました」


「そして、男女の間ではなく、友人の間で働く信頼の心、いわゆる、友愛のことを表す概念にフィリアという言葉があります」


「僕もまきちゃんも奈美さんの関係も、男女の間否かに関係なく、友人として、それに近い関係だと思います。森下さんは今のところ……」



「奈美さんが、互いに自らの片割れを求めるかのように愛し合いたいと熱望していたなら、森下さんは、その奈美さんの気持ちを少し重く感じているのかもしれません」


「もっと気楽に。愛が自然と降ってくるように」



BGMでシカゴの素直になれなくてが流れる。


「いい曲ですね」


奈美さんが呟く。


「恋人たちもたまには休みが必要です。森下さんにとって奈美さんは大切な人です。そして、離れていると苦痛だと感じるようになりますよ」


「そして、お互いを改めて知るんです」



ーーーーー


日本時間、深夜未明にまきちゃんから電話。


「もしもし、まきちゃん」


「ハロー、まさ君」


「今奈美さんと夕食取るところ」


「何食べるの?」


「肉かな」


「ちゃんと野菜も食べなきゃダメよ。オランダの夕食は野菜メインでしょ?」


「そうだね」


「奈美さんね、表情変わって来たよ。自分自身が何かに気づいているところ。森下さんから離れてみて、森下さん、そして皆にどうやって愛を降りかければいいのか気づくところ」


「よかったね。難しいことじゃないから」

「相手の中に自分を見つけることだから」


「難しいことなんだよ、それ。まきちゃんは特別」



「まさくん、大学時代、彼女とひどい別れ方をしたって言ってたよね? 絵葉書が来る美咲さんと同じ名前の子」


多くは語りたくない、


「うん。そう……」


「興味がなくなってしまったんでしょ?」


「……」


「相手はどう思う?」


「まさ君、服や時計と同じで、多少の執着を持つことはあっても、それ以上の感情を持たなかったんじゃない?」


「振って、さあおしまい。そんな感じ」


「分からないよ、僕には当時の自分の心が分からなかった。相手への気持ちもうわべだけだったし。浮いていた」


「それが分かればいいの。人って、初めから完全な人はいないと思う」

「まさ君、その時全然優しくない人だったのよ」


「……」


「とても優しいって意味わかる?」


「なんだろう?」


「優しくないっていう事がどういうことか、よーく知っている人がそれ出来るの。変われるの」



「まさ君、今とても優しいよ」

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