3 小悪魔きたりて……絶賛営業中


 退屈ではない。

 だからといってこの満ち足りた現状に満足しているわけでもない。

「多すぎだろ……」 

 ケイタロウは机の上に置かれたノートの山を見つめ、大きくため息をついた。全て1年生の、会った事も見たこともない連中のものだ。

 一瞬、これらを燃やしてしまおうかという考えが脳裏をよぎった。だが、そんなことをすればミヤノが何をしでかすか分からない。今はただ、授業の合間を見て、ノートの空欄を埋めていく作業に徹するしかない。それだけならまだいいが、持ち主の筆跡を真似るのに骨が折れる。


 なぜこんなことになったのか? 話は数時間前に戻る。


 休憩時間。見覚えのある顔が、ケイタロウを訪ねた。一年生のクルリだ。

 クルリは、休み時間の喧騒に紛れて教室に入ると、きょろきょろと辺りを見回しながら、ヨシツネと談笑するケイタロウの姿を見つけ、小走りに近づいた。

「あの……」

「んぁ?」 

 拍子抜けた声を出しながら、ケイタロウは顔を上げた。割って入られた形になったヨシツネは後ろに下がり、『女子がこいつに用事とは?』と、まるで珍獣を見るような目でケイタロウを見ていた。

「ビラ、昨日のうちに全部配りました。それで……」

 クルリは手にしてノートの山をトン、と机に置いた。

「これは……」

「ビラの説明をしたら、みんな午後の授業までにこれをやってほしいって……ちょっと多すぎますか?」

「多いも何も。これを、まさか、俺が……?」

 こくん、とクルリはうなずき、顔を上げた。

「何でもやってくれる便利屋みたいだと言ったんですけど、間違ってないですよね?」

「便利……屋ぁ?」

 屈託のない笑顔だ。否定する余地がない。大き目のメガネのレンズの中で、その名の通り黒い瞳がくるくると回り、ケイタロウを見ている。

「いや、多いも少ないも、要はこれ……宿題の代筆じゃないのか?」

 そうそう、とばかりにクルリがコクコクとうなずく。その様子はまったく悪びれることもなく、まるで良い事をして親からお褒めの言葉を待つ子供のように見える。

 だがしかし、宿題を他人に任せるなんてとんでもない。単に楽をしたいだけだろうし、バレると大ごとだ。ケイタロウは、迷うまもなく、ノートの束をつかみ、クルリに押し返そうとした。

「悪いけど、そういうことじゃないんだ。こんなもん自分で……」

「待って、引き受けるわ」

 声に続き、シュッと風を切ってピンクの物体が、二人の間に割って入ってきた。いつ戻ってきたのかミヤノが二人を見ており、その手にはピンクの棒を持っている。

「鰐淵先輩!」

 憧れの先輩の登場に、瞳を、レンズをきらきら輝かせ、クルリの声が1オクターブ上がった。 

「なんだか固っ苦しいわね、『ミヤノ』でいいわよ、1年生の……」

「クルクルリさんだ」

「厳密には来栖クルリです。よろしくお願いします!」

 ぺこぺこと、折れ曲がるのでは? と思うほどにクルリが何度も頭を下げる。

「こちらこそよろしく。ジイ、初めてのお客さんを無下に扱っちゃダメじゃない」

「だってそんな……宿題の代筆だぜ? 『七つの大罪』と関係ないじゃないか」

「分かってないなあ。そんなすぐに『七つの大罪』にぶち当たると思ってんの?」

「しかしだな……」

「しかしもカカシもでんぐり返しもないでしょ。その依頼がよほど非合法でない限り受ける、完遂する! それがモットーよ、今決めたけど」 

 口角を少し上げ、ミヤノが、ひゅッと棒を振った。

「いやいや、代筆だって学校内じゃあリッパな非合法行動だろ? それと、その危なっかしい棒はなんだよ?」

 そろそろと棒の先をつまみ、ケイタロウはそれをひょいひょいと軽くしならせた。棒ではなく釣具店で売っている小型で伸縮式の釣竿だ。

「コレ? 『ミヤノ棒』よ。手の届かない所の物を取るのにも便利なのよ、リモコンとかね。それに、武器にもなるし」

「武器って、何と戦うんだよ、一体?」

「そういう事を言う、世間の理不尽と融通の利かない連中とよ!」

 ミヤノがケイタロウの前でトンボ取りのようにひゅんひゅんと竿を回す。

「コラ、目に刺さる!」

「刺さるように振ってるのよ!」

 そんな二人のやり取りをよそ目に、クルリはかがみこみ、車椅子のリムを愛しそうにそうに撫でていた。

「ああ、このまばゆいリムの輝き、ゆがみないスポーク、それに少なすぎず多すぎず、ほどよいタイヤ圧! どこを取っても素晴らしいです!」

 その手は上に伸び、グリップを優しく撫で、ブレーキを掴んだり、離したりし始めた。 そのたびにハンドルがキュ、キュ、ときしむ。

「あぁ、ワイヤーが鳴いてる……キュんキュん鳴いてる」

「おい……」

 ケイタロウに促されたミヤノがクルリを見た。 

「……?」 

 ミヤノは竿をしまい、恍惚とした表情のクルリを唖然とした表情で見た。

「あの……えっと来栖さん?」

「……」

 クルリは答えず、まるで長年連れ添ったペットに接するように、背もたれや肘掛けを撫で回している。

 なんだか様子がおかしい。人見知りしそうな雰囲気のクルリが、ミヤノの車椅子を前にまるで人が変わったように思えた。

 蜘蛛のようにもぞもぞと指を動かしながら、クルリの伸ばした手が、ミヤノの膝頭に触れた。

「ちょ……」

 その声に気づいたクルリが、はっとした顔で立ち上がり、ミヤノに向き直った。

「すみません! つい……その、あんまり素敵な車椅子なもので」

「そう……そんなに?」

 褒められて悪い気はしない、しかし、誰がどう見てもクルリの行動は『奇行』だ。

「そうですよ! ゆとりのあるシート、広めの背もたれ、空気圧は適量、ブレーキの利きは……少し悪いですけど……とにかく、素敵です、私、実は……その、一目惚れしたんです、この子に!」

「こ……この子?」

 ミヤノは顔に穴が開いたような、ぽかんとした表情で顔でクルリを見る。それはケイタロウも同じだった。

「じゃ、じゃあ、校庭で応援していたのは……『好き』なのは……」

 ケイタロウは視線を落とし、ミヤノが座っている、何の変哲もない車椅子を見た。 

「ハイ! この車椅子です! あ、もちろんミヤノ先輩も尊敬しています、この子と一緒に暮らしているなんて!」


 世の中には多種多様な趣味趣向の人間がいるが、『車椅子フェチ』というのは初めて見た。世間はまだまだ知らないことにあふれているんだなあ、とケイタロウは少しだけ、感心した。

「はあ……」

 悪い人間ではなさそうだ、でも少しズレてる。いや、思い切り世間とズレてる。言い方は悪いが、ケイタロウはクルリの事を『引っ込み思案気味の変態』だな、と思うことにした。それ以外に形容できない、再び申し訳ない、と心の中で呟いた。

「じゃあ、休憩終わりますので、これ、お願いします!」

 軽く、机の上のノートを叩き、クルリはいそいそと教室を出た。

 クルリの姿を見送ると、ケイタロウとミヤノは互いに顔を見合わせた。いわなくとも、お互いの頭の中では同じことを考えているに違いない。言うだけ時間の無駄だろうが、口にしないと、進まないような気がする。

「あ、それから……」

 ケイタロウが口を開いた瞬間、扉からクルリがひょいと顔を見せ、2人に声を掛けた。

「その子、今度いじらせてください! お願いします、ミヤノ先輩!」

 ペコリ、と頭を下げ、クルリはそのまま姿を消した。

「はあ……」

「とりあえず、それお願いね……」

 嵐の後のように、静かにミヤノがそう言うと、始業のチャイムが鳴り出した。


「しかし、あまりにも理不尽だ!」

 周りに聞こえないように、かといって心の中に溜めておくのも体に悪いので、ケイタロウはそう呟いた。何とか宿題を終わらせ、一息ついたところ、見慣れない顔が机のそばに立っている。

「ここ、マンジュウ屋?」

 銀縁眼鏡の男が尋ねる。襟章を見ると同学年だが、面識はない。

「いや、2年3組の教室だけど?」

「そうか……趣味ではじめた和菓子屋だと思ったんだけど、残念……」

 男は呟くと、教室を出て行った。

「うーん、ジイみたいな勘違い人間もいるのね」

 ミヤノが振り返った。

「いや、普通あのビラ見て即座に理解する方がおかしい。『萬揉め事』なんて難しい漢字使うからだよ」

「じゃあ、今度するときはルビ振っとかないとね」

「そういう問題じゃないと思うし……」

 そうしたところで依頼は来ないだろう。『七つの大罪』を解くのは難しいかもな、と言いかけたが、『ミヤノ棒』で顔面に風穴を開けられるのはごめんなので、やめておいた。 

「あの、できましたか……」

 いつの間にかクルリが二人の間にすっと割って入ってきたが、相変わらずその手は車椅子のリムをすりすりとしている。

「ホラよ、ばれても知らないぞ」

 ぶっきらぼうにケイタロウがノートを手渡すと、クルリは小さくお辞儀をした。

「ありがとうございます! それで……」

 クルリは小さなメモを取り出している。ケイタロウは直感でそれがとても危険なものだと感じた。いやな予感がする。ケイタロウの中で逃げろ、という声がした。

「ひょっとして、次のお客さん?」

 ミヤノが嬉しそうに声を上げた。もう逃げられない

「そうです! 読みます! ……カレーパン4つ、パックコーヒー、フルーツ牛乳。ウーロン茶、焼きそばパン3つにAセットの食券2枚……」

「つまりは買ってこい、ってことだよな。断る。パシリじゃねえぞ!」

 とんでもない、とケイタロウは横を向いた。

「あと、ついでに私のパンもお願い」

 ケイタロウの頬を、ミヤノ棒がぺちぺちと叩く。

「『ついでに』っておい!」

「そうね、甘いパン」

 まるでミヤノはケイタロウの言葉を聞いていない様子だった。

「甘いって、もっと具体的に……あぁ、もういい! 分かったよ、行って来る!」

「お願いします!」

 ここでじっとしていると、また何かを頼まれそうな気がしたので、メモを奪うように受け取ると、ケイタロウは席を立った。

 

 食堂へ向かう途中、ケイタロウの足がぴたり、と止まり、何かを思い出したように教室のある方角へ振り返った。

「そういえば、金もらってねえ……」


 なけなしの小遣いで立て替え、メモにあった内容を買い集めてケイタロウが教室に戻る頃には昼休みは半分を過ぎていた。

 見ると、クルリのそばに見慣れない顔がいる。先ほどの銀縁眼鏡の学生だ。

「ほい」

 いやな予感が再び起こりつつあるのを感じながら、ケイタロウは机の上に、買って来た商品の入ったビニール袋2つを置き、クルリに、立て替え代金を書いたメモを渡した。

「ありがとうございます!」

「遅いわよ!」

 まるで言葉による飴と鞭の連続攻撃である。

「で、私の分は?」

 ミヤノが、『おあずけ』を食らったが待ちきれない犬のように、首を前に出す。

「あるよ」

 と、ケイタロウは上着のポケットから半分潰れたビニール包みをミヤノに渡した。

「ほれ、あんドーナツ」

 受け取ったミヤノの顔が軽く曇った。

「メロンパンが良かったのに」

 ぴりり、と袋を開けながら残念そうな口調になった。

「なら先に言え! って袋開けるなよ、食べる気満々じゃないか!」

 席に着いた時、ケイタロウは自分の昼食を買っていないことに気付いた。もう疲れて買いにいく気も、食べる気も起こらない。それよりも気になるのは、そんなやり取りをじっと見ている銀縁眼鏡だ。

「では、今度はボクのお願い事を」

「お願い事ぉ? 俺は魔法使いじゃねえぞ」

「お客様になんて口の聞き方するの! さ、どうぞどうぞ」

 ミヤノ棒がケイタロウの脳天を軽くはたいた。

「増田君はこれから急用で出かけないといけないので、代返をしてほしいそうよ」

「急用? 代返?」

 ケイタロウは増田と呼ばれた銀縁眼鏡を見た。

「そう。今日発売したゲーム。ま、PCゲーなので、タイトル言っても知らないと思うけど『白濁妹戦線3』なんだよ……これは」

「うん。知らないし、通販とかで済ませばいいじゃないか」

 ほうっておけば、ゲームのスペックやいかにグラフィックが美麗なのか、声優が豪華なのか等々を延々聞かされる事になりかねないと思い、ケイタロウはそれを遮った。

「いや、モノはもう買ってるんだよ。今届いたって母親から連絡があってね。それを早くプレイしてレビューしないといけないからさ」

「レビュー?」

「攻略動画とか感想をネットに上げるんだよ。これが評判よくってさ、みんな待ってるんだよね」

 誇らしげに語る増田の眼鏡がきらりと光った。よく見れば、眼鏡のツルが若干こめかみに食い込んでいる。買い換えたほうがいいぞ、とケイタロウはそれを見て心の中でいらぬお節介を呟いた。

「それって別に誰かから頼まれたとか、お仕事とかじゃなくって、単なる趣味の範疇じゃないのか? それにタイトルからして、それって18禁……」

 ケイタロウの言葉を遮るように増田は、胸ポケットに差してある眼鏡を出すと、それにケイタロウに渡した。

「これ、僕のスペア眼鏡。壊さないでね」

 その時点で、『代返』が何を意味するのか、なんとなくではあるがケイタロウも察しがついたので、思い切り首を横に振った。

「無理無理むりムリ、バレるだろうが! 体型から何からまるで違うじゃないか!」

「ムリムリ言い過ぎ。それに、まだ何も言ってないわよ」

 ひゅっとミヤノが棒を振る。

「いや、大体分かった。これ掛けてその……増田君に成りすませってンだろ。無理がありすぎるだろ、猫に犬のマネしろって言ってるようなもんだ」

「でも増田君とジイは猫でも犬でもないわ、同じ人間よ。だったら、似せられなくもないわ」

「その自信はどこから来るんだよ、人間同士でもできることとできないことがあるだろ」

 見たところ、背格好は変わりなさそうだが、増田はやや小太りで細身のケイタロウとまるで似ていない。

「では、さらに似せましょうという事で、ハイ」

 クルリがケイタロウの頭に帽子を乗せた。

「は?」

 慌ててケイタロウが頭をまさぐってみる。帽子ではない感触だ。ふさふさした黒髪に覆われた……カツラだ。

「それと、はい」

 クルリから渡された手鏡をじっと見てみる。そこに、ミヤノが手櫛を入れ、増田のように横分けに整えだした。

「おぉ、そっくりそっくり、まるで双子だ。じゃ、ボクはこれで」

 大げさに敬礼をし、増田はそそくさと教室を出ていった。

「今の声をコピーして、ややうつむき加減で返事するの。頃合を見て『トイレ』とかいって逃げれば大丈夫よ! スパイみたいでかっこいいじゃない! 私が男だったら代わってやりたい依頼よ!」

「眼鏡とカツラでどうにかなる問題じゃないだろ」

 始まってもいないのに、まるで何かをやり遂げたかのようにミヤノはさわやかな笑顔を見せるが、ケイタロウの顔はそれに反比例して、暗く落ち込んでいた。

「代筆に代返……やんわりとした犯罪組織だろ、ここ!」

「いえ、そっくりですよ、髪型も調整しましたから」

 確かに言われてみれば髪形だけは似ている。それにしてもいつの間にそんな準備を? カツラはどこで調達したんだ? と聞きたかったのだが、今はそういう問題ではない。断固としてこの無茶な計画を阻止し、増田君には悪いが欠席扱いになってもらわなければいけない。

「じゃあ、俺が抜けた穴は誰が埋めるんだよ」

「お腹が痛くなって保健室に行ったとか言っておくから。じゃあ行ってらっしゃい!」

 ミヤノはそう言ってひゅっと棒を伸ばした。その切っ先はケイタロウの眉間を狙っている。これ以上抵抗するとどうなるか、考えるまでもなかった。笑顔だが、ミヤノの目は笑っていない。『ぐちゃぐちゃ文句を言わずに行け』と言っているように見えた。

「ぐ……行くよ」

 ケイタロウは静かに席を立った。

「どうなっても知らないぞ。で、これは『七つの大罪』なのか?」

「うーん、違うかな、どうだろうね。とにかく、行ってきて」

 ミヤノは軽く首を傾げた。

「アバウトすぎだぞ……」

 

 奇跡だった……。増田の席が教室の一番後ろだったことも幸いしたのもあるが、結局ケイタロウの変装はばれなかった。ただし、出席を取った後、頃合いを見て逃げようとも思ったが、立ち上がるとばれてしまう。結局、よその教室で居心地の悪い授業を受けることになってしまった。

 緊張で汗が背中を、そしてこめかみを伝い、落ちる。回りにとんでもない汗かきだと思われたら増田君に申し訳ないな、と思いながらも、ケイタロウは早く時間が過ぎてくれるか、黒板に方程式を書き続ける数学教師が何かの拍子で倒れてくれないか、ただそれだけを祈った。

 終業のチャイムが鳴り、教師が出て行くのを見計らって、ケイタロウは脱兎のごとく教室を飛び出した。緊張が解け、全身から一気に汗が噴き出すのが自分でも分かる。

『2度とごめんだ!』

 汗で濡れたカツラを廊下に叩きつけながら、ケイタロウは、そう呟いた。だが、クルリに悪いので、すぐに引き返し、カツラを拾ってから教室へ戻った。


「おい、聞いたぞ、『マンジュウ屋』だって?」

 ヨシツネがニヤニヤ笑いをしてケイタロウの席に近づいてきたのはそれからすぐ、下校の時間だった。

「……」

 長年の付き合いで、ヨシツネの笑顔にはハブ、あるいはキングコブラ並みの毒素が含まれていることぐらいは承知しているので、ケイタロウはあえて返事せずに、無視をすることに決めた。

「フン、そうきたか。でもなあ、待ってるんだよ、あちらでマンジュウ屋さんの出動をさ」

 ヨシツネがニヤニヤと親指を立て、扉を差した。

 見れば、ユニフォーム姿の野球部員が二人、立っている。ケイタロウに気付くと、二人は帽子を脱ぎ、ぺこりとお辞儀をした。

「ツレのツレの一年生。今日の部活前にグラウンド整備をしてもらいたいって」

「バカヤロ、それぐらい自分でやれって……それにだ、俺らがヨイコラショ、とチマチマやるよりも、もっと便利な道具が運動部にはあるんじゃないのか? トンボとかホラ、ローラーとか」 

「ローラー? あぁ、コンダラのことか。コンダラはラグビー部がタックルかまして持ち手がへし折れて、トンボは水泳部が棒高跳びの真似した時に折れたんだと」

「何やってんだ、まじめに部活しろい、だからどの部も大会一回戦敗退なんだよ!」

「まあ、そういったトラブルのためにお前らがいるんだろうが」

「知ったような口利くな、まだシステムもルールも分かってねえというか決まって……」「話は聞いたわ、引き受けます」

 クル、と携帯片手にミヤノが振り向いた。

「さすが、話が早い。じゃあ、頼むわ」

 ヨシツネは野球部員に大きく両手で輪を作ってオーケーサインを見せると、2人は顔を見合わせ、軽く飛び上がり、そしてケイタロウに再びお辞儀をした。

「おい、そんな安請け合いしていいのかよ!」

 食いつかんばかりにミヤノに迫るケイタロウの額をピンクのミヤノ棒が軽くはたいた。「今までも安請け合いだったでしょ?」

「まあ、言われてみれば。いや、後先考えずに引き受けるなって……」

 額をさすり、顔を引っ込めるケイタロウにミヤノは余裕しゃくしゃくの笑顔で応じた。「ちゃあんと考えてあるわよ。言ってるそばから、ほら!」 

 さっと指差した先、さっきまで野球部員がいた辺りにクルリがスノーボード状の板を持って立っている。

「はい、ご注文の車椅子用ブレードです!」

「ブレード?」

 ヨシツネと話している間に携帯で連絡を取っていたのか、だがあの板をなんに使うのか、まるで見当がつかなかった。

「さすが仕事が早い、じゃあグラウンドに行くわよ、押して!」

 ひゅっとミヤノが棒を振った。


 なるほど、と妙に感心したものの、総じてケイタロウは納得していなかった。

 クルリの持ってきたプラスチックのような軽い樹脂でできたブレードなるものを前面に取り付けた車椅子を押しながら、ケイタロウは一時間近くグランドを歩いていた。歩けば歩くだけ、ブレードが荒れた土を平らにならしていく、要するに簡易型のブルドーザーのようなものだ。

「もうちょっとスピード上がらないの?」

 車椅子に座ったミヤノが退屈そうに棒を振り回しだした。

「無理言うな! じゃあ降りろよ!」

「降りれるわけないでしょ、そっちこそ無理言わないで!」

「で、これは『七つの大罪』の何なんだよ?」

 陽が傾きかけ、辺りがオレンジ色に染まりだした。グラウンドにいるのは、ケイタロウ達と、あの日のようにグラウンドの隅で、二人の様子と初改造した車椅子の成果を見届けにきたクルリだけになっていた。

「うーん、なんなんでしょうね?」

「またそのパターンかよ……」

 とぼけるようなミヤノの声に、ハンドルを握ったままケイタロウは脱力し、ひざを落とした。

「あのなあ、なんかあるだろうが! 『地ならしの罪』とか!」

「ないわよそんなの! どんな罪よ?」

 無謀、それにあまりにも無計画すぎる。もっと早く聞いておけばよかったという後悔の念と、こんな作業を長々とやらされた怒りが混ぜこぜになり、ケイタロウはすぐに立ち上がると、車椅子を猛烈な勢いで押し始めた。

「だぁぁあああ!」

 前輪を軽く上げ、ウィリーの状態で、ケイタロウはぐにゃぐにゃと蛇行するように押し駆けた。

「……ちょ、ちょ……スピード落としなさいよ!」

「うるせえ、後先考えて引き受けろって言っただろうが! 早く『七つの大罪』を見つけてこい、このままだとラチあかねえ!」

「すぐに見つかったら苦労しない、わ、よ! この!」

 振り向いたミヤノが棒をしならせ、ケイタロウの頭頂部に打ち込む。ピシャリ、と脳天に釘が刺さったような痛みを感じながらも、ケイタロウは足を止めない。

 端から見ると、まるで遊んでいるように見える。そんな二人をクルリはうっとりとした顔で、そして時折手を振って応援していた。

「あんまりきつく押さないでくださいねー、ブレードが引っ掛かって折れちゃいますからー! 今度はもっと頑丈な、鋼鉄製のブレード作りますから!」

 そんなものいらない、とケイタロウはミヤノの攻撃を受けつつ、思った。

 しかし、クルリはカツラといい、これといい、一体いつどこから調達しているのか?  ペチンペチンという頭頂部の痛みに耐えながら、ケイタロウはさらにスピードを上げていった。


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