第66話 (第4章 最終話)
花市場の中のレストランで、テイクアウトしたおにぎり二つと焼き鳥、そしてEnwtensoep(野菜スープ)を注文し、少し遅い昼食。
Enwtensoepは、農業王国オランダの伝統的なスープ。
材料のメインとなっているのは日本では馴染みのない乾燥したエンドウ豆。この豆をベースにタマネギ、ジャガイモ、セロリ、豚肉、ソーセージなどを入れて、豆と野菜が煮崩れるまで煮込んで仕上げたもの。
この花市場のEnwtensoepが個人的に大好きだ。ヌードルも入っている。暖さもちょうど良い。
何だろう? まきちゃんから電話。
「もしもし、まきちゃん。どうしたの?」
「まさ君、こんにちは。こっちはおやすみ」
「何か特別な事あった?」
「うん。奈美さんがそっちへ行きたいらしいの」
「オランダへ?」
「そう。アムス」
「僕のところへ来てもしょうがないと思うけど……」
「彼女、何か解決策を見つけたいのよ」
「まさ君と話しがしたいって」
僕は少し低いトーンで答えた。
「分かるけど……」
まきちゃんが、僕を説得する様な話し振りで、
「彼女自身、進むべき道を知っているみたいだけど、道を知っていることと実際に歩くことは違うの」
「私、話したの」
「奈美さん、まず自分自身を好きになったほうがいいって」
「大切なのはどれだけ森下さんを愛するかではなく、彼女にとって彼女自身が何かを知ることなの」
「それから改めてもう一度、森下さんのこと、守る方法を見いだすの」
「彼女は決めたみたい。アムス行き」
奈美さんが来るとするなら、仕事、出張はもちろん、プライベートの時間もうまく工面しなければならない……。
まあ、宿泊は下宿の空き部屋に泊まってもらえば何とかなる。食事も大丈夫。夜なら話し合う時間もできる。日中の時間をどうするかな?
「分かった。いつ頃来る予定なの?」
「すぐにでもって」
「すぐね」
「どのくらいの期間?」
「わからない。奈美さんに聞いてみるね」
ーーーーー
「Ruth, I’ll have a Bloody Mary.」
(ルース。ブラッディマリー頂戴)
「It’s quite unusual for you to take Bloody Mary.」
(珍しいわね)
「What's eating you?」
(何で、むずかしい顔をしてるの?)
僕はRuthに、奈美さんがアムスに来る一連の経緯を話した。
「What do you intend to do with her? 」
(彼女をどうするつもりなの?)
ルースの言う通りだ。僕は奈美さんをどうやって助けるつもりなんだろう?
彼女自身が自分を分からないもの、僕は奈美さんを助けることはできない。
まきちゃんへ
『ルースに言われた』
『Heaven helps those who help themselves.』
(天は自ら助くる者を助く)
『いつも誰かに頼ったり、誰かのせいにしているから、彼女に幸せが来ないんだって』
『森下さんの事も、誰かのせいにする前に、彼女自身を見つめ直した方が良いって』
『こちらへ来るのもいいけれど……』
『詳しい事、教えてね』
雅彦
まさくんへ
『難しく考えないでね』
『今回の目的は、彼女にとって自分とは何かを知る旅だけなの』
『面倒見てあげられるでしょ? それくらいなら』
『Ruthにも言い直して話を聞いてみて』
『Take it easy.』
『難しく考えないの』
『彼女は愛する人のために、自分を犠牲にしてるの』
『どんな困難にも立ち向かって、ボロボロになるのがわかっていても頑張ってる』
『もしかしたら、それが無駄になることが分かっていても』
『それが、愛しているということなの』
真由美
携帯電話に、奈美さんからのメールが入っている
加藤さんへ c.c. 真由美さんへ
『愛の定めは、時に残酷で、そっと背中を見送られる事です』
『彼は言いました』
『男は離れていても愛に生きられるものだよ、と』
『私は違います』
『私は離れられない。運命がそう決めているから』
『彼に心が届かないんです。彼のために必要なものが……』
『どうして彼が潰れて、いや潰されていったのか……』
『彼の心を開かないと、彼の言いたい事が分かりません』
『もっと愛さないと……』
『だから、昔の、今の、そして未来の自分自身を捜しに行くんです』
『すぐにでも飛んでいきたい。彼のいた、アムステルダムへ』
『私は、自分の大切さと不完全さのなかで、彼よりも、何よりも自分自身を愛することから再び始めなければなりません』
『力をお貸し下さい』
奈美
暫くして、まきちゃんから電話。
「もしもし、まさ君」
「奈美さんのメール見たでしょ」
「彼女迷っているの」
「迷っている心に、さらに、ため息を落としているの」
「壊れていきそうな、危うい心で、悲しみをより引き寄せてしまうの」
「まさ君。彼女にアムスの空気を吸わせて」
「彼がここにいたんだっていう証を感じさせて、元気を出させてね」
「今の奈美さんの心では、日本では、療養所では、どれだけ探しても彼の姿は見つからないけど、アムスだったら見つけられるかもしれない」
「まさ君、大切な役割なの」
「愛は静かに祈るもの、そして時空も超えるもの」
「涙もいつかは報われるよ」
「そう彼女に教えたの」
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