2走目、下僕と魔王の出会い~暴力と不良を添えて~
1年前――、高1、秋。
僕は親の転勤というありきたりな理由で、この高校に転入してきた。
当時、僕と浅野はまだ同じクラスだった。なぜなら、その頃の僕らのクラスわけには、まだ『特進』なんて2文字はなかったからだ。
うちの学校は、高校1年生までは皆、普通科のみのクラス分けになっており、高校生活に慣れ始めた2年目から、1年次の成績に合わせて、普通科、特進科文系、特進科理系の3地位に分けられる事が決まっている。つまるところ、できる奴とそうでない奴が分けられるってこと。
けれど1年生の頃はそれがないから、できる奴とそうでない奴は、皆平等に同じクラスで過ごさないといけない。
お前できる奴、お前出来ない奴って仕分けされるのも腹が立つけど、でも出来る奴、出来ない奴がごった混ぜの状況というのも、これはこれで嫌なものだ。なんせ自分と同じ空間に自分以上に出来る奴がいるのだ。おかげで、そいつよりも劣る自分が惨めな存在に思えてきて、情けなくなってくる。平等、対等の言葉を辞書で引いて調べたくなるほどだ。
発想が根暗すぎるだろって? うるせっ、ほっとけ。生まれついての性格だ。
そんなわけで、浅野を初めて見た時、僕は腹が立ってムカムカした。
なんでも出来るクラスの人気者。漫画から出て来たような紳士的な王子様。根暗でひねれ者で、年齢=友達いない歴の僕とは真逆の存在だった。自分とはあきらかに違った世界で生きる存在を前に、どうしてこのクラスにやってきてしまったのか、と僕は己の運命を嘆いた。
結局、僕はこのクラスでも友達らしい友達を作る事が出来ずに日々を過ごす事となった。転入初日は話しかけてくれるクラスメイトもいたが、皆、最後にはいちようにつまらなさそうなものを見る目で僕から去っていった。
そういう目をむけられるのは、今までの人生においても何度もあった。僕は人付き合いが下手くそなのだ。小学生の時なんか、「一陣くんって空気読めないよね」と笑われた事があるくらいだ。影で笑われるのも腹が立つが、明らかに本人に聞こえる位置で本人に届くように言う悪口ほど、クソなものはない。おかげで以来、僕は誰かと目を合わせて話すのが苦手になってしまった。
あいつらへの恨みは一生絶対忘れないだろう。末代まで恨み続けてやる。……まぁ、もう顔も名前もよく覚えていないのだけど。
そんなある日の放課後。僕は忘れ物を取りに自分のクラスへ戻る事となった。その時点で昇降口まで降りてきてしまっていたのだが、気づいてしまったものは致し方ない。まだ外靴には履き替えていなかったし、まぁこのタイミングならいっか、と僕は自分のクラスへと戻る事にした。
――その選択が、僕の高校生活を大きく変える事になるなんて、思いもせずに……。
1年生の教室は校舎の最上階にあった。うちの学校では学年が下な者ほど、教室が上の階に設けられている仕様だった。ぺたぺたと、情けない上履きの足音を響かせながら、僕は自分のクラスを目指して、放課後で人気の少ない階段をのぼり続けた。
と、
「げっ」
「あァ? 誰だてめぇ」
3階あたりまで来た時、そこで不良の集団と遭遇してしまった。
前述した通り、うちの学校は特進科なるものがある高校だ。つまるところの進学校。頭がいい者は、本当に頭がいい。
しかし逆に頭が悪い者は、本当に頭が悪い。特進科が次々と名大に受かるような優秀な生徒を輩出していく反面、そこから落とされた者の中には、それと真逆をいく者が多く存在していた。
勉学方面の成績は言わずもがな、休み時間中に食堂のプリンを廊下にぶちまけたり、窓ガラスをぶち割ったり、制服を着崩してみたり、なんかこう絵にも描いたような頭の悪いことを次々にやっていく者達が多くいた。
――そう、いわゆる不良。僕がこの世で嫌いなものの1つである。
「おいおい。お前今、俺ら見て、げっ、とか言わなかったかァ?」
「い、いや、そんな事は……」
「ちぃーっとその面貸せよ。なぁ?」
断る間もなく、僕は不良に首根っこを捕まれ、そのままズルズルと校舎裏まで引きずられていった。
哀れ、無力で非力な僕。
この口が空気も読まない素直でいい子だった為に、僕は今から死にゆきます。
来世は、何も喋らずに済む貝に生まれたいです。あぁでも、人間に捕まって食べられるのがオチな予感もするなぁ。はは。貝になっても惨めな終わり方しか想像できないとか、なんて悲しい性格か。
「ちょうど暇で暇で仕方なかったんだよな」「いい暇潰しにはなりそうだぜ」とありきたりなセリフを並べながら、不良達が僕を取り囲み、バキボキと拳を鳴らし始める。
その光景に僕が自分の死を覚悟した、
「騒々しいぞ、下衆ども」
――ときだった。
バキッと音が響いたかと思うと、僕の目の前にいた筈の不良が1人、地に伏していた。
「…………え?」
この時、僕は初めて不良達と心を通わせる事ができたと思う。
何が起こったのか。誰もがそれを理解するのに時間がかかった。ただ白目を剥き、大きく歪んだ頬に靴跡をつけて倒れた不良の姿に、誰もが唖然とした。
そんな僕らの様子に気づいているのかいないのか、再びその『声』は、言葉を続けた。
「耳障りだ、失せろ」
次の瞬間、その場にいた不良全員が僕の前から消滅した。
いや、消滅したって言い方は誤解があるか。正しくは地面にめり込んだ、だ。僕の前に立っていた不良達が、次々と目で追えぬ早さで、地面の上にバッタンバッタン、ドスドスと倒れ伏していったのである。
あとに残ったのは、それを呆然と見つめるだけの僕と、『声』の主――、浅野だけだった。
これはあとで知ったことだが、浅野はあの時、僕たちが居た近くにあった木の上で、読書をしていたらしい。校舎裏で読書、それも木の上でとか、ますますどこの漫画キャラだって感じだ。
僕は、今しがた自分が見たものが信じられなかった。
紳士的で王子様で、なんでもできるクラスの人気者――、そんな人物が不良を次々からなぎ倒していったなんて、ギャップの激しさにも限界がある。設定盛りすぎだろ。
というか今、こいつ、めっちゃ話し方、普段と違くなかった?
普段はもっと爽やかで健全的な喋り方をしていたような……。
「おい」と浅野が僕に声をかけてきた。ハッと我に返り、浅野を見返した瞬間、ガシッと浅野の手が僕の頭をわし掴みした。
「イッダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!」
割れるっ! 僕のひねくれ者で根暗でなんの可愛げもないけど、なかったらなかったで命の危機的に困る頭が割れるっ!
こいつ、本当に人間か⁉ 実力は人間のフリしたキン◯コ◯グか何かじゃねぇの⁉ と、頭の痛みに悶ていると、浅野がパッと唐突に僕の頭から手を離した。
ドサッ、と尻もちをつく。うぅ、と新たに下からやってきた痛みに、僕の口からうめき声がこぼれ出た。
そんな僕の頭上に、「今見た事を誰かに話したら殺す」と浅野の冷たい声が降ってきた。殺すって、お前それ、ロクな脅し文句も知らないガキの脅し方じゃん……、とツッコミそうになって、さすがにやめた。今、脳髄に走った痛み、そして僕の周りで死屍累々状態の不良達。それらの現状からして、こいつの場合、その脅し文句をリアルでできかねない、と思ったからだ。
恐る恐る、浅野を僕は見上げた。
すると、そんな僕に何を思ったのか、浅野はひょいっとその整った細い眉をあげ、何かを思案するように顎をさすり始めた。
そうして、そう間を空ける事もなく、「だがまぁ」と再びその口を開いてきた。
「誰にも言わないなら、俺が貴様を守ってやろう。優等生と仲が良いとならば、首位の奴等の目も変わってくるぞ。今回みたいに、あの荒くれ共からだって手を出される恐れもない。どうだ? いい取引だろう?」
いつもの王子様スマイルを浮かべて浅野はそう言った。
――瞬間、僕は悟った。
ここにいるのは王子なんかじゃない、魔王だ、と……。
******
そうしてこの次の日から、僕は浅野にこき使われる事となった。
すると、浅野の言う通り、これまで僕の事を腫物の様に扱っていたクラスメイト達は皆、その距離を縮めて来たし、不良達と目があっても絡まれる事はなくなった。
たかが優等生と仲良くなったぐらいで、この変わりよう。後者はさておき、前者に至っては驚き以外の何ものでもないだろう。
……まぁ、それも、浅野と仲良くなりたい生徒達が、僕に媚びを売っているらしいと気づくまでの話だけど。イケメン優等生、滅びろ、マジで。
「確かに。なんでもいい、とは言った。が、しかし、昨日と同じパンを買ってくるバカがどこにいる。普通は、ああ、昨日は焼きそばパンであられたのだから、ここは違うパンにしなければ、と思うものだろう。毎日毎日、同じパンを食べて嫌気のささない人間なんていると思うか」
「別に。僕は毎日同じでもいいけど」
「気を遣え、と言っているのだ、この愚人」
浅野が席に腰をおろしながら、やれやれと首を横に振った。
くっ、このわがまま魔王が……っ。
拳をぐっと握る。いや、耐えろ。耐えるんだ僕。そんなことをしたら、次こそ、教科書が脳天に降り注ぐどころじゃ済まないぞ。
チキショー、と心の中で再びハンカチーフを噛み締めた時、「あ、あの、」と気恥ずかしそうな声が、僕の耳に飛び込んできた。
「も、もしよかったらなんだけど……、これ食べる?」
顔をあげると、数人の女子がこちらにやってきていた。
僕らのやりとりを見ていたのだろう。「これ」という言葉と一緒に、サンドイッチが差し出されている。
しかも、コンビニ産の物ではない。可愛いらしい小さなバスケットに入れられた四角いそれは、どう見ても手作りの産物だ。
それが差し出されている。――浅野にだけ。
「ありがとう。でも、それは君達の物だろう? 女性のお昼を奪うだなんて、そんな事はできないよ」
にっこりと、浅野が女子達に笑い返した。
魔王の敬称がつく男とは思えない爽やかな笑みが、その顔を占める。
(げぇっ。出た、王子スマイル)
うぇっ、似非イケメンスマイルに反吐が出そう。
まだ食べてない筈の昼食が、口から出てきそうだ。
が、そんな僕とは反対に、「きゃーっ!」と女子達は手を取りあいながら黄色い声を上げている。
「そ、そうだよねっ。自分で食べないとだよねっ。ごめんねっ、おジャマしてっ」
「こっちこそ、好意を受け取れなくってごめん。でも、君達のその気持ちが嬉しいよ。ありがとう」
去って行く女子達に浅野が手を振る。すると再び、きゃあきゃあと女子が騒ぎ出す。ここはアイドルのライブ会場かなにかか。ここまでくると、嫉妬を通り越して呆れの2文字で感情が埋め尽くされる。
(あーあ、すっかり騙されちゃって……)
今し方の僕に向けての暴言だって彼女達の耳には入っている筈なのに、あの笑顔がそれを帳消しにする。これが俗に言う『イケメンなら許される』というやつだ。世の中絶対間違ってる。
……けど、僕が声を大にしてそれを叫んだとしても、誰も僕の言葉など信じないだろう。
浅野を前にした僕は、彼女達からすればただ置物だ。いや、存在を認識されるだけいい。下手をしたら、空気以下かもしれない。今だって息をする様に、彼女達の目に僕の存在は映っていなかった。
仕方ない。浅野と比べて僕はなんにも持たない人間だ。最近、下僕生活のおかげで少々足が速くなったけど、所詮『少々』レベル。なんでも出来る魔王様の前では虫けらレベルだ。そんなんで、僕如きが魔王様の言い分を覆せるわけもない。
それに、もしそんな機会があったら、とっくにやっている。
こんな下僕生活からおさらばしている。
「見たか、今の気配りを。あれが本来あるべき姿なのだ。全く関係のない者にそれが出来て、下僕であるお前が出来ないだなんて、恥ずかしくないのか。お前には、下僕としての誇りはないのか」
「ねぇよ! そんなもん!」
「……まあいい。今日のところはこれをで手を打ってやる」
フンッ、と鼻を鳴らしながら、浅野が焼きそばパンに手を伸ばす。
あれ、珍しい。お咎めなしだ。
ぽかんとしていたら、なにアホ面を晒している、と浅野が言葉を続けた。
「今日は機嫌がいいのだ。後に面白い事が起こる予定でな。故に今日ぐらいは、下僕の失態を免除してやろう」
「は?」
なんじゃそりゃ。首を傾げる。
パンッ、と浅野がパンの袋を綺麗に破りながらその口の端を持ち上げた。
「案ずるな。時期にお前にもわかる」
いや、別に知りたいわけじゃなんだいけど。
が、そんな僕の意見は、やはりどこからかあがった黄色い声にかき消され、結局その話はそれまでとなった。仕方なく僕も席に着き、自身の昼飯に手をつけ始めた。
――しかし、その約3時間後。
あの時なぜ、どうしてもっと浅野にその言葉の意味を追求しなかったのかと、僕は後悔する羽目になる。
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