第34話
ロシアの作曲家ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、交響曲第2番をBGMに仕事を進める。朝からラフマニノフ漬けだ。優しい旋律。
彼はチャイコフスキーの弟子であり、そして日本の山田耕筰とも交友していた。ラフマニノフの音楽は日本の調べの源の一つである。
「かとちゃん、今日はゆっくりしていていいぞ。MonicやコンサルタントのShibも上手く使ってな。一人で仕事抱えるなよ」
しばらく、ハードスケジュールだったので、ゆるりと物事を進める。Monicには再度イギリスで入手した書籍のサマライズをお願いした。
「所長、午後からアールスメアの花市場に行ってもいいですか?」
「今後のかとちゃんのプロジェクトに間接的に関係する仕事場の一つだ。行ってきなさい」
世界最大の花市場、花好きの僕に取っては、趣味としてだけではなく、これから仕事としても関われることが嬉しい。
「そう、来週の湖水地方だが、ついでにボルトンにも行ってくれ。個人様のようだが、クライアントからの要請だ。頼む」
「アムスからリバプールまで飛び、レンタカーを拾ってくれ」
来週は、イギリス、そして日本への帰国。ハードワークだ。
ランチは、久しぶりに日本料理店。
「加藤さん、お久しぶりですね」
オーナーが直々に挨拶にきた。
「焼き魚定食をお願いします。あとTake outで、おにぎり2つ頂けます?」
「かしこまりました」
「所長様と二人で久保田でも飲みにきて下さい。萬寿が入りましたよ。加藤さんには勉強させて頂きますよ」
アールスメアへ向かう。車内BGMはジャズ、Jacques Loussier、プレイ・バッハ・トリオ(Play Bach Trio)。花市場へと一走り。
サッカーグラウンド125個分の敷地、世界一の花市場。たまにBarであうRemcoがいるはずだが、従業員、卸、パートなど労働者が1万2000人以上もいる巨大施設。探せる訳がない。
花市場の土産物店でまきちゃんへのお土産を買って行こう。後、アムステルフェーンの土産屋と。
花市場の駐車場に車を止めてまきちゃんにメール
『お土産なんだけど、いろいろオランダからのお楽しみ以外、免税店で化粧品でも買っていこうか?』
『僕、化粧品のこと何も知らないから』
返信、
『えーっと……、ひとつだけあるの』
『こころの内側に塗る化粧水』
『なーんだ。わかる?』
真由美
花市場の中に入る。百花爛漫 。例えば、年間に取引されるバラの本数は、15億本と言われている。その実績からして、まさに、世界一の巨大花き市場である。
「バラ、奇麗ね」
いつだか、半半日デートに誘ったバラ園で、まきちゃんはつぶやいていたっけ。
「バラ、つまりローズの語源って知ってる?」
「ううん? 知らない」
首傾げ、可愛い不思議顔。
「バラの学名は、Rosa。ラテン語のrosa(ピンク)に由来、a で終わる女性名詞だよ」
「ついでに、カーネーションは、Dianthus。ラテン語で、Dia (神の) anthus (花)で、us で終わる中性名詞」
「じやあ菊は?」
「キクはChrysanthemum、 umで終わる男性名詞なんだよ。ラテン語の意味と対格を少し学べば、楽しく花の学名を覚えて行けるよ」
「学名は、和名や英名と違い、世界中で通用するから重宝するよ」
「まさ君、意外に物知りね」
まきちゃんはなんだか満足げ。
「バラって、その美しさから女性にたとえられるでしょ。根は台木を使うんだ。接ぎ木をしないと弱々しい花になる」
「そうなんだ……」
バラはその実根の弱々しさから、台木にもたれて美しく魅了する花を咲かせる。バラって、だれかにもたれて、恋する女の子の様。
まきちゃん、僕にもたれて……、なんて恥ずかしくて言えなかった。
「まさ君、今、なにか言った?」
「ううん……」
つきあい始めた頃の浅い記憶。
「かとちゃん、お帰り」
「ただいま帰りました」
「来週の、イギリス、日本出張の打ち合わせをしよう」
夜遅くまで打ち合わせ。何しろ一週間ほどオフィス不在になる。
珍しく、イージーリスニングを流しているRuthのBarへ。
「Maki-chan is like the flower, love is the honey for you.」
(彼女はあなたにとって、蜜をもつ花のようね)
「Love is like a flower you’ve got to let it grow.」
(そして、彼女は、あなたが育くまなくてはならない花のような存在)
日本に帰る僕を見つめて、ワイングラスをやさしく拭きながら穏やかな瞳で話す。
そう、話を聞くと、Ruthの名前の元は、Rose(バラ)からという事を初めて知った。
相変わらずのシャブリを頼む。硬水のような素敵な口当たり。これが好き。
「そうだ、今日は久保田の選択肢もあったな……」
独り言を呟く。
夕食は、ボーレンコール。キャベツをジャガイモと煮込み、大きなソーセージを添えたプレート。オランダ流おふくろの味。
カウンターにあるピンクのバラ3本、花言葉は「美しい少女」、3本の意味は「愛しています、告白」だったはず。
Ruthが気を利かせてくれた?
僕は尋ねた、
「Do you know the meaning of language of these roses?」
(このバラの花言葉をしってる?)
「I don’t know」
ウソだ。Ruthの深い瞳は、知っている、と話している。
「You can overcome it together.」
(あなた達なら大丈夫)
チャック・マンジョーネのFells So Goodが流れる。フリューゲルホルンの旋律が爽やかだ。
僕はまきちゃんの台木になる。
“まきちゃん、僕にもたれてね”
帰ったら不器用だけど、今ならそれに似たようなセリフを言えそう。
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