第29話

さて、休日。今日はベルギーへ行く日だ。ずっと楽しみにしていた。

アルデンヌの森にある、スパ・フランコルシャン。

この森でベルギーはドイツとルクセンブルグに接している。


スパ・フランコルシャンでのF1観戦。

最もスリリングなコーナーと言える”オー・ルージュ”。左にやや曲がりながら進入し、右に切り返して丘を駆け上がるロングコーナー、ラディオン。

心臓破りの丘。約58mの高低差、ビルでいうと18Fほどの高さを、一気に時速310㎞で上る。ドライバーには進入時2G、右への旋回中は4.5Gほどの力がかかる。信じられない。ドライバーには丘ではなく、壁に見えるという。



ハイテンションな心のまま、A2からA27に乗り、E19に入り約2時間でブリュッセルに着いた。


ブリュッセルでは、いつものグランプラスを観光。昼食は秘書に聞いたスイーツの美味しい店、アヴェニュールイーズに行く。ベルギーのスイーツは、基本どこへ行ってもハズレはない。


買い物も目移りするが、やはりベルギーの「ブルージュレース」(フラワーレース)編みの繊細さ、美しさに引かれる。


フランス語で買い物程度は会話できるが、途中からは無理せず英語。少し店員にバカにされる。まきちゃんへのプレゼントを探索したり、ぶらぶらお散歩。


昼食後はブリュッセル近郊の自然や古城めぐり。気軽な、目的地のないドライブ。


郊外の小さな教会の地下の美術館で、まきちゃんに似た顔立ちの絵画を見つけた。まきちゃんはフランス人系の顔立ちをしているから。


美しいな。なんだか嬉しい。

その絵の前から動けない。



まきちゃんへ


『今ベルギーに来ているよ』

『まきちゃんに似た女の子の絵画をみつけた。嬉しいよ』


すぐの返事。


まさ君へ


『夕方、海辺で遊んでた。ビーチバレー、楽しかったよ』

『いいなあ、ベルギー。よかったね、そちらで彼女を見つけたの?』

『もう私、いらないねっ!』


真由美


『P.S. バイバイ!』



ベルギー人は料理に、フランスの質とドイツの量を求める。


ベルギーは、世界中の食通たちが「フランスよりも美味しいフランス料理が食べられる」と太鼓判を押す国で、これも秘書に聞いた土曜日も空いている市内の三ツ星レストランへ向かった。


市内東方のEU地区、南方のサン=ジルや南東のイクセル地区などを散策し、迷いながら意外にお店を見つけるのに苦労した。



まずはトラピストビールのWestmalle。


キャビアクリームを添えたラングスチーヌのカルパッチョ、ヴァンデ産鳩のガレットを注文。オランダでは味わえない美味。これは贅沢である。この店の創作フレンチはなかなか素晴らしい。


土曜の夜の街、道行く人を眺め思う。着飾る女の子、色鮮やか、自由人の楽しさ。まきちゃんのコーデすべてをベルギーのレース編みで・・・なんて妄想する。


”一泊するの。花火もするの”


そう、遠い空の下で、お互いにお互い、縛らずにいようね。今は今、何かが出来る。記憶を重ねられないけど、心だけは重ねあえる。


ーーーーー


朝早く、ブリュッセルのホテルから、スパ・フランコルシャン行きのバスに乗る。


F1GPはいつ観ても感動だ。とにかく生はすごい。「キーン」と唸る、ものすごいレース音、コーナーでの数段のギヤチェンジの爆音、エキサイティングな光景・音の競演。


なかなか、よっぽどのファンじゃない限り、男子にも、特に女子にF1のすごさを伝えるのは困難である。まず、耳を貸さない。


300km/h越え、直線コースのオーバーテイク(追い抜き)は、F1の醍醐味。美しく、レースで最も輝かしい瞬間の一つ。心臓破りの丘を上り、直線へ向かうマシン達。時間と空間のヘビーメタル。



アムスへ帰る帰路、高速道E19、F1レースの興奮で心が燃えあがったまま。気がつくと100マイル(160km/h)近くまで車のスピードが出ている。ドイツのアウトバーン(Autoburn)ではない。スピードを慌てて押さえる。



アムス着。


大家とF1レースやサッカーの話で盛り上がる。今日は久しぶりに家で夕食。質素な、いもと人参の茹でたもの、そして缶詰のグリーンピースの煮物とごくシンプルだが、大家さんの心の暖かさが伝わってくる。家庭の味だ。素直に嬉しい。



ん、メール?


こんばんは、まさ君 こっちはおはよう


『旅行楽しかったよ!』

『夜は、初恋の人の話とか話題にあがって』


『なんとなく好きで、そのときは好きだと言えなかった人のほうが、いつまでもなつかしいって、皆言ってた』

『初恋の人、記憶の底に刻まれてるの。女の子って』

『それ消せないの、一生』


『まさ君、困るでしょ』


『でもね、そのなつかしさがあるから、今まさに、まさ君のことが大好きでいられるの。分かる?』

『まあ、男の子にはわからないかもね』


『そんな話し、女子同士でしちゃった!』

『私、友達に、私の初恋の人、バラしちゃったよ』


『どうする?』


真由美



大家さんも暖かい、まきちゃんも暖かい。



僕もちゃんといたよ。男もそうだよ、きっと。


初恋の、


なんとなく好きで、そのとき好きだと言えなかった女の子……。

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