第18話
定刻、成田着。
ボーディングブリッジ、蒸し暑い。まさに日本の夏。
空港の”おかえりなさい”のビルボード。目にもこころにも、とても優しい。
まずは、すぐにメールをチェックしたが、まきちゃんからの返信がない・・・
その代わり、亀田麻友さんからのメールが。
こんにちは 加藤さん
『ハンブルクの後、予定を変えてアムステルダムに向かう事にしました』
『是非会いたい!』
『会えますか?』
麻友
携帯をポケットにしまい、ターミナルビルを出る。
「加藤君久しぶり」
成田では、R&D担当次長、池上さんが出迎えにきてくれていた。
「9月1日付けで、オランダに駐在員として4年間駐在してもらうからね、よろしく」
「えっ?」
いきなりの口頭辞令。
黒塗りのワンボックスカーに乗り込む。車内のシートとクーラーが体に優しい。
「直接長野に向かうよ。車中、早速打ち合わせ開始だ」
「はい」
「新規事業立ち上げの件だが……」
「はいっ」
池上次長が大まかな新規事業のあらすじを僕に話し始めた。
「加藤君には、欧州圏内を頻繁に駆け回ってもらう事になる」
「よろしく頼むぞ」
僕は調査班のプロジェクトリーダー。情報収集でヨーロッパ中を駆け巡る。しかして、各国間の飛行機での移動は、せいぜい長くて2時間少し、日本人が日本で思うより、欧州内の国間の移動は苦にならない。
僕に限って、欧州のどの国でもレンタカーの使用が認められるらしい。
基本、海外組の移動手段にはタクシーを使うのが普通だが、それは二つの理由によるかららしい。
一つは、丸一日タクシーをハイヤーしても経費的にも何ら問題ないが、第三者への情報漏洩が起きる可能性が無いとは言い切れないため。
もう一つは、僕に自由度を与えて、探していないのに見つかる何かの面白さ、大切さを経験させたいらしい。
「加藤君は若いから大丈夫」
「君の欧州での車の安全運転技術は、アムステルダムオフィス、ロンドンオフィスからもお墨付きだ」
「ただ、南方面の国での運転は気をつけろよ」
確かに、欧州では、南に行くほど車の運転が荒いと思う。
レンタカーは薄汚れている。車を借りる際には、”車を洗車しないで使用して欲しい”という会社もある。車を綺麗にしてしまうと、路上狙いのターゲットにされる場合が多いらしい。
「君には管理職ではないが、4つのうちの一つのプロジェクトリーダーとして事に当たってもらう」
「メンバーは4人」
「アムステルダムオフィスには?」
「君1人のままだ」
「ただし、日本に2人、イタリアの大学に1人留学生を配置する」
「了解しました」
一通り次長の話しが終わると、仕事から離れ、僕のヨーロッパでの暮らしやエピソードで話がはずむ。
「そろそろ遅い昼食にしようか」
諏訪ICで車は降りた。
「どうだ、この店の牛の味は」
「ここの牛肉は、リンゴの餌だけで育てられた特上品だ」
「加藤君には初めてかな?」
「はい。初めてです」
「柔らかさ加減といい、味といい最高ですね」
「オランダでの牛肉の味はどうだ?」
「Tボーンステーキやテンダーロインなど、オランダもとても美味しい店が多いです」
「10人に1頭の割合で牛がいる国ですし」
「それは、良いはずだ」
次長が微笑む。
トイレに席を立ち、まきちゃんへ電話。
「もしもし、まきちゃん」
「日本に着いたよ」
「まさ君、すぐに、長野入りだっけ?」
「涼しげなところでいいなあー」
「一晩だけのデートになるけどいいかな」
「あの……、深夜で、はなやぐものは何もないけれど……」
と、話を続けようとする僕に、
「何も言わなくていいのよ、わかってるから」
「今、話しすぎる事は、話さないのと同じ」
少し間をおいて、
「時計の針も一緒になったね」
「私、行くから。必ず行くから」
僕はまきちゃんの柔らかく、しかして強い声を、心を、震える全神経で感じた。
「ありがとう、まきちゃん」
「まきちゃんで、本当に良かった」
クスクス笑い、
「変な日本語。なんでもう過去形なの?」
「会ってみないと、良かったかどうかわからないよー」
そして、真面目声で、
「私、良いはずよ」
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