第15話 私的な謝罪文 (創作、現実)

 その30歳ぐらいの女性……会計課のユリナは、わずかに目を潤ませていた。


「……やっぱり、同じ会社の人達だったのね。あんな強力な武器、使いこなせる若い人なんて……それも、まったく無名の冒険者達が、いきなりセクハーラを倒したって聞いていたから、そうじゃないかと思っていたの」


「あんな強力な武器? ユリナさん、何か知っているんですか?」


 ミキも、久々の再会に涙を浮かべながらも、ユリナのセリフに敏感に反応した。


「ええ……あなたたち、こっちに来て謝りなさい!」


 彼女が、太い柱の後ろ、俺達から見て死角になっている方向に向かって声をかけると……あのメイド姿の二人が、剣と弓を持って、震えながら歩いてきた。


「インプレッシブ・ターボブースト!」


「レクサシズ・アロー!」


 俺とシュンが、同時に叫んだ。


「……思った通り。やはり、これは貴方達の所有物ですね。申し訳ありません、私たちがお世話になっているお屋敷のメイド達が、勝手に持ってきてしまったのです。もし、ここか、酒場に元の持ち主が現れたらお返ししようと思って、お店の人に相談に来ていたんですが、タイミング良く出会えたようですね……本当に申し訳ありませんでした」


 ユリナさんは、深々と頭を下げた。

 それを見て、二人の女の子達も、


「「ごめんなさい……」」


 と涙を流しながら深く頭を下げた。


 よく見ると、まだ日本で言うところの、高校生か、下手をすれば中学生ぐらいに見える。

 そんな彼女たちの涙ながらの謝罪に、俺達は怒ることすら忘れてしまったのだった。


 俺達は、武器を返してもらった後、事情を聞くために、彼女たちが世話になっているという貴族の屋敷を訪れた。


 アイザックの館よりかなり小さく、幾分見劣りはするものの、それでも10LDKはあるであろう、三階建ての立派な屋敷だった。


 当主であるイメンディ男爵は、魔法が使える、四十歳台の紳士だった。


 ユリナから事情を聞いた彼は、俺達に断りを入れてから、相手のステータスを確認する魔法を使った。

 そして俺達のそれを確認し、目を見開き、胸に拳を当てて一礼した。


「……本物の勇者様御一行とお目にかかれますこと、光栄に存じます」


 彼の誠実な人柄が見て取れるようだった。


「さあ、勇者様、お仲間の方々、そしてお付きの商人様も、どうぞお入りください」


 フトシは、勇者の仲間とは見てもらえていないようだった。


 俺達は、大きな会議室へと通された。


 俺達以外には、イメンディ男爵、ユリナさんが席につき、メイド二人は立たされていた。


 そして、ユリナから聞いたのは、俺達のようにアイザックに匿われもせず、かといって、能力が不足していて、邪鬼王に妖魔にもされなかった転移者についてだった。


 彼女の他にも、あと2人の女性社員が、邪鬼王に『不要』と判断されたという。

 そして、彼女たちの扱いは、ヒステリック・モラハーラ(別名:ヒステリック・ヤマモト)に一任されたらしい。


「その、ヒステリックって……やっぱりヤマモト係長が妖魔化した姿なんですか?」


 ユウが、恐る恐る尋ねた。


「ええ、そうよ……彼女、転移前はかなりの派閥を作ってたの、知ってるわよね?」


「はい。だって、女性の中では役職はかなり上の方でしたし……会計課は、領収書の扱いとかで、お世話になることが多かったですから、彼女に目を付けられたら仕事がやりづらくなって……無視されたり、書類を受け付けてもらえなくなったり、影でイジメられたりしていたから、みんな怒らせないように必死でした」


 ミキは、苦虫を噛みつぶしたような顔だ。


「そう、女性社員の中では、かなり力を持っていた。あの人は、一般女性従業員達の上に立って導いていく存在だって思い込んでいた。まあ、そんな風におだててしまっていた私達も悪いんですけど……」


「そうですね。それで、気に入らないことがあったら、私的な『謝罪文』とか書かせて……拒否しようとしたら、『私達のグループから外すよ』って脅されて……本当に辛かったです。問題になりかけたんですよね?」


「ええ、その通り。でも、そうなる前に、邪鬼王による強制転移が起った。そして、そういう権力を欲する彼女は、あっという間に闇に染まってしまった……そして、私達に言ったんです。『修行して、強くなったら戻っていらっしゃい。そうすれば、邪鬼王様にお願いして、妖魔に変身させてあげるから』って……解放された私達は、放浪の末にこの街に辿り着きました。邪鬼王に認められなくとも、この世界の一般人よりは各種能力値が高い私達、イメンディ男爵様にその能力の価値を見いだされ、保護されたのです。あとの二人、ヤエさんとモエさんは、今は外出していますが、二人とも元気ですよ」


「ヤエさん、モエさん……無事だったんですね。よかった……でも、どうしてメイドさん達、武器を持って行っちゃったんですか?」


 ミキが尋ねた。


 部屋の隅の方で立たされていた二人のメイドは、ビクッと体を硬直させた。

 そしてユリナから、その真相が説明された――。


**********

 (現実世界)


 ここまで書いたところで、土屋はその内容をネット上に公開した。

 今回、最初に感想をくれたのは、ダンディというハンドルネームの男性だった。


『投稿者:ダンディ 50歳~59歳 男性

 今回の展開、ちょっと考えさせられました。会社の女性社員の間で、派閥のようなものができていて、そこでイジメがあるとすれば、それは由々しき事態ですね。私的な謝罪文の強要なんて、それこそモラハラです。ウチの会社でも、そんなものが無いか念のため調べてみる必要があるな、と思ってしまいました。もしそんなイジメを助長するような人がいたら、即刻『滅殺』ですね(^^)。』


(……ダンディさん、『ウチの会社』って言葉使っているけど、ひょっとしたらどっかの会社の社長か、役員なのかな? もしくは、人事関連の部署の人? まあ、どこの会社でも、セクハラとかモラハラとか、問題にしているんだろうなあ……)


 土屋が、「どう返事を書こうかな……」と悩んでいると、さらにもう一通、感想が来た。


 『投稿者:カワウソ 20歳~25歳 女性

 今回のお話、派閥とか、謝罪文とか、結構生々しくて、もしモデルとした会社があるのだったら、特定されたりしないか心配になってしまいました。モラハラのヒステリックなアラフォー女性のヤマモトさん、さすがにひどいと思いましたが、それだけに、この小説がモデルとなった本人に知られると怖いな、と思いました。でも、その反面、スカッとするようにやっつけて欲しい、と思っている自分がいます。期待していますので、ぜひ頑張ってください!』


 この感想を読んた土屋は、


「まあ、大丈夫だろうけどな……」


 と、少々考えた。


『カワウソ 様

 感想、ありがとうございました、励みになります!

 ヒステリックのモデルについては、確かに存在するのですが、例えば千人の読者がいたとして、日本の人口が一億人だったとしても、特定の人が読者である可能性は十万分の一だから、まず大丈夫だと思っています。それに、念のため、人物名や文書の名前も変えていますから、もし見られても、偶然の一致、と言ってしまえると思っています!』


 土屋は、まったく不安に感じておらず、そう返事を書いた。


 彼にとっては、読者数は投稿サイトのブックマーク数が全てであり、ブラウザのブクマ機能などについてはまったく考慮に入れていなかった。


 また、ダンディの感想に対しては、「ぜひ頑張ってください!」と、人ごとと割り切って返信したのだった。


----------

※次回、創作の世界では、屋敷での話の後、いよいよヒステリック討伐へ出発です。

※土屋はいろいろ鈍感な上、危機意識が欠如しています。

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