高校時代:安寧と歪む愛

「なーなー東ちゃん、どこ探しても魔法使いがいない。」

背中にどすんと重みがかかる。5月末の暑さに加え、人の体の熱に触れると汗が吹き出てしまう。煩わしい。

「知らん。東ちゃんって呼ぶな。」

「やだー!お願い叶えてくれなくてもいいから魔法使いに会いたい!」

後ろで諱戸が萎縮しているのが分かる。こういうタイプの騒がしいのが一番苦手なはずだ。はやく追っ払って諱戸と話がしたいのに、こいつときたら俺の机に寝そべって駄々っ子のようにぐねぐねと動いている。とにかく気持ち悪い。

「……よし、もう一度だけ言うから、そのピアス穴でスカスカの耳かっぽじってよく聞け。まず今のその駄々っ子未満の気持ち悪い動きは何だ。」

「だって、東ならなんか知ってそうだから。」

「知らない。それに、そんなことしてたら女子に嫌われるぞ。」

「ひえっ、怖いこと言わないでよ。」

福田は大袈裟に身震いする。しかし、その顔は笑っていない。ようやく自分がしていたことがけっこう気持ち悪いことだと理解したようだ。

「あはは、東、じゃあまた放課後ね…。」

やってしまったことは戻らない。クラスの何人かに冷ややかな視線で見られつつ、福田は自分の席に向かった。

「……はは、福田くんってなんか、なんとも形容しがたい性格だ。」

後ろから独り言のように呟く声が聞こえた。諱戸の声だ。

「ごめんな、うるさくしちゃって。」

「ん?いいよ。ああいう人もまた、同じ人間なんだ。」

「はあー、なんというか、諱戸って本当に達観してるな。」

「そうかな。人より本を読むから……かも?」

照れたように笑うと、諱戸は手元の本をいじる。読まれることも無く開かれるページがぱらぱらと音を立てた。

「それ、何の本?」

「これ?うーん、そうだなあ……。」

苦笑すると、諱戸は少し考え込む。返答に困る、といった感じだ。

「これね、ちょっと猟奇的な話なんだ。タイトルはそんなこと無かったし、帯も無かったから騙されちゃった。」

「へー。猟奇的って、どんな?」

「そうだなあ。文学的にDVを正当化して書いていたりとか、コズミックホラーとか、殺人とか食人症とかやりたい放題。」

「うわ。それでどんな題名だったんだ?」

「『ボクの人生を整理する』だよ。タイトル買いなんて初めての経験だった。面白いし、暇つぶしには最適な本かな。」

確かにそのタイトルは詐欺だろう。でも、メンタルにきている様子もない諱戸を見て安心した。本の虫とも言える程色々な本を読む諱戸からしたら、この本は読み応えがある、くらいにしか思えないのだろうか。あいにく俺は本を読むことが無いので、その気持ちは理解できなかった。

「そんなに気になるなら、読んでみる?」

手元の本を差し出される。猟奇的な話と聞いて、俺は少し興味が出ていた。興味は湧くものの、俺がそういうジャンルを読むんだと思われていると思うと、少しへこむ。

「遠慮しとくよ。俺、コズミックホラーとか興味無いんだ。」

「なんだ、意外と面白かったのに。」

あっさりと諱戸は引き下がる。俺も本は読まないしコズミックホラーに興味が無いのは本当だ。だから、引き下がってくれてほっとした。

でも、ここで話を終わらせたくなかった。諱戸の朗らかな声をもっときいていたい。焦りが声となって自分の口から漏れた。

「あのさ、諱戸。」

「ん?」

「もし良かったら、いつかほかの軽めな小説を推薦してくれよ。俺、教科書は普通に読めるから文字嫌いなわけじゃないんだ。」

諱戸という友人相手に、何を必死になっているのだろう。自分で言葉をこぼしておいて自分の行動を疑問に思った。いつでも話はできるのに。

しかし、諱戸は気にもとめず首肯する。

「じゃあ、ハリーポッターでも持ってこようか。あれは5歳でも読める話だからね。」

「あはは、そういうので頼むよ。」

そう言うと、俺は前に向き直った。心臓がばくばくと音を立てている。

これは、この気持ちは体験したことがある。

妹に向けていたはずの感情が、今はもう諱戸に向けているような気がした。

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