第62話
バルセロナは意外にスリが多い。タクシーでR&D先へと向かう。
安心・安全とコストは引き換えにならない。
「Hi, Kato-san」
「Hello, Dr. Reinen」
研究所に到着後、すぐにミーティングに入る。
僕はプレゼンを始める。
「Could we hear what Dr. Reinen has to say?」
(レイネンさん、ご意見を聞かせてくださいませんか?)
「In my view, the proposed idea is going to benefit the our research station.」
(私の考えでは、加藤さんが提案されている考え方は我々の研究所に取って有益です)
コンサルタントのShibの準備したプレゼン資料のおかげで物事がスムーズに進む。
「We completely agree with Kato-san on that, too.」
(その点についても、私たちは全面的に加藤さんに賛成です)
充実した内容の打ち合わせになる。思っていた以上に、彼らのR&D品質管理へのこだわりは高かったと感じた。
Dr. Reinen曰く
「Our quality means doing it right when no one is looking.」
(私たちの持つ品質とは、誰も見ていないときにきちんと行うことです)
彼らの仕事ぶりを見せてもらった。うなずける。ミーティングの後、ランチをごちそうして頂く。
昼からフルコースの食事。12時から、午後2時半まで。彼らは1日の食事のメインが昼食である。
その後仕事は午後3時半にはもう終わり。Dr. Reinenさんの上司が、僕を今晩と明日のアテンドをしてくれることになっているようだ。
バルセロナ中心部へ20分弱。カタルーニャ広場を散策し、その後19世紀末、芸術家や知識人のたまり場だったカフェで、ビールを飲む。若き日のピカソも常連のひとりだったカフェらしい。
カルデスに行くのは取りやめた。夕刻の観光もアテンドしてもらい、夜8時からはバルセロナ・カタルーニャ音楽堂で、ベートーベンシリーズからエグモント序曲、交響曲第5番「運命」、ピアノ協奏曲第4番を聞きにいく。
演奏会に間に合う様、少し早い夕食は、日本人や観光客はほとんど来ない穴場のレストランに連れて行ってくれた。伝統的なバスク料理、そしてシードル。
バスクは海と山の幸をふんだんに盛り込んだ郷土料理。
スペインの郷土料理チリンドロンソース煮、マグロブロックをトマトで煮込んだ料理など、少量ずつ6品ほど注文。
Dr. Reinenの上司が言う。
「You must be very important person.」
(君は特別な人間に違いない)
「No, I am a common company employee.」
そういえば、オランダのR&D先からも同じ様な事を言われている。
「You must be important person.」
なんだろう。所長は彼らに僕をどのように紹介しているのだろう?
とにかく褒められる。持ち上げられる? まきちゃんの言う甘く危険な言葉?
コンサートに行くため夕食を7時に済ませた。やはりバルセロナ、夕食では二人でピカソの話で盛り上がった。
第二次世界大戦。スペインビスカヤ県のゲルニカが、ナチスドイツ軍によって都市無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)を受けた。
ピカソはゲルニカ爆撃をパリ万博で展示する壁画の主題に選んだ。
この絵画の製作に先立つ数年間、ピカソは女性関係に翻弄されてほとんど絵を描かなかったが、この絵画では熱心に作業を行ったという。
ゲルニカの絵。悲惨を描く。
ナチスが尋ねる「これを描いたのはあなたですか?」
ピカソは言う、「いや、君たちだ」
ーーーーー
サグラダ・ファミリアが見えるホテル。チェックアウトを済ませる。
今日は土曜日。昨日の担当者のアテンドでガウディの建築物などを散策する。
「Shall we go.」
(いきましょうか)
ものを作るときに必要なのは目的、規模、サイズ、形、色、材料、方法とまでは誰でも理解できるが、ガウディの場合はさらに歴史、民族、神話、民話、アイデンティティー、を考慮して建築物などを設計している。
今の時代、3DプリンタとITで建築物は恐ろしい早さで設計され組み立てられていくが、僕らは何か大切なものを忘れてはいないだろうか。インスピレーションのようなもの・・・
サグラダ・ファミリアの設計では、現在のコンピューターでの仕事と同じくらい、細かい計算なしで建物の均等を正確に表せた天才ガウディ。
グエル公園を訪れる。街にとって肺のようなところ。敷地内にはガウディがデザインした可愛らしい家や美しいタイルのモザイクアートがたくさんある。
異彩な空間。歴史、民族、神話、民話の塗り絵である。
不思議なのは、グエル公園敷地境界壁には、パーク・グエル(Park Guell)という名前で破砕タイルによる英語の看板がつけられている。
スペイン語だとパルケ・グエル(Parque Guell)。
ガウディの趣味からすれば、カタラン語で入れたかったのかもしれない。
しかしその辺りはオーナーの希望に合わせて黙認したのだろう。それにしてもなぜ英語の看板を境界壁につけたのだろうか?
謎である。
この後、車で市内散策。駐車場は混んでいるが、さすが地元の人の案内。難なく駐車スペースを見つける。
カサ・ミラ。エスパイガウディ。
ローマ時代の兵士の兜などをイメージしたというユニークな形と色合いの煙突や、通気口がにょきにょきと立つ摩訶不思議な空間の街。バルセロナの陽光に魅せられる。
昼食は地元の人に人気のある穴場のレストラン。ムール貝とワイン。ワインはロウロ・ド・ボロ。辛口で、香りは、レモン、そしてジャスミンの花の香りがかすかに感じられる。美味しい。
ロウロは、ガリシア語で「金髪」。美しい女性の、綺麗な金髪を想像させてくれる、そんな色合いの良さ。
担当者の観光案内、バルセロナからちょっと遠出してフィゲラスへ。バルセロナとは違う田舎街。
車中では、昨日のベートーベンシリーズの話をした。
バルセロナ交響楽団。「地中海の宝石」とも言われる、あでやかで繊細なサウンド。ベートーベンの「運命」。少しテンポが早かったが、重厚かつ、彼の魂が降りてきたかの様な名演奏であった。
アンコールは、リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲より、一曲目のアルボラーダ。スペインの民謡・舞曲集を借用したもの。音楽の放つ明るい色彩。彼らの十八番である。
フィゲラス。バルセロナとは違う田舎街。
その街並の中、奇妙な外観、インパクトのあるダリ美術館。
天才が描く異彩な絵達。「柔らかい時計」などなど。
ダリは自己顕示的で奇妙な言動が多く、ピカソら同時代の芸術家たちからも大きな反感を買っていたらしい。象に乗って凱旋門に現れたり…。
しかし、本当に親しい友人の前では非常に繊細で気の行き届いた常識人だったとされている。
観光を案内してくれた担当者はそのまま自宅へ帰るため、僕はタクシーでバルセロナ空港へ。
「アムス着22時10分か」
「To prepare for take off, please ensure that your seat belt is fastened tight and low.」
(まもなく出発いたしますので、お座席のベルトをしっかりとお締めください)
バルセロナで色々な感動、感情を得てきた。いい仕事、いい観光、あでやかな心の塗り絵。所長の手配してくれた担当者に心から感謝だ。
ノートに書き留めた。ダリの言葉。
”恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない”
愛とはダリの言う恋とは違うと思う。
愛は何よりも大切だとか、お金より大切なものがあるとか、大切なのはそれが真実かどうかということではなく、愛をどれだけ信じられるか。
お互いを信じて感謝するのが愛。それは続くもの。求め合って尽きてしまうのが恋、かな?
Para mi corazón basta tu pecho,
para tu libertad bastan mis alas.
Desde mi boca llegará hasta el cielo
lo que estaba dormido sobre tu alma.
僕の心はきみの胸で満たされて、
僕の翼はきみの自由のためにある
きみの魂の上で眠っていた夢は
僕の唇から天にまで届くだろう
日本時間深夜のまきちゃんにメールを送る。
『I’m falling in love with you, a person who
keeps hurting yourself to protect the people you cares
about.』
(まきちゃんが好き。好きな人達を守りたくて、自分を傷つけてしまうほどのまきちゃんが)
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