第4話
意地の悪い人?という言葉が気にかかった。
所長は口を濁したが、僕に嫌がらせをする者という意味ではなく、どこかで僕を使って、例えば何かお金儲けをしたい人たちがいるかもしれないとの意味らしい。
僕は少しアルコールが冷めたが、所長の表情をみて思い出した……。
所長には部下の件でつらい過去がある。僕にとっても不思議な出来事であった。
よく「かとちゃんに似ている、魔法使いだったな」と話してくれていた、元駐在員だった森下さんの件だろう、思い出す……。
僕が24歳の時である。3ヶ月間の短期研修で、ここアムステルダムの出先機関に配属された。
この研修期間はホテル住まいで、土日は基本何もスケジュールがなく、車という足もなかったため、アムステルダムの街の観光、大好きなクラシック音楽やバレエのコンサート、美術館散策などで休日を楽しんでいた。
「加藤君、明日と明後日暇ある?」
仕事を終え、オフィスに帰ってきた森下さんが僕に声をかけてきた。
次期オフィスの所長候補の森下さん、当時32歳独身で英語・ドイツ語・スペイン語を自由に操り、会社のビジネスの展開に大きく貢献していた。175cm、筋肉質でワイルド。若くして主任研究員。
僕は事務系だが、森下さんは理科学系のプロ。でも事務仕事もテキパキこなす、皆の見本とする、まさに天性のエリートであった。
「明日は終日フリーです。ただ、明後日の日曜は夕方に私用が……」
「釣りにでも行こうか。一泊二日のスケジュールになるけど。北海でのサバ釣り」
「楽しそうですね」
「日曜日の夜はコンセルトヘボウでの演奏会のチケットをとっているので、それに間に合えば大丈夫です」
「スケジュールは、昼食をスキーベニンゲンで海を見ながらムール貝三昧、夕刻ロッテルダムに入り宿泊、朝5時には釣り船で出航だよ」
「アムスには日曜の夕方4時頃には帰れると思う。」
森下さんはメモを書き、僕に渡してくれた。
朝5時で釣りに出て、夕刻にコンサートを聞くのはきついかもしれないが、体力には自信がある。北海で釣りが出来るなど、なかなか体験できない。お土産話にもなる。
「大丈夫です。楽しみです」
と僕は答えた。
「知り合いの船頭さんには一人で行く予定と話していたけど、二人になっても何も問題なし。アポの人数を二人にしておくよ」
森下さんのすごかったところは、仕事力も桁違いだが、ストレス解消法の余裕を持つ能力も十二分に備えていたことだ。
「じゃあ、明日10時頃ホテルに迎えにいくよ。普段着でかまわないよ。あっそう、サングラスがあれば持ってきて」
「サングラス?持ってないのですが……」
どうして、サングラスなんか必要あるんだろう?日差しが強いからかな?
「僕が加藤君の分も持ってくるよ。スキーベニンゲンで、トップレスの女の子達が何人かいるかもしれないからね」
「ヌーディストビーチではないところだけれど、短い期間しかない真夏の太陽の光を、全身で浴びたい人たちがいるというところかな」
笑みを浮かべ、森下さんは帰宅した。
なるほど、納得して僕も帰宅した。
A4からライデン方向A44に乗り、その後、N440に乗ってスキーベニンゲンに着いた。車でアムスから1時間弱ほど。
思ったほどビーチの人出は少なかった。トップレスの女の子も2−3人ほどで、それ以外はビキニがほとんど。
ビーチに面した、海が一望できるレストランに入った。
「加藤君、オランダでムール貝食べた事はある?」
「ないです」
「ゼーランド州でとれる身が大きいムール貝。香味野菜と少量の水だけで蒸し、ワインは入れないんだ。伝統的なオランダ料理の一つだよ。」
「Hello. Mussels for twee persoon en one gras wit wijn, Alstublieft .」
(ムール貝二人前と白ワイン一杯お願いします)
森下さんはさらりと流暢なオランダ語で、ムール貝と白ワインを注文した。
「加藤君、驚かないでね」
「何ですか?」
「バケツ一杯ほどのムール貝がくるよ」
ウエイターが白ワインを持ってきた。ハウスワインはシャルドネリ。
「僕は運転があるから飲まないけど、加藤君はお好きなだけ」
森下さんの言う通りバケツ一杯の形容が大げさではない量のムール貝がきた。
食べきれなさそうだ。
「僕流のおいしい食べ方教えるね」
森下さんは、まず、一つ目のムール貝をフォークで食べた後、そのムール貝の殻で、二つ目以降のムール貝の身を挟んで食べ始めた。
「おいしい!」
身が大きくぷりぷりしている。ハウスワインとの相性も絶妙だ。
「やっぱり残しちゃったね」
「食べきれません」
二人で笑った。
「Hoeveel is het?」
(いくらですか)
しばらく、他愛もない話で、二人してスキーベニンゲンのビーチでくつろいだ。
トップレスの若い女の子が2−3人。
サングラスが定まらぬ視線を隠す。
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