感謝SS『最悪の出会い』

「ダンディこそ至高! 体から染み出るいぶし銀が、なんで分らないのよ!」


 腰まで伸びた灰色の髪を編み編みのお下げに一つに纏め、背中に流している詰襟の装いの美少女が叫ぶ。


「何を言う。年下こそ奇跡の産物。楽園に隠された秘密の果実の味に比べるべくもない!」


 艶やかな金色の髪をさらりと後ろに流し、気品あふれる赤いドレスの装いの美少女が腕を組んで答える。


 腕を伸ばせば胸ぐらをつかめるほどの至近距離で、二人の美少女がメンチを切っていた。


 灰色の髪の少女の名はリリアンヌ・アジャックス。アジャックス侯爵家長女 九歳。


 金髪の少女の名はフランシスカ・ガーネット。ガーネット王国第二王女 十歳。


 事はここガーネット王国内の蜂蜜で有名なアジャックス侯爵領の養蜂上で起きた。

 お忍びで遊びに来ていたフランシスカが、護衛の三十路の騎士に見惚れていたリリアンヌを咎めたのが切っ掛けだった。


「中年に見惚れるとは悪趣味だな」

「渋みも分からない鼻たれがなにをいうの?」


 お互いの性癖を暴露し合う美少女二人に周囲にいる大人たちは止める事が出来ず、ただ狼狽えて見ているだけだった。

 唯一、リリアンヌの弟エリオット・アジャックス七歳を除いては。


 エリオットは、ついに胸ぐらを掴みあった姉と第二王女を見比べて泣きそうな顔をした。


「お、お姉様、お姫様……」


 アジャックス侯爵家の嫡男としての意地なのか、それとも立ち入れない大人達の「お前なんとかしろ」という視線に耐えきれなくなったのか、エリオットはおずおずと声をかけた。


「アンタは黙ってなさいよ」

「そうだぞ少年。これは譲れない聖戦なのだ」


 視線をずらすことなく睨みあう二人の少女はエリオットに言葉だけを返す。


 ――だめだよ姉さん。その人お姫様だから!


 エリオットの心の叫びなど知りようもないリリアンヌは額に青筋を立て、令嬢がしてはならないアヒル口でフランシスカを睨んでいる。

 そのフランシスカは額に皺が寄るほどのメンチを切り、王女がしてはならない程のひん曲げた口で奥歯を食いしばり、リリアンヌを睥睨している。


 ――あぁ、綺麗なお姉様方が台無しだよ! っていうか、王女様に何かあったら家が取り潰しだよ!


 両手を頬に当て、声無き叫びをあげるエリオットは内またで震えていた。

 サラサラの黒い髪に可愛いと言える顔のエリオットが震えるさまは、黒いウサギにしか見えない。

 たまらなく保護欲をかきたてるはずのエリオットを放置して、美少女二人は今にも殴り合いそうな剣呑な空気をまき散らしていた。


 ――いつもそうだ。姉さんは暴走するだけするとケロッとしてどっかに行って、取り残された僕が怒られるんだ。いつも、いつも……


 エリオットは武闘派の姉のしでかした事件の犯人にされ、いつも叱られていた。姉に文句を言うと力でねじ伏せられた。母に窮状を訴えるが。


 ごめんであります。でもリリアンヌに悪気はないであります。


 頭をかきながら言い訳するエリオットの母も武闘派であった。要は育て方を間違ったのだ。

 一触即発の気配の中、二人は同時に拳を振り上げた。

 エリオットの心臓がドクリと跳ね上がる。


 ――お姫様に怪我させたら、おしまいだよ!


「だ、だめぇぇぇ!」


 エリオットは泣きながら、今にも殴りかかりそうな二人に駆けた。


「ハッ!」

「ふんっ!」


 リリアンヌとフランシスカが同時に拳を振り抜いたその時、二人の間に滑り込んだエリオットの頬に二つのパンチが炸裂した。


 ――なんで僕が……


 顔を拳でサンドイッチされたエリオットはその場に崩れ落ちた。


「エリオット、大丈夫?」

「少年、しっかりするんだ!」


 冷静にエリオットを見下ろすリリアンヌに対しフランシスがしゃがみ込み、倒れたエリオットを抱き起した。

 赤く腫れた頬の痛みに耐え、エリオットがフランシスカを見上げると、覗いてくる彼女の琥珀の瞳が滲んで見えた。


 ――よかった、怪我はしてないや。あぁ、これで家の取り潰しはなさそう……


 無意識にあげた手はフランシスカの頬に触れる。暖かい感触が指先に伝わってくるが、意識は濁ってぼんやりとしてきていた。


 ――あぁ、ほっぺが痛い……


 意識を失ったエリオットの手は力なくおちた。

 フランシスカはその手をそっと握り自らの頬に当て、恍惚とした表情を浮かべ始める。


「身を挺してわたくしを助けてくれたのだな」

「違うと思うけど?」

「黙るんだ」


 いつもの調子でエリオットに冷たくあたるリリアンヌ。

 フランシスカはくったりしているエリオットをまじまじと見つめた。


「あぁ、よく見れば、なんと麗しい少年ではないか」


 ウットリとした表情でジュルリと涎をふき取るフランシスカに周囲はどん引きだった。


「なによ、そんなのが良いの?」


 腕を組み、吐き捨てる様なリリアンヌの言葉にフランシスカがキッと睨み上げる。


「この少年はわたくしを助けてくれた騎士だ。その言葉聞き捨てならんな」

「ひ弱な男なんて、価値がないわね」

「彼は勇気ある少年だ。ひ弱なんかではない」


 フランシスカはエリオットをそっと地面に置き、ゆらりと立ち上がる。


「若き勇気を理解できないとは。君にはお仕置きが必要だな」

「酸いも苦みも知らない清楚なお姫様にできるのかしら?」


 火花の陽炎が見えてしまうほど空間を捻じ曲げた二人の第二ラウンドが開始された。

 そしてエリオットの体を張った制止もむなしく、二人の美少女による野生じみた殴り合いが繰り広げられてしまうのだった。

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