4走目、山賊ヤンキー参上!
翌日、放課後。
(ついにこの時間が来てしまった……)
ゆううつな気分を引きずりながら、更衣室で体操服に着替えて校庭へ向かう。校庭にはすでにリレーに参加する生徒達で溢れていた。その中から自分のクラスの集まりを探し出してそこに混ざる。
僕に気付いたクラスメイトの1人が「あれ、芽呂栖もリレー選手なの」と意外そうな顔でこちらを見てきた。いや、本当にそれな、なんて馴れ馴れしい事は言えず、「でゅ、でゅへへへ、そ、そうみたいでやんすぅ」と、コミュ障キャラのテンプレのような気色の悪い返答でその場をごまかす。クラスメイト達の興味のきの字もなさそうな、ボケ殺しに特化した視線とつまらなそうな「ふぅん」という相槌が痛かった。
その後、数分もたたずやってきた体育教師の言葉により、リレーの練習が開始された。
準備運動もそこそこに、各クラスにリレーのバトンが配られる。が、順調に進んだのはそこまでだった。
「んじゃ、先生達は職員会議があるから、あとは各クラス自主練するように」
「練習時間が終わる頃には戻ってくるから」と言って、先生達がいなくなる。どうやら、リレーそのものの練習は生徒達の自主で行う形らしい。
途端だった。場の空気が一転したのは。
「はあ、やっと先生行ったわぁ」
「リレーの練習とか、かったりぃよ」
「適当に走って適当に終わらそうぜ」
「バトンの受け渡しぐらいだろ、重要なとこなんて」「前日やればいいって」――そう言って、クラスメイト達がバラけて散っていった。
「……え?」
あの、練習……、は?
予想外の光景にポカンとする僕の前で、同級生達が自由に過ごす。校庭端でのんびりくつろぐ者、友人らと雑談をする者、配られたバトンで遊ぶ者――、10代の若者だからこその自由かつ奔放かつ眩いかつ身勝手な青春を繰り広げる。
あぜんとした。
どうやら誰も練習する気はないらしい。が、それはうちのクラスに限っての事じゃなかった。周囲を見渡せば他にも数クラス、同様のクラスがいる。というか、練習を行っているクラスの方が少ない。
(……もしかして、毎年こんな様子なんだろうか)
誰も注意する者はいない。かと言って、僕にそんな事が出来るわけもない。その場に立ちつくし続けるしかない。
……いや、待て。これなら僕1人がサボったってバレないんじゃないか。
だって、皆サボってるんだ。そうだ。僕もサボって何が悪い。好きでここにいるわけじゃないんだ。これは抜け出すチャンスじゃないか!
そうと決まれば、さっそく―……、そう心の中でニヤつきながら、コソコソとその場を離れようとした時だった。
「「「「キャーーーーッ! 浅野くーーーーん‼‼」」」」
「ぎゃっ⁉」
鼓膜をぶち抜いていくような黄色い悲鳴に、反射的に耳を塞いだ。
なんだなんだ、何があった!? ――、驚いてそちらに目を向ける。
瞬間、目に飛び込んできたのは女子に囲まれた浅野の姿だった。
どうやら2Iは真面目に練習をしているらしい。まぁ、理系とはいえ、あそこは真面目な優等生達が集まった特進科だもんな。こんな時にサボる方がありえないか。
流れる汗をぬぐいながら、浅野がその息を整えている。どうやら浅野が走るターンが終わったばかりのようだ。
「応援、ありがとう」
にっこり、と浅野が笑った。未だその笑みの上を流れる汗が、キラキラと日を受けて輝く。汚いものの筈のそれは美しい光の粒のように見え、その笑みの神々しさが増す。
「「「「キャ―――‼‼」」」」
う、うるせぇっ! ここはアイドルのライブかi(一度したツッコミなので、以下略)
あっちは駄目だ、抜けるなら2Iがいるところと反対の方から抜けよう――、そう心に決めたその時、ふいに浅野と目が合った。
瞬間、フッと一瞬、その笑みの影に魔王が現れた。
――羨ましいか? 下僕如きには一生出来んだろうな。
そう語ったのが、ありありとわかった。
(あ、あんにゃろう~~~~~~っ!)
ぼ、僕だって、やろうと思えば出来るしっ! 僕だって人気があるんだぞっ! 鷹田さんとか、腐った一部の方々にだけど!
「くそぅ……」
どうして、アイツばかり贔屓されるんだ。
何かひとつつぐらい、僕が勝てる要素があってもいいじゃないか。
せめてもっと足が速ければ。このリレーでアイツをギャフンと言わせられたかもしれない。それとも練習すればもっと速くなれただろうか。でもクラスはあんなんだ。練習なんて出来るわけない。
結局、足は足でも逃げ足が早くなる。
どうせ自分には出来ないとわかっている諦めの心だけが強くなる。
浅野の姿を見ていたくなくって、踵を返した。
その時。
ドンッ!
「ぶへっ!」
「うおっ」
何かにぶつかった。いや、つまずいた? 蹴っ飛ばした?
顔が地面に衝突した。細かな砂粒がジャリッと僕の肌を削る。い、痛い……。なんで走ってもないのに転ばなきゃいけないんだ。
「おい……っ」
誰かが声をかけてきた。や、やばい、もしや今蹴ったの、人だったのか?
すみませんっ、と慌てて顔をあげ――、硬直。
「てめぇ、どこ見て歩いてやがる……」
そこに居たのは1人の男子生徒だった。
が、特筆すべきところはそこじゃない。本当に特筆すべきところは彼の外見だ。
前に伸び固められた、いわゆるリーゼントと呼ばれる髪型。
獲物を狩る肉食動物の如く鋭い目。
骨の突き出した角ばった輪郭。
これは――……。
(ふ、不良だぁぁぁあああ!!!!)
「ひゅ、ひゅみまへ……」
ガクガクと体が震え出す。それが相手の不評を買ったのか、チッと舌打ちが飛んでくる。「ひぃっ!」と反射的に、僕の口からも悲鳴があがる。
あぁ、どうしてこんなことに。
サボろうとしたせい? でも他の奴等だってサボってるじゃないか。
なんで僕ばかり、いつもこんな目に合うんだ……っ!
視界の端で浅野がこちらを見ていた。笑みが顔から消えている。見てるぐらいなら助けてくれ! と思わず心の中で叫ぶ。
――時、だった。
「おら」
「え……」
手が差し出された。
誰に? もちろん目の前のお不良様から。
意味が理解できず困惑する。と、そんな僕に腹が立ったらしい。不良くんが途端声を荒げた。
「さっさと立てつってんだよっ、ボケがッ‼」
「す、すんませんでしたぁぁああっ」
慌てて手を掴めば、ひょいっと立ち上がらせられた。
うわぁ、不良とは言え、同じ年代の男に簡単に持ち上げられる僕の体って一体……。
「あ? お前、浅野ンとこのパシリじゃねぇか」
え、今、浅野って言ったか、この人。
不良があ然とする僕を見下ろしてくる。立っても彼との身長差はそこそこあった。
「浅野の、知り合いですか」
「はあ⁉ 誰があんなクソ野郎の友人だっ!」
「うひぃ!! 友人だなんて言ってませんんんん!!!! でもごめんなさぁあああああいっ!!!!!」
僕みたいな地べたを這いつくばってるのがお似合いな平民が、お不良様に質問をするなんて、恐れ多い事をしてしまい大変申し訳ございませんんんんんん!!!!
反射的にドシャーッ! と地べたの上に舞い戻り土下座をする。
あぁもう、なにしてんだよ、僕。なんで話かけちゃったんだよ――、後悔しても後の祭りだ。
が、そんな僕の後悔に気づいているのかいないのか。
不良くんは「チッ」と再び舌打ちをすると、少しの間を開けた後「俺らの間でアイツのこと知らねぇ奴なんかいねぇよ」と口を開いた。
「なんてったって、あの『狼先輩』をぶっ潰した奴だからな」
「『狼先輩』って、あの伝説の不良の……?」
聞いた事がある名前に、顔をあげる。
『狼先輩』――正しくは、大神先輩。
校内に蔓延る不良共を牛耳っている先輩だ。ここ最近は噂の数は減ったが、以前はどこぞの学校の奴等と喧嘩をした、病院送りにした、など様々な噂が毎日校内中を飛び交っていた程、血の気の多い先輩である。
「んの噂が減った原因が浅野だ」
「え」
「去年の話だ。粋がった1年がいるってことで、狼先輩達がアイツを懲らしめに行ったんだよ。が、逆にやり返されちまったわけ」
しかも、派手にやられたわりには、まるで手加減でもされたかのように大きな怪我はひとつもなし。
面目丸潰れにされた狼先輩は、以来、あまり暴れる事をしなくなってしまった、というわけらしい。
……常々思ってたけど、アイツやっぱり人間じゃねぇよ。不良の頂点までのしていたとか、なんなんだ本当。
「つっても、完璧になくなったわけじゃねぇけどよ。でも、あの狼野郎を黙らせた『優等生』ってことで、俺らン間じゃ、有名なんだよ」
「はあ、なるほど」
不良くんの説明に納得し、頷き返す。
にしてもこの人、なんか話してみると案外普通の人だな。言葉は乱暴だけど、見た目ほどワルって感じじゃない。
よく見ると、不良くんは体操服を着ている。襟の色からして同じ学年の生徒だ。と言うことは、彼もリレーの練習に来ている生徒という事か。
不良がリレーの選手。しかも真面目に練習に来ている……。
「ねぇ、あれ……」
「うわっ、さんぞくじゃん」
「カワイソー」「どこクラ?」とヒソヒソ話が聞えて来た。声がした方を見ると、何人かのサボり中の生徒達がこちらを見て話している。
さんぞく……、山賊?
それが彼の名前なのか?
「……チッ。もう用がねぇなら、消えろや」
山賊くん? がシッシッと手を振りながらその場でうんこ座りをする。なんて古典的な不良なんだ。
ふと彼が見ている方を見れば、僕らのクラス同様にサボっているクラスがいた。どうやら彼のクラスのようだ。山賊君がイライラとした様子で「練習しねぇのかよ」と呟いたのが聞えた。
「練習、したいの?」
気が付けば、そんな言葉が口から飛び出していた。
「あぁ?」と山賊くんが僕の方を向く。
「なんでまだいんだ、てめぇ」
「僕も、練習したいんだ」
「はあ?」と山賊くんが顔をしかめる。が、気にせず、僕はその手をガシッと握り取った。
「おいっ?」と慌てた声がする。けど、無理やり振り払う様な動作はない。その優しさに漬け込む様に、僕は彼の手をぎゅっと握る。
頭の中に、先程の浅野の姿が思い浮かぶ。どうせお前如きには出来ない、そう告げて来た、あの笑みが――……。
(僕だって、やろうと思えば出来るんだ)
――いつまでもお前に負かされてばかりの下僕野郎と思ったら、大間違いなんだからな……!
「付き合ってくださいっ!」
(僕のリレーの練習にっ!)
「はあ⁉」と山賊くんが声を上げた。「付き合、は、あ!? なぁっ!?」と混乱した彼の声が僕の耳に飛び込んでくる。
よっしゃ! 言ってやったぞ!
見たか浅野っ! 僕だってこれくらいの事、やろうと思えば出来るんだぞっ。
……ん? なんか周囲がザワつき始めてないか?
首を傾げる。これだから下僕は……、と言うように、浅野が首を横に振ったのが見えた。
え。僕、何かした?
あっ気にとられた僕が、自分の失態に気づくのは数秒後、「お、俺にはそんな趣味はねぇぇぇぇえええええ!」と山賊君が叫んだ時だった。
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