第69話
アムステルダム・スキポール国際空港15:10。
美奈さんのフライトは時刻通りに到着。到着ロビーで奈美さんを待つ。
「こんにちは加藤さん」
「こんにちは、奈美さん。そう、初めましてですよね?」
「はい。写真で見た通りの加藤さんなのですぐわかりました」
ベージュのロングワンピースに、バラ模様のハット。大人ムードのファッションだ。
目鼻立ちがはっきりしていて、雑誌のモデルさんのよう。
まきちゃんが和風だとしたら、奈美さんは洋風な出で立ちだ。
「まずは両替しましょうか」
「いくらくらい手元にあれば?」
「そうですね、宿賃は後払いでいいし、ショッピングの時はクレジットカードも使えるし、まずは現金で5万円くらい、400ユーロくらいあればいいと思います」
奈美さんは両替を済ませ、僕は彼女の荷物を並んで運び駐車場へと歩いていく。
「フライト、疲れてませんか?」
「いいえ、少し座席シートが少し硬めに感じましたが大丈夫です。隣が空席でしたし」
「時差ぼけみたいのは感じます?」
「今は、時差ボケなさそうで安心してます」
「時差ぼけは、2−3日後の夕方頃感じる方が多いですよ。油断できませんよ」
一時停車用のエリアに止めてあるAudiに乗り込む。
「オランダの空気。乾燥していてとても心地良いですね。東京とぜんぜん違う」
「これからは、どんよりとした気候が続きますけど過ごしやすいですよ」
「雨とかどれくらい降るんですか?」
「確か、年間850mmくらいです」
「えっ? 年間? ですか?」
「そう。雨の日といってもイギリスのようなスコールもありませんし、小雨が降ったり止んだりみたいな天気です。皆、傘はあまりささず、コートやカーディガンを羽織り対処します」
「お腹空いてます?」未奈さんに尋ねる。
「大丈夫です」
夕方4時。夕食にはまだ少し早い。
「まずは、家に向かいましょうか。シャワーを浴びるとスッキリしますし」
「はい」
「加藤さん」
「はい?」
「車の運転、ものすごく上手ですね。逆ハンドル、右側通行なのにスイスイ走れますね」
「商売ですから」
二人して笑う。
「何が食べたいですか? 中華、日本食、イタリアン、オランダ料理、地中海料理、トルコ料理などなど」
「そうですね、彼もよく行っていたという中華料理屋さんがいいですね」
「森下さん、行きつけだった中華料理店がありますよ。僕も常連ですし」
市内に近づくにつれ奈美さんは外の景色をまじまじと見つめる。
「すごい、すごい。塗り絵のようなおとぎ話に出てくる建物ばかり。さすがアムステルダムですね」
「毎日見慣れた景色でも、いつも何かかしら新しい発見のある素敵な街です」
「日本は昔と違って、どこの街も同じような駅、街中にコンビニ、郊外には大型スーパー。なんか単一化されていってますよね。街の風情とか歴史とか、大切なものがなくなっていくような……」
奈美さんの部屋は、3階の屋根裏部屋。大家さんがベッドメーキングも綺麗にしてくれてある。
「シャワーは2階です。タオル、バスタオル、ドライヤーもあります」
「小一時間したら、少し早いですが食事に出かけましょう」
「はい」
まきちゃんへ、
『奈美さん。無事アムスに着いたよ』
『少し休んだら食事に出かける』
『行きつけの中華料理屋さん。森下さんもよく通っていた店だよ』
雅彦
まさ君へ
『お疲れ様』
『奈美さんの旅の始まりね』
『まさ君なら大丈夫。安心しているからね』
『今、電話いい?』
「もしもし、まさ君」
「まきちゃん、深夜だね。大丈夫?」
「うん」
「奈美さんがアムステルダムに行く直前に私に話した話、教えるね」
「何?」
「森下さん、精神が壊れた、自分で言うに壊されたらしいの……。ゆっくり、静かにね」
「どう言う事?」
「薬らしいの。向精神薬かな? あくまで森下さんが自分で言ってる話よ」
「その向精神薬が森下さんの症状に何か影響したの? 薬って症状を和らげるためにあるんでしょ?」
「本人は初め自覚症状がなかったらしいの。服用から2ヶ月くらい経ってから、暴言を吐いたり、急に気持ちがハイになったりしたみたい」
「薬のせい? 僕にはよく分からない」
「まさ君、日本に来た時森下さんにあったでしょ」
「うん」
「森下さんは全然、物事を正しく認識し、判断する能力があるの」
「僕も確かめたよ。森下さんは今だに天才的な頭脳の持ち主だよ」
「そう、でも結構な量の向精神薬を服用していた頃、森下さん、逆に苦しみもがいたらしく、自分でも嘘とも本当の話とも分からない妄想のような話をするくらいの程度まで酷くなったらしいの。そしてまた薬」
「薬のせい?」
「多分そう。100%とは言わないけど……。あと、体の痺れも止まらないままだったし、そのための薬も処方されていて」
「本人のせいもあるの。森下さんはもう元の仕事はもとより、社会生活にさえ戻れないとの自虐の念に縛られていたし……」
「自分はもう社会で必要と思われていない、そんなことを話して嘆いていたらしいの」
「でも信じようね。森下さん、いつか自分にも相手にも決して嘆かなくなる」
「そんな時がきっとくるの」
「とにかくまだ、森下さんは人として一番大事な大切なもの、愛を、理解できないのではなく、理解しないの。そんな彼のもとで、心倒れそうな奈美さん」
「だからまず、奈美さん自身の心が倒れないように、彼女、今そこにいる」
「彼の活躍した舞台を心に刻むために。愛する心は時空を超えたものだから」
ーーーーー
「加藤さん。シャワーいただきました」
「はい。今行きます」
「Masa, You got a postcard from Mayu-san」
(マサ、麻友さんから絵葉書が届いているよ)
「Thank you.」
「そう、僕にね、こんな風に時々決まった女の子から絵葉書が届くんです」
僕は何気に奈美さんに絵葉書を手渡した。
「あれ、この文字?」
「どうしました?」
「どこかで同じ筆跡を見たような気がする……」
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