第16話

「おはようございます。」


「おはよう、かとちゃん」

「昨日はご苦労だったね」


「いいえ、あの後Ruthの処へ行きました」


「タフだねー」


所長は笑みをもらした。


「急な日本出張で申し訳ないな」

「夏休みの計画は後日調整だ」


「はい」


「あの・・・出張のことでご相談があるのですが……」


「日本滞在を延長できませんか?」


所長は難しそうな顔をした。


既に三泊五日の出張の航空便を予約しており、また、日本からオランダに帰国後すぐの仕事のアポイントメントもある。


所長は答えた。


「無理だ」


「長期海外駐在社員の日本滞在についてはルールが厳しい」

「かとちゃんは研修中の身とはいえ同様の扱いだ」

「分かっているな」


「はい」


「例えは山ほどあるが、自分の子供の出産立会いでの滞在延期さえ、許されないほどの厳しさだ」


「はい……」


日本往復の航空券は本社で予約され、国内スケジュールも厳しく管理される。


「彼女か?」


所長は見抜く。


「そうです」


僕は答えた。


「ホテルに缶詰だ。特に今回は最重要会議だ」

「公私混同は許されない」


ーーーーー


「どうしてなの?」


日本に行くのに、まきちゃんと過ごす時間がないことを正直に話した。


まきちゃんのすすり泣くかすれた声、言葉がはっきり聞きとれない。


「私の立場を想像して、欲しいものを与えて……」


そうだ、


「まきちゃん……」


「何?」


「空港のホテルでなら……」


「アムスに戻る前日、成田のホテルでなら、会えると思う、いや会える」


「本当?」


「ああ、本当だよ」


僕は、確信に近い口調で話した。

もちろん所長には秘密、業務命令違反だ。


「まきちゃんが必要だよ、愛しているから」


Ruthから聞いた、こころの琴線に触れた言葉をそのまま告げる。


「言葉だけじゃ、まだ分からないよ」


「私、まさ君と居て楽しいと思えたあの日のままだからねっ」

「まさ君と一緒なら、どんな些細な事だって特別な思い出になるはず」


まきちゃんは少し機嫌を取り戻した。


「私がね、可愛くなるための、レッスン」

「よろしくお願いします」


「ねんごろに、致します」


二人して笑った。

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