第32話

麻友さんからの絵はがき3通、美咲さんからの絵はがき2通。


やれやれ、どうしたもんだか。


どちらも、日本の酷暑を嘆いている。

よほどヨーロッパがお気に召したらしく、麻友さん曰く、


『もう、すぐにでも加藤さんに会いに飛んでいきたいです』

『本当に行くかもよ?』


気をつけないと、彼女の行動力からしてありえない話ではない。


橋下さんは地道にOL。何事もなく、一日が過ぎているよう。穏やかだ。


“何事もなく” それがいい。


しかして、二人とも俗にいうしつこさがある。僕に何の用だろう? 問いかけてみたい気もする。



はがき達に目を通した後、オフィスへ向かう。

Audi、至高の乗り心地。僕には身分不相応だ。



「おはよう、かとちゃん」


「おはようございます」


「今日は俺、二日酔い」

「Give up」


「ゆっくりなされるといいですよ。今日は特段アポもありませんし」


秘書のMonicも微笑んでいる。



所長との雑談になる。


「僕の彼女は、所長がおっしゃているような子じゃありませんよ」

「献身的な子です」


彼女は言う、


”お互い自分を愛して高めて、そんなお互いを感謝しようね”


自分自身を相手の中に見つける。

見つかった自分自身、それは、自分を愛している自分。



「I'm falling in love with her, a person keeps hurting herself to protect me she cares about.」、ですかね。

(彼女が好きです。僕を守りたくて、自分自身を傷つけてしまう彼女が)


「かとちゃんは、素直で優秀だからイチコロだったろ、彼女」

「俺に言わせると、Even distance cannot keep us apart.(こころはいつも結ばれている)」

「これくらい、簡単な言葉でいいぞ」


Monicがまた微笑む。


「遠距離恋愛、嬉しい事も悲しい事もやってくるけど、自分のこころの傷を癒すための最良の薬は、彼女のこころの傷に包帯を巻き続けることだ。意味わかるか?」


「いや……、少し難しいです」



所長は厳しく言う、


「とにかく、海外組の日本帰国規定は厳しい。よほどの事がなければ一時帰国はできないんだ」

「ましてや彼女? プライベートでの帰国は許されない。くどくど話すが、単身で来ていて自分の子供が生まれても、その顔を見るために帰国できないのが海外組の実情だ」



そのあと所長は途端に優しい顔をして、


「かとちゃん、三泊五日で行ってこい」


「はっ?」


「規定どおりの道がある」


「何のことでしょうか?」


「仕事だよ、仕事。日本出張の仕事」


「はあ?」


「森下君に会ってこい」


「えっ? 森下さんって……」


少しの沈黙の後、


「生きている。都内の病院の療養所にいる。経緯は言わん」

「まだ会社には在籍しているから社員。会ってきてやってくれ」

「森下君はお母さんと、森下君の彼女とで面倒をみている」


「いろいろ言われているが、俺は信じている。彼の心は正常だ。時としてもうろうとする場合があるらしいが」

「かとちゃんの悩みのコンサルティングくらいは簡単にできるだろう」

「過去のR&D関係の会話はOK、しかし、新規プロジェクトについての詳細は言わんでほしい。絶対だ」


僕は狐につままれたようになる。


「気分転換してこい。二日間、日中は仕事。ただし、毎日17時40分以降はフリー。残り一日は便宜でフリーにする、自己責任だぞ。Libertyだ」



所長は見抜いている。僕は今、体も心も軽く疲れ始めているんだと思う。気分転換の必要な時。


「いいか、今週末の湖水地方での仕事は気を抜かずしっかりやってこい」


「日本出張のチケットの手配はMonicに頼んでおく。フランクフルト経由になる」

「フランクフルトにある、昔テーマパークがあった敷地跡地の視察に小一時間の用を頼むからな」


「はい、ありがとうございます」



まきちゃんへ


『三泊五日で日本に出張。でも、正味一日しか自由な日はないけれど……』

『毎日、夜は自由だよ』


『会えるね! 嬉しいね!』


雅彦



まさ君


『ホント嬉しいの一言! 叫んじゃった』

『両親も私の声を聞いてビックリ!』


『私、まさ君との自由な時間が欲しかったの』

『あのね、家に遊びにきて、両親に会ってくれる? 』


真由美


『P.S. うそよ(笑)』


『P.S. P.S. 本当よ(ウソよ)』

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