第33話

「こんにちは」


オフィスに、Japanse venster(日本の窓)の店員、ミカさんが訪れてきた。奇麗な瞳の女の子。オランダ人と日本人のハーフの子だ。


Japanse vensterは、ちょうど成田空港などにある、日本製品お土産ショップなような店。

お店はダム広場からは少し離れているが、アムスの街中にあり、人気がある。



「加藤さん、お久し振りです」

「ノベリティグッズの入り用はございませんか?」


僕は、


「じゃあ、”忍者”と漢字でプリントされた黒に白字のTシャツ、各サイズ5枚づつ頂けますか。あと招き猫5個づつ」


邦人以外のお客さんがオフィスに来た時、手みやげとして渡す。忍者のプリントTシャツは大人気だ。目立つ漢字、しかもこの文字は忍者(Ninjya)だと話すと大喜びしてくれる。忍者、サムライなどの言葉は海外では広く知られている。

招き猫は、右手を上げているものは金運を招くというもの。左手を上げているものはお客さんを招くものだ。


「今日、お忙しいですか?」


ミカさんが尋ねてきた。


僕は仕事のアポや、特段急ぎの業務はない。


「ランチでも一緒にしませんか?」


ミカさんから誘われる。


「いいですよ」、僕は答えた。


「行く店は僕から提案してもいいですか?」

「子羊の美味しい店があります。ボリュームはそれほどじゃないから、ランチでもいけますよ」


「いいですね。連れて行ってください」


僕は助手席のドアを開け、ミカさんをエスコートする。


「Audiの乗り心地、最高ですね」


「僕の給料じゃ買えませんよ」


二人して他愛もない世間話で、アールスメア方面へ車を走らせた。


車で約20分、


「twee personen」

(二人です)


二人、席に案内される。


「Wat wil u, koffie of thee?」

(コーヒーと紅茶、どちらにしましょう?)


「Wij heb liever een kopje koffie.」

(コーヒーの方がいいです)


「Met melk en suiker?」

(ミルクと砂糖は?)


「Ja, met melk en suiker, alstublieft.」

(ええ、お願いします)



湖畔に建つ、クラシカルなレストラン。ランチは、オランダ風骨付きラム肉とマッシュルームのシチュー。



「Lekker!」

「美味しいですね! 柔らかい!」


まるで子供のように喜んでくれる。可愛い。


「そう、ここのレストランのラム肉料理は、柔らかくてとびきり美味しいんです」

「僕にとってここの子羊料理は、オランダでも1番2番を争う味だと思います」

「ラムチョップも素敵な味ですよ」


「私、こんなお店がすぐ近くにあるなんて知らなかった。ありがとう、加藤さん」

「また来たいです。彼氏に頼んでみます。ありがとうございます」



なごやかな空気。時間がゆっくり流れている。


お互い恋人がいる者同士。こういう風に、男女二人でくつろぐ雰囲気は大好きだ。



「いいですね、加藤さんは。仕事でヨーロッパや世界中飛んでまわって、羨ましい」

「私はアムス、オランダ止まり・・・」


「彼氏といつも一緒に店頭にいるミカさんの方が羨ましいですよ」


「離れていても信じ合える恋なんて、加藤さんは幸せですね」


僕は「うん」とうなずいた。


「僕の彼女は、全てが思いどおりにならないけれど、離れていても一緒に成長していこう、お互いにお互いを見つけあおう、そんな風なことを言ってくれる人なんです」


「いいなあ」

「私の方は、いつも一緒にいるから口喧嘩ばっかり」


ミカさんが続ける、


「あのね、加藤さん。二人のうちどちらかがいるところには、いつも二人ともいるんですよ。恋する女の子の気持ちです」


そうか、だからまきちゃんは強いのだろうか?

僕はぬり絵のような旅の先々で、一人でいることを自分勝手に嘆いているんじゃないか? 情けなく・・・


「ミカさん、ありがとう」


「遠くにいる恋人を思うとき、恋人もきっと同じ気持ちだろうなーと感じることがポイントですよ」


テーブルに添えられている紫色のシオンの花に触れながら、


「もう、秋の始まりですね」

「シオンの花言葉、”遠方にいる人を思う、どこまでも清く”、です」


「タイミングが良いですね」、ミカさんが微笑む。



「Afrekenen, alstublieft.」

(勘定お願いします。)


ーーーーー


「I’m home.」

(ただいま。)


家に帰ると、しっかり読んでいなかった、橋本美咲さんからの絵はがきに目を通す。まあ、たわいもない挨拶の文面。


大学時代の彼女と同じ名前の彼女。はがきがくるたびに、ほんの少し、僕の心がそわそわ感を覚える。男って昔の恋を忘れるのが下手くそなのかな? いや、僕だけかな?


キャンパスに映える美咲ちゃんの姿。気づけば彼女を探していて、探せば目で追っていたあの頃。Adolescence(青年期)の青い季節。



シャワーを浴び、中華レストランでカレー風味のビーフンに、インドネシアやマレー料理に使う辛味付のサンバルをつけて食べ、そしてRuthのBarに向かった。



「Hi, Ruth」


ルースはカウンターで女の子をなだめている。


「Huil niet voor een man die je overblijft. De volgende voor uw glimlach kan vallen.」

(あなたを捨てた男のためなんかに泣いては駄目よ。次の男があなたの笑顔に恋するかもしれないでしょ)


「Anders, Er is geen remedie voor de liefde, maar om meer te houden・・・」

(そうでなきゃ、もっと、もっと愛するということ以外、あなたの悩みに対する救済策はないの・・・)


僕もその子をなだめた。美咲ちゃんへの罪ほろぼし・・・


「I think so, too.」


「There is no remedy for love but to love more.」

(恋の治療法は、よりいっそう愛すること以外にないよ)



「Hi, Masa. 」


Ruthが僕のそばに来た。

いつものシャブリを頼む。


「I will be traveling to Japan next week.」

(僕は来週日本に出張する)


「Great!」

(良かったじゃない!)


「How many days, will you stay in Japan?」

(何日間?)


「For four days.」

(4日間)



Ruthは今日は僕をそっちのけで、失恋した女の子を優しくなだめている。

みんな、恋はいつでも忙しい。



そう、日本は朝。



まきちゃんへ


『来週会えるね。今回は成田じゃなくて羽田に着くよ』


雅彦



まさ君へ


『違うでしょ、私に着くの』


真由美

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る