第36話 第3章
人ごみのなか、まきちゃんがまぶしそうに手を振っている。
離れていて、近づいて、そしてときめく。
「ただいま、まきちゃん」
お互いを見つめて、二人して自然とクスクス笑う。
「背伸びたんじゃない? まさ君」
「もう26歳。気のせいだよ」
「伸びたのは、まきちゃんの髪だよ」
「着いたね」
「うん、着いた」
「待ってたのよ」
「うん、待ってた」
一番大切な人に会う。まきちゃんは本当に綺麗になった。可憐な姿に目を引かれる。それぞれの思いが、ゆられるままに時を重ねる。
「どうする?」
まきちゃんの”どうする?”はいつも愛らしい。
「まずは、私のお父さんにでも会いに行こうか?」
二人で笑う。
今日から何日間か、二人で時を刻んでいける。
「フライト、楽しかった?」
「うん。夕方6時頃フランクフルトを発って、11時間40分のフライト」
「今お昼よ? ぼけない?」
「時差ぼけは、なんだかならないんだ」
「過去には、アメリカで一週間仕事して、3日間日本に帰り、その後すぐにヨーロッパなんてこともあった。その時も全然大丈夫だったよ」
「元気でよいねっ」
まきちゃんの生声がとても心地いい。
「まず、食事かお茶でもしようか?」
「ここで?」
「羽田じゃなくて、渋谷か何処かで。何食べたい?」
まきちゃんがリクエスト。
「焼き肉がいいな」
「じゃあ……、新橋でもいい?」
「値段で決めたね」
「いや、行きつけのお店。美味しいんだ」
「やっぱり値段だ」
まきちゃんは素敵に微笑む。
二人笑顔でタクシーのサービスカウンターへと向かう。
「タクシーが無料で使えるんだ。ビジネスクラスのオプション。さあ、乗ろう」
「まさ君、3日間ホテル?」
「いや、社宅のマンションに帰るよ。片付け物はないけど、やっぱりね」
「私、まさ君にホテルにいて欲しいなあー」
「どうして?」
「わかるでしょ……」
そうだ、会社を辞めた彼女……。いや会社にいたとしたら、さらに行きにくい。
生活臭のある空間も良し悪しだし……。
「急に考えが変わったよ。都内のホテルにしよう。出張扱いだから、旅費は実費で出るから」
「ありがとう!」
「Your welcome.」
(どう致しまして)
「領収書は前回の成田同様、女子会の宿泊費として、でいいかな?」
僕がそう話すと、まきちゃんが、
「しかも、二人分よ?」
二人してお腹を抱えて笑った。
僕のファーストレディ。生まれて初めて、こんな風に女の子を幸せにしたいと思った。
これからの人生の中で最も大切な人。
「でも、焼き肉はホテルじゃなく新橋だよ」
「うん!」
「あのね……」
彼女は少し曇った顔で、話を切り出す。
「あのね、私は去ったけど、会社も周りも、何となくまさ君を褒め上げすぎるの。自由にするの……」
「それって、なんだか、良い事ばかりと素直に喜べない雰囲気がする。私の勘」
「あっ、変な話と受け取らないでね。ただ、そんな感じがするだけ……」
「まあ、いいか。さっ、食べに行きましょ!」
愛という蜜をもつ女の子。いつでも僕の心配をしてくれる。
タクシーは早い。あっという間に新橋の焼肉店に着いた。
和やかなひととき。僕のまきちゃんが目の前にいる。
気を使わない。二人して自然体。
「Shall we start?」
(いただきます!)
今、二人の時がゆっくり動き出した。
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