第10話

朝食は食パンにゴーダのチーズをのせ、その上にフライドエッグをのせてプレートに置き、フォークとナイフで食する。手慣れた動作。


なぜ、橋本さんから手紙?


コーヒーを飲みながら、よーく考えてみる。

僕らは一期一会の出会い。

繰り返し思い出しても、僕は名を名乗っていない、まして住所なんて・・・



拝啓


あでやかなロンドンの街、静かに息づく場所で加藤さんに出会って幸せでした。

夢によく似た出会い?私自身をポジティブに動かすパワーを頂いちゃった。

ありがとう。


はがき、びっくりしたでしょ。私、超能力があるの。なんてねっ。


美咲



絵はがきに彼女の住所はない……。


プリクラ写真の名刺を見直すと、連絡先はメアドだけ……。

顔はよく覚えていないが、写真をよく見ると落ち着いていて、大人びた顔立ちの子だ。

何だか、日本人っぽくない感じもする。



「おはようございます」


「かとちゃんおはよう」


所長はPCを覗き込んでいる。


「かとちゃん、急だけど、これからワーゲニンヘンに行ってもらえるかな?」

「特許関係の調べもの」


「旨いものでも食べてきてくれ」


旨いもの?いつもの店のTボーンステーキの事かな?

昼食にしては重すぎる。Tボーンステーキの魅力は、サーロインとフィレの2種類の肉の味が一度に楽しめることだ。また、ワーゲニンヘンの店のTボーンは格段に美味しい。柔らかく最高の焼き加減と香味。


「仕事のあとはフリーでいいよ。いつもいうFreedomだ、かとちゃんの好きな植物園でも散策してきてくれ。そして直帰OKね」


「わかりました」


所長の持論では、Freedomは、主体的な”自由”だ。同じ”自由”のLibertyは、客観的な自由、制度としての自由。


フリー。深い言葉だ。


FreedomはLibertyより軽く、なんでも自由な自由人なんて響きもするが、違う。


Barでお酒が回ると、よく所長が熱く語る。


「自由人とは、自分の人生のあり方を、自分で判断し、自分の行為や不行為について責任を取り続けていく人。自分を取り囲む外の世界のことではなく、”自分の心から発して、自分から追究する自由”がFreedom。遊びも仕事もだ」


「Libertyは差別、抑圧、束縛などから解放されて勝ち得た自由。世界中、おびただしい人々の血もたくさん流れた。自分を取り囲む世界において、法律、ルール、コンプライアンスを遵守した上での、すなわち”社会”での自由。」


「かとちゃんは、まだ若い。FreedomとLibertyを混同している事が多い。しかし、いつも生活もビジネスも、Freedomは、もの”からの”自由。Liberty  は、もの”における”自由。自由の意味をはき違えるなよ」


恋愛では、~してほしい、~したい、という願望や欲望に駆られて心が動く。相手に自分を受け入れてもらいたい。

自身の願望を押し通したり、相手の全てを受け入れたい、相手を幸せにしたい。


与える側からの一方的な真心から起きてくる自由、これはFreedom、恋かな。


愛とは、一人ではない、すなわち二人相互の世界においてでないとできないもの。

好きな人と一緒に、時間と空間の世界を過ごすこと。

Freedomだけではない。相手を思いやる。FreedomとLibertyの中間かな……。


いや、愛し合う二人には、法律はいらないとも聞いたことがあるし……。


まあいい、よくわからないから考えない。


何かをする唯一の究極的に正当な自由は、そのような行動が、他人を傷つけることなく、満たされた人生に寄与するかどうかということだと思う。


A2からユトレヒトでA12に入りアムスから約1時間。ユトレヒトのジャンクションで車がやや混むかもしれないが日本の渋滞から考えたら、楽なものである。


「行ってきます」


「気をつけて」


車でワーゲニンヘンに向かう。


そう、橋本美咲さんからの真っ赤なポストの絵はがき。

イギリスから。


「美咲ちゃんか……」


少し深めに独り言をつぶやいた。


大学時代、二年半ほどつきあっていた子と同じ名前。


何かが、心の琴線に触れる・・・

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