第八話

「よーし、順位表わたすぞー。とその前に、今回のテスト結果に関するプリント配るわ」


 そう言ったのは、愛すべきハゲ“まるまる”。

 彼はわたしの目の前で夢の中へ旅立っている宇宙に顔をゆがめたが、とりあえず、その寝坊助ねぼすけヤローを無視してプリントを配ることにしたらしい。

 列の先頭にプリントを渡していくまるまるの様子を見つつ、協力してやるかと静かに数学の教科書を取り出した。


 さて、みなさん、デジャヴを感じただろうか。

 バシーンっと勢いの良い音が教室中に鳴り響いたと同時に、まるまるが「ナイス!」という顔でわたしに親指を立てて見せた。

 こちらもニヤリと口角を上げ、「いいってことよ」とちぃとばかし上から目線で返す。

 大好きなまるまるのためなのだ。わたしだってたまにはひと肌脱いでやってもいいって思うわけ。


「いってぇぇぇええええ!」


 張り上げられた宇宙の悲鳴に、「学習しろ、東雲しののめ!」と言ってまるまるがにらみつけた。

 『まるまるのにらみつける』で宇宙の防御力が下がるはずもなく、逆に「教育委員会に訴えてやるぅぅう」と恨みのこもった宇宙の声が発された。

 闘争心を煽っとるがな。けれど当然のごとくまるまるから「俺のせいじゃない」と一言くれば、宇宙はなにも言えなくなる。


 まぁ、わたしのせいだしね。


「でもせらに無言で指示したのってまるまるでしょっ!」

「してないしてない。俺が大切な生徒にそんなことするわけないだろ」

「てかまるまるみたいに、俺の頭が禿げたらどうすんの!?」

「おー、東雲、今日から仲間だな」

「くああああっ、キラン、って歯が光ってるどころか、頭まで追加で光ってるところなんかが特にうぜぇええええ」

「よーし東雲ぇ、廊下に立っておけー!」


 2人のやり取りに教室中が大爆笑したところで、まるまるもちょうどプリントを配り終えたよう。そうして今度は順番に名前が呼ばれていき、順位表が手渡された。

 渡された順位表を見れば当然のごとくド底辺に近い数字で、同じようにド底辺な宇宙とギャハハハと大爆笑してしまう。


「お前ら笑ってる場合じゃないからな……」

 まるまるのもっともな一言付きである。せめてもの悪あがきとばかりに「ねぇ、まるまる!」と教師を呼んだ。


「なんだ」

「わたしのこの順位って、実は合計点数の間違いとかじゃない?」

「むしろそうだったら良かっただろうな」


 それがまたおかしくて大爆笑再来である。

 周囲も互いに順位や点数を言いあいっこし始めたようで、ざわざわとさわがしくなった。


「次はまるまるを思って、ふさふさな通知表目指すわ」

「宇宙、それ名案。2、3、2、3、で“ふさふさ”ってね!」

「はぁ、とりあえずそれでも良いから頑張ってくれ……。1、2、1、2とかいう大行進な成績より遥かに良いから」


 まるまるが顔を手でおおい隠して、はあ、とため息をついた。「がんばれよ!」と良い笑顔で親指を立てれば、原因はお前らだからなと突き放される。


「あんまり悩むと禿げるよ?」

「柊、余計なお世話だ」

「てか、それ以上どこが禿げるの?」

「東雲はあとで職員室な」

「ごめん、ごめんってまるまる」


 そんなやり取りにまるまるは再度おおきなため息を吐いて、遠くを見やるのだった。ご愁傷様です。


*  *  *


 テスト直しの時間も終了し、わたしと宇宙は次の時間を有意義に過ごすため、保健室にやってきた。今日は保健室の先生がいないと聞いたためだ。

 案の定、保健室に来てみれば保健医の姿はない。誰もいないようなので適当にベッドに横たわる。

 ああ、快適。休まる身体を実感しつつ、そっと目を閉じる。


「そういえばカオルくん、やっぱイケメンだったろ」


 斎藤さいとうかおるくん。それが、新入部員。マネージャーの子たちもそのかわいさにきゃっきゃと盛り上がっていた。

 盛り上がっている女の子もそれはそれでかわいかった、とぽつりつぶやけば、「はいはい」と呆れた声色。

 適当な返事だな! 隣のベッドに横たわっている宇宙を拗ねた表情でにらめば、そいつは、ふ、と笑みをこぼしただけだった。


 それが大人っぽくて、ドキリとする。

 おもわず顔をそらしてしまったわたしに宇宙は構いもしなかったけれど、「ねぇ」と放たれた彼の声に、意識は完全に乗っ取られてしまった。

 なんか、ずるいよね。


「おまえさ、すきなヤツいるの」

「え。――いや、まぁ、いないけど」


 突然の質問に驚きながら、「目の前にいるぞコンチキショーめ」と言うわけにもいかず、とっさに反応を返して不自然のないようごまかした。顔にたれてきた髪の毛を耳にかけながら起き上がり、宇宙からの視線をまっすぐ見すえて言う。

 そうすれば宇宙は「……ああ、いんのか」と静かにつぶやいた。それは確信しているような、安定感のある言い方だった。


「い、いや、いないって言ったし」

 おもわず焦ってそう告げたけど、「バレバレのうそ、ありがとね」と一言。


 え、なんでバレバレなの。

 そうツッコミたかったが、よく分からない恐怖にせき止められて、その言葉が口から吐き出されることはなかった。

 聞いてなにかを返されても、きっと反応の仕方が分からない。


「――オレさ」


 つなげられた声に、「なに」と返す。宇宙はためらったような表情を見せたけれど、それは一瞬のこと。なにを考えているのかわからない顔で、天井を見上げた。


「バカでアホでまな板で男っぽくて、本当にどうしようもない、むちゃくちゃなヤツが好きなのね」

「うわ、趣味わるいな!」 


 好き――その言葉に心臓になまりが落ちたかのように息苦しくなったけど、隠すようにして罵声ばせいを浴びせる。


「つーかおまえ、本当にそいつが好きなの? けなしすぎ!」


 そんなわたしに心底呆れたようにため息を吐く宇宙は、「おまえって本当にバカだろ」と見事な切り返しをくれた。

 それにカッチーンときたわたしが「必殺奥義、せらちゃんキーック」とベッドの上からまわしげりをくり出せば、「いってぇぇええ」と痛みを露わにしながら「本当にお前って……」とちいさくこぼす。


「わたしが何だってぇ?」


 怒りの形相ぎょうそうでそう問いかければ、「鬼のような女だと実感した」と一言。

 再度蹴りのポーズをしてみせれば、「パンツ見える」と衝撃的な忠告をくれた。


「え、やだ、はずかしい」


 ぽろっと本音が出て一気にしおらくなったわたしに、宇宙がやさしく目を細めたのがわかった。

 だけど、「早く言えよ!」なんていう照れ隠しの言葉も、「そらくんのえっちぃ」なんていうからかいの言葉も、恥ずかしさの方が勝って言えない。

 そんなわたしにほどなくして「ぶはっ」と噴きだした宇宙は、「やっぱお前バカだよ」ときれいな顔で笑ったのだった。


 マジでおまえ許さないからね?



* * * * *



「セラ、大変なんだ!」


 ドアを勢いよく開ける轟音ごうおんが聞こえ、わたしは手に持っていたお皿を投げつけるように置いて振りかえった。

 どうやら“わたし”は足台の上に立って、洗い物をしていたらしい。

 今度は赤ん坊ではなかった。そのことにちょっとだけ安心感を抱きながら、焦ったような表情をしているそのひとを見る。


「ちちうえ、どうされたのです」


 なぜか勝手に口がうごく。なんのホラーだよ、とおもいながらも、黒装束くろしょうぞくに身を包んだ自分の父親らしいあの男を、ジッと眺めるしかなかった。

 オッサンはちょっとだけ老けた。あと、ちょっとだけやつれた。


 あれからどれだけ時が経ったんだろう。

 わからないけど、どこかで嗅いだことあるような――そうだ、おばあちゃんちの匂い。それが嗅覚を刺激していることがわかって、なんだかとたんにさびしい気持ちになった。


「ああもう、セラ、父上でなく、パパって呼んでほしいのに……」


 大変なんだ、と息を切らしながら入ってきたわりには、ずいぶんとふざけたことを言う“父上”だな。

 意識の片隅かたすみでそう思うも、そうしてようやく気づいた――どうやら本当に、わたしの意識は片隅にしかないらしいことに。

 まるでだれかのカラダを入れ物にして、ムリヤリわたしが意識を共有させているかのようだ。


 わたしの意志とは無関係に、自分のカラダらしいそれは動き始める。

 確かに視界は、自分の目を通して切り開かれているはずなのに、この体はわたしのものではないような気がした。

 実際、“父上”と呼んでいるこのひとがわたしの父親なんかじゃないのだから、たしかにこの体はわたしのものではないのだろう。きっと、“セラ”ちゃんのものなのだとおもう。


 ふと、わたしは“わたし”が和装していることに気が付いた。正装ではなく、どちらかと言えば男のひとの着流しに近い感じだろうか。

 灰色一色、帯は群青色。どことなく違和感を覚えながら、映画でも鑑賞している気分だった。


 彼が口布をズラし、息を整えながら口を開くのを見ながら息を吐く。


「長期任務が言い渡されてね、いつ帰って来られるか分からないんだ。お前が十になったら主のお屋敷で女中にしようと思っていたが、長い間帰って来られないから、僕の出発と同時にお前をあちらへ出そうと思う」


 心苦しそうにそう伝えた男は、ギュッと感情を抑えこむように自分の手を握りしめた。実力のあるらしいこの男が、こんなふうに感情をあらわにするなんて。

 かつての夢を思い出しながらそんなことを感じると同時に、この夢で言う“当時”から、目の前の彼は以前とまったく変わりなく“セラ”を愛しているのだと悟るしかない。


「それはもう、ちちうえにあえない、ということでしょうか」

「――そう、だね。お前が女中になれば、お前の身は主のもの。僕とは会えなくなる。でも僕は、セラのことを誰よりも大切に思っているよ」


 そう言って“わたし”を抱きしめる。

 ああ、夢なのにどうしてだろう。苦しいほど強く抱きしめられたその感触に、言い知れぬほどの切なさがこみあげた。


 どうにもわたしは、この男に弱いらしい。

 器の記憶か、はたまた自分の感情か。


「ちちうえ」


 わたしの発する声がふるえる。

 ああ、“わたし”はきっと、情けないほど泣きそうな顔をしているのだろう。

 あいかわらずわたしの意思に反して動く体は、それでもどこかわたしの心情と一致しているようだった。

 それがちょっとだけしゃくで、なんとなく恐ろしい。


 目の前の彼は「なんだい」とやわらかな声色で言う。そのやさしさが、また胸に重く落ちていく。


「ちち、うえ」


 ぽつり、と“わたし”の頬を伝ったのは透明な雫に他なかった。


「ああ、泣かないで、セラ」


 わたしの頭を撫でる大きな手。愛おしいという感情を惜しみなくぶつけてくるその愛撫に、ついに涙腺は崩壊してしまった。


「っ、ちちうえ、わた、わたしは、ちちうえがだいすきですっ」

「うん、僕もお前を愛しているよ。柊レイジの娘はセラ、お前しかいないんだから」

「はいっ、はい、ちちうえ!」


 彼の黒を握りしめれば、今生の別れのような感覚が強まった。


 べつに、この男はわたしの父親ではないし、むしろわたしの父親はこのようなやさしさはもう持ち合わせてなどいない。

 それなのに、どうしてだろうか。

 わたしはこの男をまるで父親のように思ってしまったし、突き刺すような胸の痛みと共に彼との別れを悲しんでいた。


「愛しているよ」


 その言葉から、悲しみと愛情との両方が感じとれて――わたしは赤の他人との別れを惜しんだのだった。



* * * * *



「――……ら」


 わたしを呼ぶ声がする。


「……ら、――せ……!」


 ああ、声の持ち主がずいぶんと泣きそうな様子で叫んでいるから、早く目を覚ましてやらないと。

 意識を集中させて暗闇を突き放す。こんなにも必死に求めている声を、無視なんてできない。


「――ら、せらっ!」


 ふっ、と意識を“こちら”に戻したわたしは、入りこんできた光に目を細める。まぶしい。

 かすむ視界の中でとらえた姿は、眉を寄せながらわたしの名を呼ぶ東雲宇宙の姿だった――あ、宇宙。

 そうおもうのに、ちゃんと宇宙を視覚で捉えているのに、わたしの心はここにはないとでもいうように浮ついている。


 そっと、目からなにかが流れ落ちる。ぽつり、ぽつり。それが涙だと気付くのに、時間はさほどかからなかった。

 あれ、どうして。

 そんな疑問が脳内をかすめたけれど、止まらない涙はどんどん流れ落ちてくるばかりだった。

 「せら?」宇宙が心配そうに声をかけてくれる。だけど、わたしの意識の大半を占めているのは、“あのひと”のことでしかなくて。


「ちち、うえ」

「は、せら、大丈夫か。なぁ、しっかりしろよ」


 ぽつんとつぶやいた“あのひと”の代名詞。だけど、こぼれ落ちたそいつに違和感はない。まるで、そう言うことが当たり前だというように、すんなり口をついて出てきたのだから。


 宇宙がもう一度わたしに呼びかける。心配そうに顔をゆがめて、どうしたのかと問いかけたい気持ちをあらわにした表情で。

 それでも、いまは宇宙に向かない程度に、わたしの意識は完全に“父上”に向けられている。


 彼はいったい、どうなったのだろう。

 あれから、“セラ”と“父上”は出会うことがあったのだろうか。

 あんなにも一心に娘に愛情を注いでいて、そして、注がれていたのだ。お互い、もう会えない悲しみに暮れているのではないだろうか。

 そうだとしたら、わたしもなんだかとても悲しくて、さびしい。


 わたしだって知っている。だいすきだったひとに一生、会えなくなる悲しみを、わたしだって知っているのだ。

 もちろん、別れる最後まで“だいすきなひと”だった“セラ”のほうが、別れは何倍もつらかったんじゃないかとおもってしまうけれど。もし二人がもう会うことがなかったのだとしたら、切なくてどうしようもない。


「せら!」


 肩を揺さぶられて、ハッとする。


「、あ」


 宇宙の姿を今度こそちゃんと確認して、ようやく全てを突き放すことができた気がした。


 ……なんか、深く考えすぎたかも。ていうか、入りこみすぎた気がする。

 夢のなかにまで入れこんでしまうなんて、よっぽど今日の自分は不安定らしい。

 落ちつかなきゃいけないのは、昴じゃなくてわたしのほうかもしれないなぁ。そうおもって、しっかりしなきゃと気合いを入れなおす。


「こわい夢でも見たの?」


 問いかけられて、思考の渦から意地でも抜け出す。意識を持っていかないように集中させることで、考えることをやめる。

 だいじょうぶ。呪文のように口の先で転がして、笑顔で宇宙を振り向いた。


「ん、ちょっとこわかったけど、だいじょーぶ!」

「けど、泣いてるし、それに」

「はは、夢の出来事なのに、なに現実でも泣いてんだかね」


 わたしが呆れたように笑えば、宇宙はすこし眉を下げた。悲しそうに、苦しそうに、やりきれない思いを抱えているかのように。

 その様子に違和感を覚えて、眉を寄せる。


「宇宙こそ、不安そうな顔してどしたの」


 努めて明るく言えば、宇宙は隣のベッドに腰を下ろし、なんとも言えない表情で息を吐きだした後、顔を手でおおった。

 向き合う形になったその姿を、じぃっと見つめる。

 いったい、どうしたのだろう。心配してくれていたというのは分かるけれど、寝起きで泣いていたからと言ってそこまで宇宙が苦々しくおもわなくてもいいのになぁ。


 ふ、と窓から風が吹く。カーテンを揺らしたそれは、わたしの頬にも軽く触れて去っていく。

 心地良さにちょっとだけ目を細めれば、宇宙の口が小さく開いたのがわかった。そして――。


「……消えるかとおもった」


 発されたセリフの意味がわからなくて、すぐに反応を返せなかった。


 消えるかとおもった? どういうことだろう。

 意味がわからずに眉を寄せれば、情けない顔をした宇宙がこちらをにらむように見ている。

 そのにらむように、というのが本当ににらんでいるわけではないとわかるのは、その目が不安に揺らめいていることに気がついたから。


「お前さっき、消えそうだったんだよ」

「どういう、いみ」


 意味が、わからない。そうおもっているのに、そんなことはありえないとわかっているのに、なぜだか動揺しているらしい自分の心臓は、今までにないほどざわつきをおぼえている。


「オレだってわかんねぇっつの!」


 逆ギレしたような強い口調で返されてしまえば、わたしも何を言うことができなくなってしまう。


 本当に、どういうことなの。

 ドクン。ドクン。身体全部が心臓になったかのように、脳天からつま先まで鼓動が伝わっていく。すっかり動けなくなってしまった自身の体を、わずらわしく思った。

 何に動揺してるのだろう。そんな非現実的な話、ありえるわけないのに。こいつの遊びに決まっいるって、そうおもうのに。


「せらが、透けてたんだ」


 ぽつり、力なく発されたそれは、だからこその力強さを持っていて。一気に言い知れぬ恐怖が襲ってきたのを感じた。

 ぞわり、と背筋が凍るような思いがして、おもわず手を握りしめる。

 どくん、どくん。運動した後なんて比じゃないくらい、心臓がさわがしい。


「――は、そんな、ファンタジーなこと」

「オレだって自分の目、疑った! でも、でも……!」


 透けてた。まちがいなく、さっきまでお前、透けてたよ。


 そう言ってわたしを真剣に見つめる宇宙に、今度こそほんとうに何も言えなくなってしまった。

 そんなファンタジーなこと、あるわけないだろう。

 そうおもうけれど、宇宙の視線はうそを言っているような雰囲気ではなく、うそだろと指摘できるような空気でもなかった。


「なぁ、お前、いなくなんねぇよな」


 当たり前じゃん、なにバカなこと言ってんの――呆れた口調でそう言ったけれど、自分を巣食うわけのわからない焦燥感もうそじゃない。ふりほどけない恐怖は本物だった。

 だからなのだろうか。情けないほど、声が震えてしまっていた。

 それにきっと、宇宙は気がついた、気がついていて、気がつかないふりをしている。


「そう、だよな」


 むりやり自分を納得させるかのような口調でわたしから視線を外した宇宙は、煮えきらない思いをどうにかして消化しようとしているようだった。

 さらに鼓動を速めた心臓に、嫌な予感も募っていく。


 ぎゅ、ともう一度手を握りしめて、そのままうつむく。

 そうして不安と闘おうとした瞬間――「ごめん」宇宙が言った。


「え、な、なに」

「――いや、ごめん、やっぱ見間違いかも。だっておかしいもんな」


 落ちついた顔でそう言う宇宙は、わたしと目をあわせようとしない。


 ……ああ、自分の中にある不安を隠したんだ。そして、わたしをこれ以上不安がらせないように、自分がガマンすることを選んだ。

 それがわかるくらい、わたしたちはもうずいぶん長く一緒にいるのだと、こんな時にまで実感してしまった。

 それがありがたくて、すこしだけさびしい。

 だけど、宇宙のそのやさしさを無視して話を進めていくわけにもいかなかった。わたしにとっても、あまり触れたくない話題だったのだ。


 だって、こわくなる。


「そうだよ。ゲームのしすぎ。これだから中二病は困るんだよねー」

「うっせー、中二」

「高一ですぅ」

「うっぜー」


 もしもわたしが消えてしまうのだというのならば。

 消えるってどんなことなのだろう。消えるってどうなるのだろう。

 消えたとき、こいつは悲しんでくれるだろうか――反射的に、そんなバカなことを考えながら、わたしはもうそのことに触れないようにすることに必死だった。

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