高校時代:序

この歌片町には、公立高校がひとつしかない。別段大きい町でも無かったからなのか、それは分からない。俺は近いという理由でその高校に入った。小さい頃から世渡り上手な自覚はあったので、まあまあ上手く友達付き合いもできていた。特に学年・学級を超えて広く顔の知れている峰尾と仲良くなれたのが大きかった。それなりに楽しい環境に入ることが出来たし、気楽な高校生活だった。

明日から3年生になる、という日の夜、LINEのグループからちょっとした噂をきいた。

「この学校には願いを叶えてくれる魔法使いがいる」

らしい。なんの冗談かとは思ったが、親しいグループのうちの1人に話を詳しくきけた。

この学校にも既に願いを叶えてもらった人がいる。今の風紀委員長だとか、学校一のイケメンを手に入れた女子だとか。噂は歌片町では有名な話で、ただ俺が知らなかっただけらしい。

「ホントかなあ…。」

呟いて、未だに議論が続くLINEを閉じる。うつぶせのままベッドに沈み、枕で苦しくなってから顔を横にした。視線の先には窓がある。もう何ヶ月隣の部屋に行ってないのだろう。さらりと前髪が視界に落ちてくる。ずいぶん長くなってしまったそれをいじりながら、俺はゆっくりと目を閉じた。




次の日は快晴だった。春も半分を過ぎて、カーディガン登校をするには少し日差しが強いと思うくらいだ。それでも風は冷たくて、結局カーディガンは着ている。

そんなことよりも、俺は昨日のLINEが気になっていた。なんでも願いを叶えてくれるなんて本当だろうか。それにゲーム等では代償みたいなものがつきものだが、そんなことはあるのだろうか。あと、魔法使いっていったい誰なのか。

「いってきます。」

両親は共働きで早朝から家を出ている。誰に声をかけたわけでもないが、幼い頃からの習慣は自分に根付いていた。

しばらく歩いていると、通学路も半分を過ぎたところで仲良くしているグループの1人に出会った。

「よお東。昨日は途中から未読だったな。寝た?」

「うん、俺寝るの早いから。いつもごめんね。」

「いやあ、いいよ。だってあれだろ、抗える眠気なんてないだろ。」

「はは、確かに。」

こいつ名前なんだっけ。半年は同じグループに居るのに忘れてしまった。まあ思い出せなくてもなんとかなるか。

「そういえばさ、昨日のやつの新着情報きいた?」

「新着情報?」

そいつはニヤリと笑う。軽薄そうだ、これでは今まで育ててきた両親も報われない。明らかに染めたであろう明るい茶髪に、舌にくっついた2つのピアス。なんで俺はこんなのと同じグループに入れているのだろう。

「なんと、オレたちの新クラスに魔法使いがいるらしい!」

「…へえ。ていうか、もうクラス知ってるんだ。」

「えー!反応うっすい!それに東ちゃんちょっとオレに当たり強くない?」

「当たり強くされたくないなら、ちゃん付けすんなし。あんまり興味無いからね。」

これは嘘だ。俺は魔法使いとやらでも俺の願いを叶えられるのか興味がある。今まで誰にも悟られたことのない、暗く卑しい俺の願いを。

「へえ。オレはてっきり彼女欲しいヨとか願うのかと思ってた。」

「んなわけあるか。逆にゾワっとした。」

「えーじゃあ東はどんな女がタイプ??こんどオトナの合コン混じっちゃおう…ぜ…?」

ナリヤン男(仮)の言葉が止まる。組まれた肩をそっと外して前を見ると、学校前にパトカーが止まっていた。

「なんだ…なんか起きたのか?」

「事件起きてんの?学校で?やべえテンション上がってきたわ。」

ちらと盗み見ると、隣の男の目は興奮の色に染まっていた。そういえば、昨日のLINEの発端もこいつだったかもしれない。スマホを胸ポケットから取り出すと、パトカーと学校が写るように何枚か写真を撮っている。パトカーのナンバーと県名は写らない徹底ぶりだ。こういうゴシップ系はTwitter行きだろう。生憎俺は興味が湧かない。

「とりあえず、教室行こう。」

撮影意欲が高ぶっている男を引きずり、校舎へ入る。未だ興奮冷めやらぬといった表情の男は、リツイートがもう30いったと喜んでいた。下駄箱でさっさと上履きに履き替えると、新クラスが貼り出されている廊下の掲示板を見た。

「東はア行だから1番上らへんで探しやすいなあ。オレなんか福田だよ、微妙すぎる。」

「ああそうだ。お前福田だったな。休みで全然会ってないから忘れてた。」

「ひっど。」

福田はどうせ冗談だろうと笑っている。ごめんな福田、今の今まで忘れてたよ。

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