第4章

第49話 第4章

「はい、まさ君。これ、お守りよ」


セキュリティーゲート前で渡された手製の赤いお守り袋。


「私のね、髪の毛が入っているの。一本ずつ」


「持ち歩いて無くしたら困るから二つね」



つながっている。まきちゃんがいつも側にいる。


心にこみ上げてくる不思議な感覚、なんだろう?



日本時間深夜3時。もう大半の乗客は眠りについている。


ジェットストリームが奏でる精緻なAir、僕はマーラーを聴いている。


まきちゃんからのお守り袋をじっと見つめる。何かが僕を暖める。


ワインとナッツを頼む。ワインは、ソーヴィニヨン・ブラン・アティテュード。

フレッシュで弾けるような爽やかな味わい。



マーラー交響曲第2番「復活」第五楽章、アルトソロが美しい。


まさに天から舞い降りてくる声のよう。



O glaube, Mein Herz, o glaube.

(おお、信じるのだ、わが心よ、信じるのだ)


Es geht dir nichts verloren.

(何ものもおまえから失われはしない)


Dein ist, ja dein, was du gesehnt.

(おまえが憧れたものはおまえのものだ)


Dein, was du geliebt, was du gestritten.

(おまえが愛したもの、争ったものはおまえのものだ)



別れは悔しい。でも、だめだ。不足を絶ち、自分の心を穏やかに保とう。

これからもまきちゃんと希望を語ろう。


僕たちをの心を動かすのは、未来完了形、そして過程なんだ、今なんだ。


「問題を嘆かないで、乗り越えるの」


「今笑うから……。幸せだから……」



コールボタンを押す。


ドイツ人CAが来る。



「Sorry to keep bothering.」

(たびたびすみません)


「No problem.」

(大丈夫ですよ)


「May I have a glass of water?」

(お水、頂けますか)


「I’ll be back shortly.」

(すぐにお持ちします)



CAは水を持ってきた。


僕のお守りをみて、


「What is that?」

(それはなんですか?)


「This is a charm.」

(お守りです)


「My girlfriend comforts me being always at my side.」

(彼女はいつもこの中にいて、僕の心を慰めてくれるんです)


お守り袋の中身が、彼女の髪の毛だと話すと、


「Good!  Good luck with your girlfriend.」

(彼女とうまくいくといいですね)


「Thank you.」


「Welcome.」



スケルツォのテンポで、荒野を進むように。

愛の万能の感情が、われわれを至福なものへと浄化する。

立体的かつスペクタクル的に、マーラー交響曲第2番、第五楽章が終わる。



ヘッドホンを外す。ジェットストリームとお守りが、精緻なAirと僕のこころを優しく奏でる。

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