第50話

サンクトペテルブルク上空。


バルト海に宝石のように浮かぶ島々。フランクフルトは雨らしいが、この辺の天候はまずまず。

いつ見てもここの窓からの眺めは美しい。



「オレンジジュース下さい」


「はい、かしこまりました」


心も体も目を覚ます。




洋食を頼む。


メインディッシュ、

エッグベネディクト ロースハム添え。


ブレッド、

マロンブリオッシュ クロワッサン。


デザート、

ヨーグルトガランス。


そして、紅茶。



お守りを手にしてまきちゃんを想う。



彼女からの言葉は、どんなに短くて簡単でも、その響きは永遠だ。


「私、守るから。まさ君の事、守るから」


天からの声のように、脳裏に残る。



彼女は言う、僕が成功していけば、騙し取る友や、明らかな敵を作ることになるかもしれない。それでも、自分の正しいと思う道を歩み続けること。


まきちゃんの正直さと誠実さは、あまりに強くて彼女自身を自身で傷つけているかもしれない。でも、彼女は正直で誠実であり続けてくれている。

彼女は自分自身のことは最後に考える。そんな素敵な人に、僕は生まれて初めて会った。



僕は、僕の中の最良のものを世の中に与え続ける。

利用されて裏切られるかもしれない。


それでも、続けよう。

他人の愛し方を知っているまきちゃんがいるから。苦渋の時、必ず助けてくれるから。



「Ladies and Gentlemen. We'll be arriving in Frankfurt International Airport, in about fifty minutes.」

(みなさま、当機はただ今よりおよそ50分ほどでフランクフルト国際空港に着陸する予定でございます)


「According to the latest weather report, it is rain in Frankfurt, and the temperature on the ground is fourteen centigrade.」

(地上からの連絡によりますと、フランクフルトの天候は雨。気温は摂氏14度でございます)



まきちゃんは話してくれた。


「夢は逃げないよ、自分が夢から逃げないように」


「苦難は幸福への通過点だと気付くことよ」


「雨は一人だけには降らないの」



「Ladies and Gentlemen, we have arrived at Frankfurt International Airport, where the local time is now ten minutes past five in the morning.」

(ご搭乗のみなさま、ただいまこの飛行機はフランクフルト国際空港に着陸いたしました。現地時間で午前5時10分でございます)



フランクフルトで乗り継ぎ、アムスには8時過ぎに到着予定。


一休みして午後から仕事。


時計の針を現地時間にゆっくり合わせる。



こころの時計は止めたまま。


僕とまきちゃん、二人だけの時間軸。二つの針を違(たが)えぬように。



ーーーーー



「Please be sure to take all of your belongings when you disembark.」

(お降りの際は、お忘れ物のないようお仕度ください)



「アムス。ただいま」、一人呟く。所長に連絡を入れる。


僕の心の玄関口、スキポール空港から、いつものA4ーA10でアムス市内、まずはオフィス。



「ただいま」


「おう、かとちゃん、帰ってきたか。お疲れ」


所長が笑顔で迎えてくれる。


「コーヒーでも飲もうか」


Monicがドリップしたコーヒーを持ってきてくれる。


いつもの香り。心安まる。



「いろいろなもの、見て・聞いて・感じてきたか」


「人の優しさを感じてきました」


「そうか。いい事だ」



土産話に森下さんの名前は出ない。復命書もいらない。

まきちゃんのことなど、もちろん、何も言わなくても十分知れてる。


人の優しさ。その一言で、所長には十分伝わる。何より、所長の優しさで日本に帰れたんだ。



「いいか、どんな状況でも、幸福だと感じられる基準を作っておけ」

「幸福な人は強い人でも頭の良い人でもない」


「生きる目的を持っている人だ」

「かとちゃんの自身の存在証明、目的だ」



「寂しいだろ」


「はい、少し」


「少しじゃないだろ」


「はい、大いに」


その言葉を聞いて、所長は大声で笑った。


秘書も笑みを浮かべる。



「その目じゃ、まだまだ、大事なものが目に見えてないな」


「女の子の想いは、大きすぎるほど大きい」

「太陽系より大きくて、銀河系よりは小さい。女子の包容力は不思議なほどすごいんだ」


所長の持論だ。


「男は女に、迷えば不安、決めれば自信だ。甘えもできる。女子は素晴らしい」



Monicに頼む、


「Nog een koffie, Alsjeblieft.」

(コーヒーもう一杯下さい)


所長は続ける、


「迷うな。人はもともと不合理、非論理、利己的なんだ」

「それでも人と仕事を愛しなさい。ほどほどでいい」


「恋と仕事、両立できるかできないかではなく、やるかやらないかだ」



まきちゃんからメールが入る、



まさ君へ


『はしゃいだ海、泣いちゃったこと、互いのぬくもり』

『目を閉じると、まさ君がいるの』


『それだけですごいの。嬉しいの』

『世界が震えるほどに、まさくん好きって叫べるよ』


真由美


『P.S. お守り。Every moment with you. (どんな時もあなたと一緒)』


言葉にならない想いがある、僕は拳を強く握る。

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