#16
期末テストの最終日、崇史は学校が終わったその足でギャラリーへ向かった。乗ったことのない路線の、降りたことのない駅。あまり馴染みのない街を、緊張と興奮をかき分けて進む。スマホの地図を頼りに辿り着いた雑居ビルの外には、「鴫沢耀・写真展」のポスターが掲げられている。来たことを半分後悔しながらも、もう半分では来るべき場所へ来たのだと息を飲む。恐る恐る足を踏み入れると、中には数人の客がいるようだ。大人ばかりなので、制服で来てしまったことに更に後悔する。
「只今、作家が在廊しております」
ザイロウ? 受付の女性から発せられる聞いたことのない単語に怯みながら、余裕があるふりをして観覧する。学校行事の美術鑑賞会以外でこういった場所へ来るのは初めてだ。コツコツと靴音だけが響くギャラリーの雰囲気に無闇に緊張させられてしまう。
極彩色の鳥や花、熱帯魚と女性のヌードを重ねあわせた幻惑的な写真の数々。大きく引き伸ばされた写真はどれも、迫り来るような強い色を放っている。艶かしい肌のカーブはしっとりとした質感が伝わってきそう。人間の身体も他の自然物と同じようにすべて曲線で創られているのだと、はっきりわかる。
一枚の写真の前で、崇史の足が止まった。いや、足がすくんだ。銀河と高原に佇む裸の女性を重ねた写真。宇宙でうずまく無数の光と、風になびく髪と枯れ草。鮮やかなのに音のない世界に吸い込まれていくようで、少し怖い。彼が創り出すドラマティックな光景にしっかりと胸を掴まれて、その場からしばらく動けなくなった。
「制服姿で見に来るような写真じゃなくてごめんね」
ふいに背後から小さな声で話しかけられ崇史が振り返ると、すらりとしたスタイルの男性が立っていた。シャツとハーフパンツにスニーカーというラフな出で立ちだが、質の良いものを身につけている。
この人、知ってる。
崇史が戸惑っていると、「鴫沢です。初めまして」とにこやかに挨拶をされたので、とりあえず会釈をした。ここに来るまでは、もっと堂々とした態度を取るつもりだったのに。忘れがたいあの写真の中の青年を目の前にして、描いていた台本は全て飛んでしまった。
「すごく綺麗です。こういうの、どうやって撮るんですか」
「普通に多重露光だよ。でもこの手法にはもうある程度先が見えちゃってるっていうか……続けても過去の作品の模倣になるだけだから。新しいシリーズを考えてるところ」
崇史の知らない専門用語が出てきて具体的な返答に困り、なるほどー、と適当な相槌を打った。あとで先生に聞こう、と思ったところで、そんな事は出来ない事に気づいた。
「浩介の生徒でしょ。君を撮った写真、観たよ。螺旋階段を上ってるやつ。ちょうど君に会ってみたいと思ってたんだ」
「……先生には、内緒で来たんです」
「だろうね。わかってるよ、言わない」
なんだか色々見透かされているような気がして、大人の視線が嫌だと思う。でも期待していた以上の展開だ。崇史は少し緊張しながら、用意していた台詞を吐いた。
「先生が撮った写真、持ってきました。……見ます?」
鴫沢耀がどんな人か知りたいというのもあったが、正直これが一番の目的だった。今一番そばにいるのは自分だという牽制と、反応を見てみたいという好奇心。
「そうだね……ちょっと場所変えようか。俺の事務所が近くだから」
おいで、と誘う鴫沢の後にためらわずについていく。彼についていけば間違いないという確信を持って。
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