第48話 第3章 最終話

まきちゃんが旅の始まりで、旅の終わり。

そしてまた、旅の始まり。


つかの間のショートステイ。

二人、お互いを確かめ合う。


誰のものでもない、今、まきちゃんは僕のもの。


「さよならだね……」


「いってきます、でしょ……」


まきちゃんは真顔で話す。



僕は別れの言い方が分からない。まきちゃんは、別れを言うべきタイミングが分からない。


お互い様。



「まきちゃんの、大切な鼓動を心に刻むよ」


「私も。いつも、この鼓動を感じて生きるからね」


「ありがとう」


「こちらこそ」



「お互いの感謝を重ね合わせて、積み上げていこうね」


「うん。積み上げていこう」


「まきちゃんは特別だね。その優しさ」


「ううん、女の子は誰でも持っているのよ」

「ただ、まさ君には何か引き寄せられるものがあるから、そのぶん余計に優しくできるの。身もこころも」


「ありがとう」


「いいえ、感謝を言うのは私の方。素直になんでも認められる人がいるんだもの。最高のパートナーよ」


「まさ君はこれから、自分が成功している未来を思い浮かべて頑張っていってね」

「他人様の褒め言葉を奢らす受け止め、自分が創造した道、する道を、歩いていってね。論理とストーリーを大切にする、まさ君の生き方、好きよ」


「大切な事だよ。頭の中でストーリーが”できている”ときは、そのために、もう体と心が動いている」


「まさ君を苦しめるものや、さえぎるものは、私、力の限り守るからね」



まきちゃんは優しい顔をして、


「向こうに帰って、何か理不尽なことに気づいたら、すぐに言ってね。すぐよ」

「まさ君の存在を脅かすものは、私許さない」


「ありがとう」


「いつもまさ君を想っているから、どんな時も、私は一人じゃないの」


ーーーーー


羽田空港23時。



ぬくもりが残っている。

ハートが、こころが、まきちゃんを覚えている。


このままフライト。



「まさ君、お土産は?」


「自分へのバーボンと、あと大家さんへのお土産だけ」


「意外に少ないのね。私にはたくさん買ってきたのに」


「うん」


「撒き餌じゃないかしら?」


二人で笑う。



「フランクフルト経由でアムステルダムね。いいなー」


「うん。ビジネスクラスは快適だよ。食事も美味しいし、ワインもいい」


「まさ君、ワイン好きだから良いね」


「うん。まきちゃんと飲んだ青山のレストラン。ワイン美味しかったね」


「そう、思い出すの、シャブリ。美味しかったの」


まきちゃんは、何気に寂しげ。


「まさ君、ラウンジでひと休みする時間、なくなるよ」


「構わないよ。機内でゆっくり休めるから」

「深夜便だから、軽食食べてすぐ寝るし」


「そうなんだ……」


「遠くに行っちゃうね、また……」



ふたり、言葉にできない想いに戸惑う。



「まさ君、間に合うの?」


「深夜便は大丈夫。早くて10分もあれば、免税店のところまで出られるよ」



「Attention passengers on …… Airlines flight 203 to Frankfurt. The boarding gate has been changed……」



「まさ君、いっちゃう……」


まきちゃんは涙を見せる。


「悔しいと思う……。一緒にいたいから」

「でもがんばるの……」


「この境遇を嘆かないで、乗り越えるの」

「今、笑うから待ってて。幸せなの……」


笑おうとするまきちゃん、でも涙が止まらない。



「まきちゃん、未来で今日を懐かしもうよ」


言葉と本音は違う。まきちゃんのストールで、時間を縛ってしまいたい。


抱いていた肩の手をそっと離す。



「We have departed Tokyo 10 minutes behind schedule, but we now have strong tailwinds, so we estimate our arrival in Frankfurt International Airport on schedule.」

(東京を定刻より10分ほど遅れて離陸いたしました。現在、強い追い風を受けております。フランクフルト国際空港には、定刻の到着を予定しています)



時のフライトが、いま、二人を切り裂いた。

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