#05

 崇史は家に帰ってから納戸をあさり、初孫が生まれた時に親が浮かれて買ったデジタルカメラを発掘した。おそらく甥姪三人きょうだいの末っ子もアルバムが薄いのだろう。かわいそうに。共に発見されたケーブルで充電していると、甥っ子が全力で走ってしがみついてきた。

「たかちゃん、鬼ね」

「何のだよ」

 家中をばたばたと元気いっぱいに駆けている三きょうだいを追いかける気力はないけれど、スマホで写真に撮る。それまで友達とふざけて撮った写真や食べ物や変な看板だけで埋まっていたアルバムが、別の形の幸せで埋まっていく。

 フィルムのカメラもまたやってみたい。先生に言おう、と思ったところで崇史は自身がしでかしたことがよみがえり、身悶えながら床に寝転んだ。

 どうしてあのタイミングであんなことを言ってしまったのだろうか。もっと大事な時に使うはずの言葉のはずなのに。だけどあの瞬間に使うべきだったようにも思える。どちらにせよ、崇史が小谷野を求めていることには変わりはないのだから。

 翌日は、小谷野が担当する世界史の授業がないのでほっとした。告白した次の日に合わせる顔などない。朝と夕のホームルームの時間も居た堪れず、顔を隠すようにずっと俯いたままだった。聞こえてくる小谷野の声はいつもと変わらない声色。大人にとってはあんなこと子供の戯言でどうってことないんだろうな。螺旋階段で目が合った、あの瞬間に感じた運命を信じてはいるのだけど。運命だからどうにかなるなんてのは間違いで、好きという言葉すらまともに受け入れてもらえない。まだ子供で尚且つ生徒という、自分にはどうすることも出来ない壁に阻まれるのが悔しい。

 昇降口を入って教室に向かうのとは反対方向に、写真部の作品展示スペースがあるなんて、入部するまで知らなかった。崇史以外にも恐らく気付いていない生徒の方が多いのではないか。入った正面の大きなガラスケースには、運動部が獲得した金色のトロフィーや楯、メダルの数々がギラギラと輝いている。それに憧れはしないし、自分がいるのと別の次元の話だと思って気にも留めていなかった。ただそこに飾られているだけ。このスペースに展示されている写真たちも、生徒の多くは自分には関係のない世界の話と思っているだろう。でもそこに写っているのは雨上がりの校庭や、放課後の部活動。違う人の目から見た、同じ世界。

 先生が見ている僕を、もっと見せてください。そう言えば良かった。崇史はポケットの中からスマホを取り出し、目当ての写真を探る。螺旋階段で撮られた写真。時々信仰にも似た気持ちでこの写真を眺めているのは、他の誰にも秘密だ。




 木曜日の部会でそれぞれが先週出された課題を提出する。一年女子たちはやはりサッカー部の練習風景だ。三人ともそれぞれ違う選手を狙っているが、どれもボールを追って走る姿ばかり。机に並べられた写真は遠目では見分けがつきにくい。

「同じものを撮りに行くのは悪いことじゃないけど、同じ写真が撮れてしまうのは、ちょっと問題かな。自分にしか撮れない写真を撮ろうね。それとどの写真も構図が似通ってる。高い所から撮ったりや地べたに寝転んで低い所から狙ったり、アングルを変えてみたらどうかな」

 一年生たちは、自分にしか撮れない写真、という部分に苦悩している。

「同じものを見ても、それに対する感情はそれぞれ違うわけですよね。そういうのを写さないと」

 先生簡単に言うけどさあ、という声が上がり、崇史も心の中で同意する。好きな相手を自分だけの目で写した特別な写真。あの螺旋階段の写真はその部類に入れてもらえるのだろうか。

 三好の写真は今までの女の子らしいグラビア風とは違う作風のものだった。もう一人の三年女子、山井美乃であろう制服姿の女の子が、大きな鏡で顔を隠すようにして廊下の真ん中に立っている。鏡には向かい側から歩いてくる人の顔を映している。シャープな雰囲気のものだ。

「アートっぽくてかっこいいじゃん。この鏡どうしたの?」

「旧校舎の女子トイレから外してきた」

 無茶するなあと崇史は椎野と笑い転げた。

「美乃ちゃんは私のミューズだから。次々イメージが湧いて出てくるよ」

 三好はなんだか自慢げだ。隣に座る山井は色白で華奢で、淡い色の花束が似合いそうな雰囲気。可愛いというより綺麗の部類の女の子。

「山井さんは自分をモデルに写真撮られたり、それを三好が周りに見せるのを、どう思ってるの?」

 崇史の率直な質問に、山井はうーん、と少し首を傾げた後、

「全然恥ずかしくないわけじゃないけど、舞衣の世界観を形にするのが楽しいから。私もこうした方が可愛いとか一緒に考えるのすごく楽しいし……」

 ずっとこうしてたいな、とつぶやいた。

 そして椎野が持ってきた写真。中庭の芝生で旧校舎を背にバレリーナのようなポーズをとる山井を撮影する三好を、真横から撮ったものだった。

「配置も綺麗だし、良い瞬間を狙えたね」

 小谷野の評に三好は納得がいかない様子だったが。山井は違うようだった。

「いつも舞衣に撮ってもらってばかりだから、二人の写真がこうして記念に残るの嬉しい」

 二人分焼き増ししてね、と椎野に頼んでいた。

 崇史は課題テーマ外だが一応持ってきたと、三きょうだいが走っている下半身だけを捕らえた写真を提出した。顔が写っていないから失敗したと言われるかもしれないと、崇史は身構えていたのだが。逆にそれが面白いと褒められた。先週の告白の件などとうに忘れたように接してもらうのが、嬉しいような寂しいような。でも正直、目の前にリセットボタンがあれば押したくなる。好きなことに違いはないけれど、あの告白はなかったことにしたい。

「自分で撮った写真を人に見せるの、恥ずかしくない?」

 崇史が三好にそう尋ねると、そんなことないよと首を振られた。

「今こう思ってるって言葉で伝えるのと一緒、というかそれより簡単かも。私には世界がこういう風に見えてるんだって、一番わかりやすく伝えられる手段だから」

 写真を撮るのが好きな人たちは、言葉の代わりに写真で会話しているのかもしれない。崇史はそんな風に思った。

 来週は中間テスト前なので部活は休み、明けたら撮影会に行こうという話し合いをした。写真というものはどこかへ行ったついでに撮るものだと思っていたのだが。良い写真を撮りたいという目的で出かけるのもアリなのか。

「昔は夏休みに泊まりで撮影旅行に行ってたみたいだけどね。お金もかかるし、みんな予定があるだろうから」

「近場で何回か行く方がいいんじゃない?」

 過去の撮影会のアルバムを参考にしながら、みんなで行きたい場所を挙げていく。部長の椎野が意見をまとめているのを、やはり下の兄弟がいる長男はしっかりしているなと、崇史は感心する。自分が無責任で面倒くさがりなのは末っ子だから仕方ない、と思っているのだ。

 休日はいつもやることがなく家でゴロゴロしていて、誰かに誘われないと家から出ることもなかったのに。部活に入ったら突然忙しくなった。さすがに平井の吹奏楽部ほどではないけれど。崇史はスマホのスケジュール帳に待ち合わせ時間と場所を入力しながら、予定が埋まるのも悪くないなと思った。

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