第52話
「Hi, Ruth. Good afternoon.」
「Hi.」
「所長、お疲れ様です」
「少し遅くなった」
「Ruth, I’ll take a Chablis, please.」
所長もシャブリ。
「まず、日本出張お疲れ様。帰ってきてすぐに仕事ですまないな」
「いいえ、所長のおかげで身も心もリフレッシュできました」
「本当に、心から御礼申し上げます」
「かしこまらなくていいぞ。かとちゃんは、恋の塗り絵と仕事の塗り絵の最中だ」
「色と言うものはお互いに助けあって美しくなる。人間関係と同じこと」
「どっちの色をつぶしても駄目だよ。どの色も生かさなければ」
「わかりました」
「それが人生の塗り絵の旅だ」
Ruthが再び、僕に、
「Very important things, I’ll give you.」
(とても大切な事を教えてあげる)
「Never complain. Never explain.」
「Turn your wounds into wisdom.」
(不平を言わない。言い訳をしない。悩みを知恵に変えること)
所長も言う、
「そう、かとちゃんの悩みを知恵に変えなさい」
「悩みのせいで、誠実さ、仕事、勉強、精神力で負けるのは人間としてクズだ。最悪でも、誠実さと、精神力だけは負けたくないと踏ん張るんだ」
「そうすれば、上手くいく」
「かとちゃん、スペインは何度目だっけ」
「二回目です」
「観光は?」
「ピカソ美術館とサグラダ・ファミリアくらいですかね」
「サグラダ・ファミリアか……」
「完成までに、あと約150年かかるといわれていたが、3DプリンターやCNCの石材加工機といった先端ITで、2026年頃には完成が見込まれているそうだ」
「知らなかったです。すごいですね!」
「人類の知恵と精神力の賜物だ」
「土曜日の午前は、R&D先の担当者がバルセロナ観光をアテンドしてくれる」
「ダリの軌跡とか、バルセロナ穴場の観光地を案内してもらう様頼んでおくがいいかな?」
「是非、お願いします」
金曜日の夜には、バルセロナ・カタルーニャ音楽堂。
エグモント序曲、交響曲第5番「運命」ハ短調、ピアノ協奏曲第4番。 Aの席に空きがある。すぐにゲット。
どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。 救いのない運命というものはない。
苦悩に惑わされず、どこかの方角の扉を開けると、救いの道が残っている。
「When one door is closed, many more is open.」
Ruthの言う通り。
ほとんど聴力を失ったベートーヴェンが、ピアノに耳をつけ骨伝道で作曲していたという、交響曲第5番「運命」。
冒頭の「ダダダ ダーン」というのは、「運命がドアをたたく音だ」と答えている。
この動機は、曲全体で何百回も用いられ、最後までこの動機で埋め尽される。
古典的なソナタ形式による壮大な音楽。
僕らは、自ら幸、不幸をつくって、これに運命なる名をつけていく。
運命は、笑いを与え、涙を与え、勇気、希望を与える。
涙で目が見えなくなるほどたくさん泣いた女の子は、心の視野が広くなる。
僕の運命の子、まきちゃんはそうだ。
何百回も僕の心の扉をたたいてきた。僕も何百回も彼女の扉をノックしたはず。
そして、今、繋がっている。
「Ruth. Chablis, Alsjeblieft.」
(ルース。シャブリ、おねがい)
「Here you are.」
(どうぞ)
Ruthがベートーベンの運命、イジーリスンングを流す。
運命の動機、脳裏にまきちゃんの姿が鮮やかに映る。
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