高校時代:受容
諱戸とはあれから話さなかった。彼から話しかけられることはあっても、俺は無視した。随分と多いLINEの通知もきたが未読無視した。最後に来たメッセージには、『月曜日の放課後、どうか忘れないで』とだけあった。
月曜日の朝、また福田と会ってしまった。福田はいつものちゃらけた笑みではなく、少し真剣そうな表情をしていた。
「……よう。」
「おはよう。」
「なあ、東。お前に突拍子も無いこときいてもいい?」
「まずお前の口から突拍子も無いという言葉が出てきたことが驚きだけど、なに?」
福田は眉を寄せ、俺に囁く。
「お前、今日死ぬの?」
「は?」
「……なんか、お前と会うのが最後な気がして。ごめんな、勘。俺さ、勘だけはよく当たるんだよな……。」
「……はあ、なるほど。登下校中のトラックには気をつけることにするよ。」
冗談のつもりだったが、福田は真剣な面持ちで頷いた。正直気味が悪い。どうしたんだこいつ。
「近所のばーちゃんとか、俺のオバサンとかさ。全員、俺の予感が当たって死んでるんだ。おかしい話かもだけど、信じて。本当に気をつけて。」
教室に入るまでは、そうして俺にぴったりくっついていた。もしかしたら本気なのかもしれない。少しだけいつもより警戒心を持って過ごしていたが、放課後までは何も起こらなかった。
放課後、帰ろうとした時に諱戸がドアを塞いだ。
「今日は、帰らないでね。大切なオハナシがあるって言っただろ?」
「……言葉を交わすのは久しぶりだね。こっちから断っておいて辛かったよ。」
諱戸とじわじわ距離を取る。教卓に寄りかかり、俺はそこで一旦落ち着いた。対する諱戸は開いていた教室の前のドアを閉める。これで、この教室は密室になった。
「ね、今度は僕の話をさせてよ。」
「俺の話は聞いてもらったもんね。いいよ?」
「僕の好きな人はね、僕じゃ絶対に届かなかった。だから僕は、魔法使いに願ったんだ。魔法使いの行動原理って知ってる?彼ね、『かわいそう』って思った人を助けるんだって。僕はかわいそうな人だったんだ。」
「……へえ。」
「その人に僕は一目惚れしてた。だから、中学校も卒業した春休み中にね、魔法使いを探し出して願ったんだ。魔法使いは快諾してくれた。」
「なんて願ったんだ?」
「それはもう少し後にね。……で、1回目は女の子にしてもらった。ね、気づいてた?僕が女の子だって。」
諱戸は学ランのボタンを外す。ワイシャツからは、確かに女性特有のふくらみが見えた。諱戸は少し恥ずかしそうに学ランのボタンをまた閉める。
「なんだか心がざわついていたよ。男から女になるって、難しかった。高校一年生の間は、慣れることに時間を費やしたんだ。魔法使いは、この世界を元から僕が女の子だった世界に変えてくれた。僕にとってラッキーだったのはこの高校が制服について何も言わない学校だったことかな。諱戸類という女の子として、学ランを着て登校できた。それで、僕は更に願った。彼と同じ目が欲しいって。」
「同じ目?」
諱戸が幸せそうに頬を染める。可愛いなと思う自分の思考は頭から消し飛ばした。
「うん。僕は彼をずっと観察してたから、彼が何か違うものを見ていることは察した。だから、彼と同じものが見たくて……。でも、それは失敗。かわいそうなことに発狂してしまった僕に、魔法使いは三度目の世界を与えてくれた。それがこの世界。」
諱戸ははしゃいでいた。頬が紅潮し、瞳は涙が出ない程度に潤んでいる。息を整えると、また諱戸は喋り出した。
「さっき聞いたよね。僕が何を願ったかって。簡単な話なんだ。僕があの本をタイトル買いしてないってだけの話だよ。」
「あの本……って、まさか。」
「うふふ、僕のお願いはね、『東くんを僕とひとつにしたい』だよ。やり方はなんでもいいんだ、それこそ、食べるってことでも。僕は君にそういう恋をしてしまったんだよ。」
健気に真面目に生きていた、諱戸。君はそんな異常者だったんだ。俺はそんな諱戸の内面も知らずに好いていたんだ。
「はは。」
乾いた笑いが漏れてしまう。何故かって、それは決まっている。
そんな諱戸も、愛しいと思う自分を嗤っているんだ。
「諱戸。」
「なあに?」
「君が俺を好いてくれてるのは、本当?」
「当たり前だよ。」
「困ったな、俺も諱戸のことが好きなのは変わらないらしいんだ。」
「本当?」
「ああ、本当だ。」
「あは、嬉しい。嬉しいなあ、まさか、まさか東くんが。あはは。」
「やあ、素晴らしい愛情だ。」
ぱち、ぱちと一人分の拍手が鳴り響く。その不快感に音の出処を睨むと、そこには魔法使いが立っていた。
奴はいつの間にか教室の中心に立っていた。
「狂っているようで、純粋で、大いに狂っている。かわいそうな2人に、祝福の拍手をあげる。」
「なんでここにいるんだよ!お前が入ってくる所じゃ無いだろう!」
奴はそのくりくりとした愛らしい瞳を丸くする。その目はゆっくりと三日月の形をとった。
「僕がいなきゃ、諱戸さんの願いは叶わないのさ。君は2人のヒトを一人にできる?できないだろう?かわいそうな人のために、僕は動くんだもの。」
何も言い返せず、俺は奴を睨むことに留める。奴は満足したように完璧な笑みを作った。
「さて、おふたり。愛情は通じた、通じ合ってしまった。だから、これから先の願いを話そう。諱戸さんの願いである、東くんと自分をひとつにしたいってやつだけど、東くんはそれに同意できる?」
「……それが、諱戸の愛情なら。俺はどうせ生きる気力も無かった。好きにしてもらっていい。」
「だ、そうだ。諱戸さん?」
「……そんな東くんだったら、記憶やからだは僕ベースじゃなくていい。」
諱戸は少し怒っているようだった。でも、俺にはその理由が分からない。
「どうした諱戸。なんで怒ってる?」
「だって……。そんなの、悲しい。東くんには、楽しい人生を生きてもらいたいんだ。僕と未来永劫一緒になって、さ。」
「諱戸……。」
「さあさ、決めて?魔法使いはせっかちなんだ。」
「魔法使い、俺に諱戸をくっつけるのであれば、俺は俺として自我が残るんだな?」
奴は綺麗な笑顔を崩さない。
「ああ、そうさ。」
「なら、俺に諱戸をくっつけてひとつにしてくれ。諱戸、それでいい?」
「うん、東くんが、僕を受け入れてくれる……!」
諱戸がはらはらと涙を流す。その顔は隠しきれない興奮で笑顔とも泣き顔とも似つかない、よく分からないことになっていた。
「じゃあ、ふたりともこの世にサヨナラして。僕が指ぱっちんしたら、もうふたりはひとつになっていて、東くんは普通の生活……いや、諱戸くんとの死ぬまでの共同生活を始めるんだ。このことはね、東くん。僕と君しか知らないんだよ。」
言い回しは気に入らないことこの上ないが、諱戸が果たしてどうなるのかは俺も分からない。俺は、諱戸の両手を握った。
「諱戸、お前と出会えて良かったよ。」
「……うん、僕も。ずっと、一緒にいようね……。」
奴は右手を高く掲げる。その指から、ぱちんと軽快な音が鳴った。
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