第59話
「明後日からのスペイン出張の準備はどうだ?」
「まだ半分くらいです。明日Shibと、R&Dの特許の範囲、評価の基準について煮詰めます」
「よろしくな」
「俺はこれからハーグに行く。用事があったら電話をくれ」
「分かりました」
所長は、日本料理店の渡辺さんという言葉を聞いた後から少しイラつき気味だ。
行ってきますも言わずハーグへ出かけた。
MonicがBGMで The Police / Synchronicity のアルバムをかける。
Every Breath You Take (見つめていたい)いつ耳にしてもいい曲だ。
Every breath you take
君が息づかいするたびに
Every move you make
君が動くそのたびに
Every bond you break
君が絆を破るたび
Every step you take
君が歩くその一歩づつ
I'll be watching you
僕はずっと見つめているよ
まきちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。
「時間はいつでも何処でも、あらゆる人に平等に与えられるの」
「過去は与えられた」
「明日はまだわからない」
「今日は今与えられている」
「与えられている今の一瞬一瞬を大切にしなければいけない」
「だから、英語では今をプレゼント”present”と言うの」
まきちゃんが贈ってくれる言葉のプレゼント。愛を上手に配る女の子。
離れていても、見つめていたい。
「Monic, I’ll go to Wageningen.」
(行ってきます)
「Tot ziens」
(いってらっしゃい)
忘れ物を取りに家に戻る。
また来ている。麻友さんと美咲さんからの絵はがき。
まきちゃんの言う通り、読まずにとっておこう。
心は少しざわつくが・・・
ワーヘニンヘンへ向かう。
A10、A2、A12。高速道で約一時間。
A10、アムステルダム環状線。
今は一人、いつかまきちゃんと二人で通る道。
ーーーーー
ユトレヒト・ジャンクションでいつもより車が渋滞している。
「ユトレヒト同盟、オランダ独立戦争か……」
一人呟く。
きっかけは、スペインの暴政にネーデルラント新教徒が反発した事。
経過は、南部10州、ベルギーは脱落したが、北部7州がユトレヒトで同盟を結び活躍した。
その結果、北部7州のオレンジ公ウィリアムがオランダ総督となり、ネーデルラント連邦共和国として独立。休戦条約が結ばれ、オランダ国は独立した。
16世紀コロンブスをアメリカに送り出したスペインの繁栄、17世紀、衰えていくスペインに取って代わって、アジア・アメリカ貿易を握っていったオランダの繁栄。
今日はオランダ、明後日はスペイン。
歴史の勉強、もっとしなきゃ。
コンサルタントのShibと夕食。美味で評判のステーキ店で待ち合わせ。
「Hey, Shib, it's good to see you.」
(シッブさん。こんにちは)
「It's nice to see you, too, Masa-san.」
(こんにちは、マサさん)
Shibは、ここの店では最高の味・柔らかさで評判のオセハース(フィレ)。
僕は片側がフィレ、片側がロースのTボーンステーキ。これも店の看板メニュー。
ビールはお互いハイネケン。
「Shall we start.」
(食べましょうか。)
明日の仕事の下打ち合わせ。
Shibは温厚で紳士的、几帳面な人柄だ。明後日の仕事の準備を半分近く任せてある。
安心して仕事が進められる。
食事が終わり、僕はホテルに向かった。
シャワーを浴びる。
一休みした後、市内のお決まりのBarへ。
「Hi, Masa」
このBarに置いてあるビールの種類の豊富さはオランダでは有数の品揃え。
そう、日本人が最初に飲んだビールは、鎖国時代の日本にオランダ人が献上したビールだと言われている。日本語の「ビール」の語源もオランダ語の「bier」である。
オランダと日本は本当に色々な面でつながっている。
日本のビールがあるかどうか聞いてみる。
「What kinds of Japanese beers do you have?」
オランダでは、ビールを冷やして飲むという習慣はない。
生温いのだけ少し閉口するが、やはり日本のビールは口に合う。
二本目はトラピストビールのWestmalleを頼んだ。
「Bitterballen, please」
(ビッターバレン下さい)
お腹はいっぱいだが、店の看板メニューのビッターバレンを注文。ここの味は特別に美味しい。
Barからメール、
まきちゃんへ
『明日、ワーへニンヘンで仕事を済ませ、明後日スペインのバルセロナ、時間があればテルマエ・ロマエのあるカルデスに行くよ。夜はカタルーニャ音楽堂でベートーベンの「運命」など』
『ガウディ、ピカソにも会える』
『そう、例の絵はがき、また来てた。それ以外今日は特段変わった事はなかったよ』
雅彦
まさ君へ
『本日は晴天なり!』
『今南房にいるの。私の車で朝早く来た。奈美さんと』
『まさ君との大切な思い出もあるし、南房にした』
『こっちは変わったことあったよ』
『昨日の話、奈美さんにした。びっくりしていた』
『そして彼女、浜辺に着いてすぐ、お昼前なのにもう海辺でビール飲んでる……』
『彼女は急に森下さんをどれだけ愛しているかを話し始めるの。それはね、もう少しも愛していないからかもしれないの……、今の彼女の心、揺れている。正直わからない……』
真由美
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