第44話

「森下さんは、みんなの憧れの存在だったの」


「誰からも信用され、社交的。また、国内外のプレゼンや会議においても饒舌。非の打ち所がない優秀な人。とても目立っていたわ」



僕の知っている森下さんはそうだ。非常に愛想よく、何事にも丁寧に接する人だった。即断・即決・即実行の快活な人で、グローバル感覚にも優れている。一種のカリスマ性も感じた。



まきちゃんは話を続ける。


「ただ、森下さんに敵意か何か? をもつ人がいたのが事実。堂々と足を引っ張る事ができない人たち」


「何かって何?」


「例えば、彼が見つけた成果や情報などを先取り、横取りしたい人たち。あるいは隠したい人たち」


「そういう人たちが、病気じゃないのに優秀な森下さんを心に病を持つ人に作り上げたと思うの。第三者を利用してレッテル張りを仕掛けてくるのよ」

「森下さんを研究者としての地位から永久に追放するため」



僕は少し曇り顔で、


「どうして? 何のメリットもないじゃない。敵意か何かを持つ人たちの方がよっぽどおかしいんじゃないの? そんな人たちの行動なんて、世の中では見抜き見通しだと思うけど……」


「そこよ、そこなのよ、見抜き見通しできない、シームレスな動き、そこが私たちにもよく分からないの……。政治的なものかも知れない」


「一つ一つのピースをバラして、再度組み立てて行けば、起きた問題の全体像に近いものが明らかになると思うの」


「そんな事を深く探って何か意味があるの?」


「大ありよ。森下さんはレッレルを張られちゃったけど、彼と似たような処遇、能力、性格に近い関係にあるのがまさ君でしょ。なにより、海外で森下さんと一緒にいた時期もあるし」


「僕は、物事を深く考えないようにしている。そして、森下さんの持っているた情報や成果など、詳しくなんか知らないし。僕は事務畑、森下さんは研究畑の人だから」


「第三者からみたらそうじゃないの。まさ君は、森下さんと色々な情報を共有していたんじゃないかとか……」

「確認されちゃうのよ、しつこく確認。よい意味でも悪い意味でも」


「まさ君は鈍感でたくさんスキがあるのよ」

「私のまさ君……、心配なの……」


「ありがとう。僕はこれから、色々な物事に留意して行動するよ」

「いろいろあるかも知れないけれど、僕の心には一つの法則しかない。それはまきちゃんを幸せにすることなんだ」


「ありがとう」


まきちゃんは、僕を強く抱きしめ、少し涙を流した。


「どんな仕事の成功や、讃賞よりも、愛するまきちゃんの一言二言が欲しいんだ」


まきちゃんは今度は微笑んで答えた。


「ありがとう」



僕は昨日より強くまきちゃんを抱きしめた。


まきちゃんも僕に答えてくれた。



「明日は海だね」


「そうね」


「まさ君、海で一番何がしたい?」


「貝拾い」


まきちゃんは笑みをこぼした。


「子供みたい」

 

「蟹とたわむる、とでも言ったほうが格好良かったかな?」


二人で笑った。


まきちゃんの存在、自分以外の、もう一人の愛する人間の幸せが、自分自身の幸せにとって、絶対的に欠くことのできないもの。


互いにこころを何度も確かめ合う。



「まさ君、明日いなくなっちゃうんだよね」


「うん」


「何度言っても寂しいよね……」


「うん……」



「おやすみなさい」



希望の光を灯したり、ささいなことで胸が傷つく夜もある。


それに耐えて……、そんな僕の可愛い人。



また、まきちゃんをひとりぼっちにさせてしまう……。 


僕を守る、プチ探偵の仕事まで背負って……。



天使のようなまきちゃんの寝顔。


髪を撫で、やさしく抱きしめ眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る