高校時代:穏健

「なあ東!魔法使いって誰なんだろーな!」

新クラスの貼り紙を撮ってから、福田はずいぶんとご機嫌だ。彼の掴んだ情報によると、この町に住む魔法使いが男子高校生でうちの高校にいて新クラスのクラスメイトになるらしい。本当かどうかは知らないが。それよりも、馴れ馴れしく組んできた肩のほうが気持ち悪くて嫌だった。

「知らん、暑苦しい、離れろ福田。」

「とか言っちゃってカーディガン着てるってことはまだまだ寒いんでしょ?オレがあたためてあ・げ・る。」

「語尾にハートマークをつけるなキモい。ほら教室着いたから離れろ。」

組んでいた肩を引き離すと、福田は大げさによろめいた。

「ひどい、東ちゃんのDV男!」

「待てよ新クラスで妙な誤解を広めるな!ったく…。」

高校からの腐れ縁グループのメンツがだいたい揃っていたからって、この浮かれようは無いだろう。冷めた心もちで教室に入ると、既に男女様々なグループができていた。俺は腐れ縁グループではなく、廊下側の静かに本を読んでいる人に近づく。

「よ、諱戸。2年前期の環境委員会以来か?」

「ああ、東くんか。同じクラスで嬉しいよ、よろしく。」

言葉も少なく、互いに握手を交わす。同じ花壇の整理をしてから、廊下ですれ違う時でも何となく挨拶を交わしていた。同じ空気感を持つ彼とは、ゆっくり距離を縮めていく関係がいいだろう。高校に入ってから人とあまり親しくしなかったので、彼とは友好的な関係を築きたい。

「おっ、東の友達か?俺は峰尾啓だ。ラグビー部だから身体はでかいが、人を見かけで判断しないでくれ。本当は小心者なんだ。」

よろしくな、と言い峰尾は笑った。諱戸は少し緊張しているようだが、茶目っ気のある峰尾の話し方に強張りを解いたみたいだ。

「はは、小心者とか嘘だろう?僕は諱戸類だ。あまり得意なことは無いけど、趣味は読書。こちらこそよろしく。」

「へえ、本読めるのか。俺なんか活字はダメダメだ。すごいな。」

「本の世界を理解できたらハマるのは速いよ。空想しやすいなら絵本からでも、漫画からでもいいんだ。」

「そうか、俺も漫画なら読めるぞ。」

「僕も読むよ。どんなジャンルが好き?」

たいして漫画も本も読まない俺からしたら分からない話になってきた。諱戸のような人と話すことが苦手な相手でも、峰尾の屈託のない笑みには心を開くようだ。

福田の方に行く用事も無いし、自分の机に座ってぼーっと板の目を数えていると、俺の前に人が立った。こちらを向いているので恐らく自分に用があるのだろう。顔を上げると、小柄な男が柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。

「やあ、はじめまして。」

その微笑みを崩さず、話しかけられる。聞き取りやすい声だ。福田のようにきんきんと頭に響くことも無い。しかし、俺の本能的な部分が警鐘を鳴らしているような気がした。とりあえず身構えて、挨拶を返す。

「はじめまして…。」

「東くんだっけ。会えて嬉しいよ。」

「…お前、誰?」

率直な疑問だった。俺は目の前の男を知らない。というか、こいつが男かも分からない。

うちの高校は共学で、制服は男子のものでも女子のものでも性別に関わらず自由に着ていいことになっている。それに加えて女と見紛う程の細さと小ささだ。もしかすると、「そういう」奴なのかもしれない。

「僕はね、魔法使いだよ。1回会ったことあるんだけど、覚えてるかな。」

「あー…本気?頭イカれてない?俺、お前みたいな特徴的な奴だったら覚えられると思うけど……。」

「うん、僕が魔法使いっていうのは本当。なんなら、君の望みを叶えられるよ。」

もしかすると、他の人だったら何かを願うのかもしれない。けれど、俺は背筋に言いようのない冷たさを感じた。それに、1回会ったなんて信じられない。記憶を探ろうとしても、吐き気がしそうなくらいの頭痛に襲われる。

というか、最初の挨拶は「初めまして」じゃなかったか。会ったことあるなら「久しぶり、覚えてる?」でいいだろう。それに気づいた時、俺は急に不安になった。目の前の奴は、何を考えていて何を知っているんだ。

「生憎、間に合ってる。俺は現状に満足しているから。福田の所にでも行ってやってくれよ。」

「それは嘘だね。」

柔らかい笑みが鋭い眼光へ変化する。

「東くんは、僕に叶えてもらいたい、僕にしか叶えられない望みがある。」

その瞳の奥に隠れている感情は理解できなかったが、奴に何か恐ろしいものが渦巻いていることは察した。言葉を失っていると、ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴った。

「残念、時間だ。ホームルームだし、席につかなきゃね。」

奴は微笑みを取り戻す。その柔らかな微笑みはいっそ機械的なほど美しい。憎たらしいのに、何故か目を離せなくなる。それが恐ろしくて、俺は目をそらした。

「…はやく失せろ。」

「警戒してるの?ごめんね。もし望みを叶える決心がついたら僕の所へ来て。いつでも待ってるから。」

そう言って奴が去るまで、俺は何もできなかった。勝手に俺の望みを理解していた驚きと怒りが体の中をぐるぐると渦巻く。

「そんな日が来ないことを願うね。」

精いっぱいの侮蔑を込めて、俺は低く呟いた。

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