高校時代:「それ」はボクらを見つめていた

外は段々と暗くなってきていた。グラウンドに面したこの教室の外からは、運動部の練習が見える。

ぼやけた頭で、自分が今教室で何をしていたのかを思い出そうとした。

「……。」

ぼんやり座っていたのかもしれない。眠っていたのかもしれない。でも、今さっきしていたことが思い出せなかった。とうとう頭がおかしくなったかと自嘲するが、そういう気力も無くて笑い切れず引きつった頬が痛んだ。時計を見ると、帰りのホームルームからもう2時間経っていることが分かった。

幸い、帰りの支度は済ませてある。自分が帰る気力すら失わないように、のろのろと廊下を歩いた。校舎を抜け、緑色の防砂ネットと校舎の間の道を通って裏門から出ようとした時、不意に視線を感じた。ひゅ、と喉に冷たい空気が通る。

(裏門は、やめた方がいいか……?)

俺には、見えているものがある。普通の人には見えない、得体の知れない何かが見えるのだ。

「それ」が、裏門の近くに居る。この冷気や視線の主は、どこからか俺を見ている。ここ半年あたりは遭遇することが無く忘れそうになっていた。

しかも、日がちょうど無くなりそうなこの頃合いは、それらが力を増す。こちら側へ干渉できるようになるものもいる。とにかく、こちらから帰るのは危険だ。

「どうしたんだい、冷や汗かいて固まって。」

ぎゅっと心臓が縮み、急に鼓動が速くなる。この声は知っている。このどこまでも無垢な声を俺は知っている。

「お前に、関係ないだろ。」

「うーん、関係あると思うよ。とにかく、こっちは危険だなんて僕でも分かる。正門から帰ろう?」

振り向くと、奴は微笑む。その顔を適当な女に向ければ、きっとちやほやされることだろう。

子どものように純粋な心配の感情が、奴から感じ取れた。

「お前と二度と会わないことを祈るよ。俺は帰る。」

「えっ、待ってよ!僕は東くんと一緒に帰りたい、ダメかな?」

慌てた様子で奴は俺の袖を引っ張った。その瞬間、感じていた寒気が膨れ上がる。日が落ちたせいでもない。これは、この這い上がるような嫌悪感はこいつのせいだ。

「俺、お前のことよく知らないし。知る気も無いから。」

「あっ…!」

掴まれた袖を振り払う。その衝撃で奴は倒れた。普段なら福田にもこんな扱いはしないのに、何かおかしい。心が平静に整わず、むしろ尻もちをついた奴を見て、暗い高揚感が渦巻いた。

「酷いなあ、東くん…。」

「そう思うなら、もう俺に話しかけるな。俺はお前と仲良くする気は無い。このファンタジー脳野郎が。」

「僕、本当に魔法が使えるよ?」

「は、言ってろ。」

沸騰する湯のように苛立ちが沸き立つ。腹立つわー、くらいでは収まらない程の憤りだ。しかし、このままここで奴に好き勝手言うのも良くない。

急速に冷えてきた頭がいつも通り動き出す。

「ばいばい。」

小さく声をかけられたが、俺は未だ地べたに座る奴の横を何も言わずに通り過ぎた。

ちらりと盗み見た奴の顔は、貼り付けたような微笑みだった。

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