第11話

第11話


ワーゲニンヘンへの車中、大学時代の思い出がふと頭をよぎる……。


ーーーーー


「化粧品ひと通り揃えちゃった」

「隣に座っていいですか?」


嬉しそうに美咲ちゃんが僕に声をかける。

ほんのりと爽やかな薄化粧、そしてスイレンの甘くいい香り。


高校生では禁止だったお化粧、よほどワクワクして揃えたに違いない。

どうやら、友達に頼まれたものもあるらしい。

大きめの紙袋に化粧品類の箱がたくさん詰まっている。


大学2年次の春。僕は大学に通う電車は、授業に合わせ、時間と乗る車両を決

めていた。火曜は、1コマ目の必修の統計学に合わせて。

新入生の高橋美咲ちゃんはそれを知って、火曜日は彼女の通学も僕と同じ電

車、同じ車両に乗るようになっていた。


僕のいる同好会に入ってきた美咲ちゃん。自宅生。高校時代はかなりもてたら

しい。

すっぴんでも笑顔のとびっきり素敵な子。


電車の隣の席に座る。


「加藤さん、付き合っている人いるんですか?」


「いや、今はフリーだよ」


「うそー! でもよかった」


彼女とはしばらくおつきあいをした。つきあい始めて間もなく、僕のアパートに

もよく来るようにもなった。

すぐに言葉と同じくらい確かな温もりも。


街はもとより、山へも、川へも、海へも行った。遊園地も。

懐かしい、楽しい思い出だらけ。

ある意味、ふざけすぎもした季節。

しかし、美咲ちゃんとは酷い別れ方をした……、と思う。僕が悪い。


4年次の春、就職活動と卒業論文で忙しくしていた。

この年、僕は美咲ちゃんがいながら、他大学から同じ研究室の大学院に入学し

た女の子に恋をした。

一目惚れ、片思い。よくあるパターン。

何だか自然と美咲ちゃんと会う機会は減り、大学の研究室で寝泊まりする事が

多くなった。


夜の電車。美咲ちゃんと二人で寄り添っていても、鏡のような車窓には知らな

い二人が映るような気がし始めていた。


ある日、僕は、彼女に別れを告げるタイミングを無意識に図っていたの

か……、美咲ちゃんが、


「最近、あまり会えなくなったね」と呟くと、


僕は答えた。


「僕たちには何か失われたもがあるからかな……」

「まだ、その失われていないものは残っているのかな……」


美咲ちゃんは次の駅でゆっくりと一人降りた。泣いていた。

すぐに悔やんだ。大いに悔やんだ。言葉は人を切る。自分勝手な言葉であっ

た。


彼女は同好会をやめ、キャンパスでも出会う事がなくなった。

いつものカフェテラスでも。

電話もメールも変更されていて繋がらなくなる。

友人には、「自宅には絶対こないでね」と僕宛に言葉を預かったとの事。


風の噂では、彼女は入院したという事であった。

もともと、腎臓系に病を患っていたことは知っている。そのせい? 

事実はわからないが、学校を休学した事は確かなようだった。


僕は彼女の友人に言付けを頼んだ……。


「僕たちはまだ繋がっていて欲しい」

「そうでなければ、いつか、僕をゆるして下さい、と伝えてください」


まだ繋がっていてほしい……。友達でいいから。


これは、心から出た本音だ。ただし、友人の女子にもこれもまた、卑怯で醜い

言い訳に響いたらしい。


「彼女に関するものは全て潔く捨てて。悩み苦しんでみせる、自分が可愛いだけ

なんでしょ」

「あなたは彼女を振ったのに、振られた側みたいな言動、素振りはしないで」


その通りだった。


「彼女はいつでもあなただけを見つめ、あなたの好きなものを、あなたと同じ

ように愛してきたの」

「あなたが好きになったみたいな女の子も、なんとか彼女なりに努力して消化

しようと……」


美咲ちゃんの友人の女の子達は泣いていた。


その時、涙の出ない僕がいた。


ーーーーー


ユトレヒト・ジャンクションの渋滞を抜ける。


あれからも、涙の出ない僕がいる。

泣けるほど、美咲ちゃんを愛せていなかったのだろうか……。


まきちゃんへは、どう?


泣けるほどの愛って……。なんだろう……。

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