第45話

始発の特急電車で南房へ行き、レンタカーを手配した。午後4時までの小旅行。



「まさ君、南房方面は詳しい?」


「いや、そんなに詳しくないよ」


「じゃあ私がナビするね。私、毎年春と夏にはここへ来るの。南房、大好きなの」



車を走らせ、時折見える海岸を望めながら北上した。


「トンネル多いね」


「うん」



まきちゃんのお気に入りの海岸に着いた。


「私ね、ここの海岸好きなの。ここにはね、いっぱい思い出があるの」


「大学時代のサークルの春合宿も夏合宿もここだったの」



シーズンも終わりに近い海岸には親子連れが2組。


僕は海辺に立つまきちゃんを見つめていた。清楚で華奢、海を背に美しい。



「海、奇麗ね……」

「私ね、いつもまさ君を喜ばせたい」


「だけど……」



まきちゃんは涙ぐんでいる。


一緒に来ない? と、声をかけたい衝動に駆られる。僕も辛い。このままの、まきちゃんが欲しい。



「海って永遠を感じるよね」


まきちゃんが呟く。


「うん、そうだね」


僕は答える。


この瞬間を記憶に閉じ込め、世界のどの海も眺めるたびに思い出したい。



「この海の景色が、まさ君色に変わるまでここにいようね」


「僕色?」


「そう、まさ君、この風景に溶けて欲しいの。私の記憶に」


「座る?」


「うん」


「まさ君を守るからね。些細な事でも、おかしいと感じたら私に連絡してね。絶対よ」

「まさ君、少しのん気で鈍いところがあるから心配だけど・・・」


「分かった」


「そう、特にまさ君を褒め上げたり、持ち上げたりする人には気をつけてね」

「いろいろな、まさ君自身が、おかしいな? と思わせるパターンがあるから注意してね」


「うん、注意する」


「情報提供者たちは、自分たちがほしい情報だけをとるのよ」

「そのためなら、どんな手段、嘘をついても構わない。嘘を伝達するグローバルネットワークまで構成しているの」


「怖いね」


「怖いでしょ」


「何のために?」


「分からないでしょ?」

「彼ら、彼女らは、森下さんを狙った。それだけは確か」

「奈美さん曰く、そのあと森下さんがグローバル・ローカルネットワークに”潰された”……」


「そして今、まさ君狙い?」


「あのね、私なりにまさ君の性格を分析して単純化したの。森下さんと比較して」


「まさ君の特徴。優しい全然普通の人。仕事はできる、責任感が強い、嘘はつかない、逆切れしない、感情は穏やかで心から愛し合える、鈍感」

「森下さんの特徴。鈍感以外まさ君に同じ」


「森下さんと僕って似てる?」


「第三者から見てそうなのよ」

「だから、標的になるのよ」



まきちゃんは落ち着いた声で、ゆっくり話し始めた。


「森下さんは、意思伝達が上手で魅力的だった。そこはまさ君よりはるかに上ね」

「けれど、揚げ足もとられるの、時と場合によっては、魅力的すぎて。説得力が強すぎて」


「あと自由の与えられ方。いわゆる自由優先で縛らないで仕事をさせると、実は社会的に問題行動とみられても仕方ないケースの行動もでるの。いわゆる便宜的なものも含めて」


「まさ君の行動にもいろいろあるよ、便宜みたいな時間。たくさん」


「私とここでこうしていることも……」



僕は答えた、


「多からず少なからず、この世の中では便宜は誰にでもあることだと思うけど……」


「違う違う、誰にでもないの、稀なの、与えられ方が。しかも、グローバルによ」

「気をつけて。繰り返すけど第三者からの自分を客観的に見なきゃ。この三日間も便宜で片付く?」


「……」


「ねっ」


「まさ君は、会社からは仕事以外のいろいろなグローバル感覚も吸収して欲しくて、自由行動を認めるお墨付きを得られている人なの」


「裏を返せば、無責任行動とみられる行いのあり様も確認されている?」


「そう。気づいた」

「森下さんやまさ君のような自由行動を許された有能な人には良質な情報が転がり込んでくる。そしてそれを欲しい人たちがいる。無責任行動は、その人たちの否定的な嘘を流すネットワークの格好の餌になる」


「少し話が見えてきたでしょ?」


そういえば、亀田麻友さんと出会ったのは、ブリストルの仕事の帰りに必ず寄るストーンヘンジ。彼女は終バスに遅れたと……。


橋本美咲さんとは、僕がロンドンの夜を楽しむ時に、必ず歩くビックベンを眺めながらのテムズ川沿いの遊歩道……。


どちらも僕の便宜中? 無責任ルーチン行動? そんな時に彼女たちに出会った。


亀田麻友さんは、僕より前に森下さんに会っている可能性がある。森下さんの入院中に、人差し指を口に当てる癖の女の子が面談してたという……。


橋本美咲さんも、僕が住所を教えてもいないのに、僕のホームステイ先に絵はがきを送ってきた。どこからか、僕の旅程スケジュール、住所が漏洩していて……。彼女はまだ、森下さんとは繋がらない。


「まきちゃん。なんだかいろいろピースを集めると繋がってくるよ。森下さんとの接点もあるかも」


「でしょ。森下さんの方は奈美さんがピースをバラして組み立てている」

「でも、核心までは、まだまだよ」

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