2 手押しの悪魔が微笑んで……本日開業


「五分遅刻! ちゃんとメール見たよね?」

 ケイタロウは、まさか朝っぱらからどやされるとは思っていなかった。


 確かに昨晩、ミヤノから『7:45 集合』というメールが来ていた。 

 厳密にいえば、その前に『テスト』、その一時間後に『続テスト。返事しなさい』というメールが来ていたが、無視していた。昨日『七つの大罪』の意味を答えたあと、ケイタロウはミヤノが笑顔で『見せて』と言うので、つい携帯を手渡してしまい、大事な個人情報やヨシツネからもらった見られてはいけない画像等々のデータをすべて控えられてしまったのだ。


 ただ『集合』といわれても、どこに集まればいいのか分かるはずもない。もしミヤノが文句を言おうものなら、そっちが悪い、と言い返すことだってできる。しかし、その翌朝。ケイタロウはいつものように家を出ると、通学路の途中にあるコンビニの駐車場でミヤノと出くわしてしまった。

 コンビニ前の身障者用駐車スペースに仁王立ち、いや、車椅子だから仁王座りのミヤノの顔は、さわやかな朝の空気を赤く染めるほどに、イライラとしているように見える。その矛先が自分にあることをケイタロウは瞬時に察したのだ。転校初日のしおらしさはどこへ? といった顔だ。

「ジイ、遅い!」

 挨拶もなく、その日最初のミヤノの言葉がそれだった。


 あれから、すっかりケイタロウは砕けた口調でミヤノと接していた。ミヤノも、今までの丁寧な口調ではなくなっていた。猫を被っていたということだろうか、ただ、猫の下にはとんでもない猛獣がいた、というイメージだ。車椅子というハンデを背負った、どこか影のある美少女、というイメージは昨日の午後の時点で、ガラガラと崩れ落ち、風に乗ってどこかに飛んでいった。なんだかえらいものにとり憑かれたような気がしたので、関わり合いになるのを避け、メールも返事しなかったのだ。少し前まではいかに親しくなれるか? を命題に退屈な日々を脱したというのに、ずいぶんと身勝手な考えだとは自覚してはいた。

「……というか、まずはメールの返事しなさいよ、届いてないかと思ったじゃないの!」 それはケイタロウの落ち度でもあったので、それは軽く頭を下げて詫びを入れた。

「でも、場所の指定がなかったからさ……」

「え、そうだった? まあいいわ。じゃあ、頼んだわよ」

 ミヤノはケイタロウにさっと一枚のB5サイズの紙を手渡した。

「? 何だこれ」

「読めば分かるわよ」

 渡された紙を読んで、ケイタロウはますます『?』となった。漫画ならば、顔全体が『?』になっていたのでは、と思えるほど不可解な内容だった。


 紙には太字のマジックで

『萬揉め事おさめます 2-3 石神井・鰐淵』

 とだけ、書かれていた。

「な、なに? 『まん、じゅう、めこと……いや、めごと』」

「違う!」

 ミヤノがひったくるように、紙を奪い取った。

「『よろずもめごとおさめます』って書いてるの! まったく、それぐらい読めないかなあ! 全部ひらがなの方がよかった? それとももっと分かりやすい文章の方が……でもそれだと軽く見られない? なんだかイタイ奴の電波系のビラと思われるでしょ?」

 これでも充分にイタイ電波系だよ、とケイタロウは思った。 

「なんだそりゃ、それに勝手に俺の名前をつか……」

「いいから、コンビニでこれを……そうね、50枚コピーしてきて! 大至急よ、マッハで!」

 ミヤノがひざに乗せた鞄から黒革の小銭入れを出して、ケイタロウに渡した。

「音速超えるのは無理だけど、こんなものコピーして、どうするんだ?」

「ちょっとは察しなさいよ、小学生じゃあるまいし! わかんなくても今はとりあえず『大体分かった、任せとけ』ぐらい言ってほしいわね」

「察しろと言われてもなあ……まあいいや、はいはい大体分かった、行ってきますよ」

「ブツブツ言わない! 50枚よ、まず50枚!」

 まるで意味が分からない。だが朝の忙しい時だ、今は言うことを聞いておこう、とケイタロウは思った。それにしても『まず50枚』ということはまだコピーするつもりなのだろうか、これを使って何をするのか、口では適当に返事したものの、ケイタロウにはその真意がまるで分からなかった。


 店内に入ると、レジ前には朝食を買う学生たちで混み合っていたが、幸いコピー機は空いていたので、早速硬貨を入れて作業をはじめた。コピー機が忙しく作動している間も、これが何を意味するのか、どう使うのか? 色々推理してみたが、いい答えが思い浮かばない。ミヤノの態度からしても、これが後々自分にも関わってくるのでは? と思うと少しだけ背筋にぞくっとしたものを感じた。


「じゃあ、各教室に貼ってきてくれる? 余ったら掲示板、それと……とにかく目立ちそうなところに」

 教室に着くと、開口一番、ミヤノがそう言った。

「はぁ?」

 昨日から『ヘルパー』扱いにされたケイタロウは学校までの道のりをミヤノの車椅子を押して歩いた。ヘルパーというからには、誰かの手助けをする者、ぐらいの意味だろうとは思っていた。しかしそれがなぜ自分なのか? 昨日の午後までは憧れだったミヤノの背中だったが、今はどうでもよくなっていた。やり慣れないことをしたからか、学校に着く頃にはケイタロウの両足は棒のように突っ張っていた。 

「貼る? 何を?」

 ミヤノが言っているのは、先ほどコンビニでコピーし、ケイタロウのカバンに収められた謎のビラ50枚のことだ。

「だからさっきの……」

 ミヤノが言いかけるところに、分かってるとばかりにケイタロウは手で制した。

「……ビラだろ。でもさ、余ったらどうするんだ? それともう一つ、なぜ、俺がそんなことをしなくっちゃいけないんだ?」                   

 ミヤノはそれを聞いて少しむくれた表情を見せた。

「余ったら……いいえ、余らせないように、一枚残らず貼り出すこと。どこかに捨てるのは厳禁。それともう一つの質問だけど、それはあなたが私の『ヘルパー』だから」

「それだけど、いつから俺はヘルパーになったんだよ?」

「昨日からよ。さあ、授業が始まるまでに急いで!」

「やる気満々なのは分かる。でも、俺はこんなことをしても嬉しくともなんともない。だから積極的にお断りしたいね」

 ミヤノはむすっとした顔で、席に着くケイタロウを見て、自分の携帯電話をカバンから取り出した。

「あまりこういう手は使いたくないんだけど……昨日、ジイの携帯からいろんなもの拾ったのよね。外に流していいかしら?」

 その言葉に、ケイタロウは凍りついたように、ミヤノを見た。ミヤノはといえば、携帯を顔の横で振りながらニヤニヤとしている。

「いろんなものって……」

「なんていうのかな……若さの象徴、みたいな肌色が多めの画像が数点。あと、誰かしら、この学生さん。それも同じ人ばかり……」

 携帯の液晶画面には、ここの制服を着た一人の女子生徒が写っている。それも正面切って撮られたものではない。物陰からこっそりと撮られたような画像だ。

「だーーー! ま、待て!」

 ケイタロウは慌てて携帯を取り上げようとするが、ミヤノはそれをひょいと机の下に滑り込ませた。

「あら? どうしたのかしら? 別にこれをプリントアウトしたり、持ち主の名前つきでネットに流したり、家に郵送したり、教室に貼り付けたりしないから安心してよ」

「するだろ、絶対するだろ、全部するだろ、しそうだ!」

「しないわよぉ」

 ミヤノはとぼけた物言いだが、口元がニタニタと緩んでいる。

 この女ならやりかねない……もしも、悪魔という概念が存在するのなら、この世に大規模な災厄をもたらすのでなく、こういったこじんまりとしたところから人間を攻め滅ぼすのではないか? だとすれば、目の前にいる車椅子の女こそ、それだ。携帯奪取が叶わぬと見たケイタロウはカバンを机の上に置き、中を広げた。

「分かった、分かったから……ビラを貼る、貼ってくるから待ってろ!」

 カバンから慌ててビラを取り出し、ケイタロウは席を立つ、とミヤノの耳元に顔を近づけた。

「……あの、全部貼ったら、画像全部消してくれよ」

 ミヤノは意地悪そうに微笑んだ。

「ええ、全部貼ったら、削除してあげるわ」

「絶対だぞ!」

 語気荒いケイタロウに、ミヤノはハイハイと、かなり適当に首を縦に振った。

「携帯の画像は、ね。あとはジイの出方しだいよ」

 教室を飛び出したケイタロウを見送りながら、ミヤノはにやりと、微笑み、見送った。

 かなりの数を処分したはずなのに、まだ残っていたとは! あの夏の日の嫌な思い出が甦りそうになるのを必死に抑え、ケイタロウは、まずは廊下側へ二枚、そして、頭を下げながら教室内に一枚づつ張っていった。

 この学校は1学年5クラスだった。1教室に3枚張れば45枚、あとは適当に職員室や掲示板に張れば、この理不尽な任務も無事に終わる。早く終わらせてアレを消去してもらわないと……ケイタロウは頭の中でそのことばかりを考えていた。


「あの……」

 1年生の教室で、ビラを貼っているケイタロウに誰かが声をかけた、か細い声だ。

「ん?」

 今は1分1秒でも惜しい。誰かに構ってる時間などはないが、ケイタロウは振り返り、声の主を見た。

「え……あっ」

 どこかで見た顔だ。赤く丸いフレームのメガネに、前髪をピン止めし、七三分けになりそうなショートカット……昨日、グラウンドを走るミヤノに声援を送っていた女子だ。

「石神井、鰐淵……それ、ひょっとして、あの、車椅子の……」

 貼られたビラをみながら、パクパクとメガネの女子が小声で話しかけた。その動きと赤いメガネで、ケイタロウは咄嗟に水槽で餌を待つ金魚を連想した。

「鰐淵が車椅子、で、俺が石神井だけど。君は昨日の……」

「はい! ここのクラス、1年2組の来栖クルリといいます!」

「くる……クル?」

 その名の通り、大きな瞳をクルリと回し、クルリはぺこりとお辞儀すると、ケイタロウが抱えていたビラを奪うように取り上げた。

「ちょ、それ……」

「ビラ配りですね、お手伝いします! いや、させてください、ぜひぜひ!」

 先ほどと比べ物にならないくらいハキハキと大きな声で、クルリは再び頭を下げた。

 突然のこととはいえ、援軍が出来るのはありがたい。しかしなぜ、ミヤノのことになると張り切るのだ? とケイタロウは訝しげにクルリを見た。

「好きなんです」

 ケイタロウの心中を察したように、クルリがはにかむ。

「へ?」 

「好きなんです、その、あの人の……」

「あの人って、鰐淵?」

 ケイタロウの心中を察したのか、恥ずかしそうにクルリはうつむきがちになり、小さく頷いた。

 女子が女子に一目惚れ? まあ、女子高ではよくある話だと聞くし、共学でもなくもない話だが。『あの女はとんでもない悪魔だぜ、やめておけ』とケイタロウは心の中で呟いた。

 もちろん、クルリの耳には届いてはいない。

「じゃ、じゃあ、1年生のクラスだけでも頼もうかな……」

 全部任せるのも忍びない。ケイタロウはビラを返してもらうと、半分に分け、クルリに手渡した。

「了解ですっ。えっと、鰐淵さんによろしくお伝えください! 『あの子のことは私に任せてください』って!」

 三たび、クルリは頭を下げた。

 ミヤノのことが好きな素振りを見せておきながら『あの子』とは誰なのか? 怪訝に思いながらもケイタロウは軽く頭を下げ、教室を出ると、タイミングよく予鈴が廊下に鳴り響いた。

「まずいな……」

 授業に穴を開けてまですることでもない、それにクルリのおかげでかなりの数を消費できた。まずはここまで、とケイタロウは教室に戻った。


「お前、結構モテるんだな」

 数枚を残し、何とかビラを貼り終えたケイタロウは席に着き、ミヤノにそう囁いた。

 ミヤノは

「は?」

 と、キョトンとする。

「クルクル……じゃない、赤いメガネの子だよ」

「赤いメガネ? そんな子知らないわよ」

「いや、でもビラを……」

 ケイタロウが言い終わらないうちに、ミヤノは向き直って授業の準備を始めた。昨日話した時と同じく、クルリのことはまったく存じていないようだ。


 残ったビラを次の休憩時間に全て貼り終えたケイタロウを、ミヤノは笑顔で出迎えた。「お疲れ様、ご苦労様。さあ、これで来るわよー」

 喜色満面で、ミヤノは指をぽきぽきと鳴らす。まるでこれから忙しくなりそうだ、とでも言いたげだった。

「なにが来るんだ。それと……」

「分かってるわよ。ほら」

 ミヤノは携帯を見せながら、鮮やかな手つきで画像をフォルダごと消去して見せた。

 画像が消えたことで安堵したものの、あのビラの真意はなんなのか、ケイタロウには釈然としないものが残っていた。

「……なにが来るって、ビラを見たみんなが、ここに殺到するのよ。あまり多かったら、整理券作って配らないとね。そうだ、授業の合間にでも作ってくれる?」

「あれを見てかぁ? だって内容がよく分からない……」

「分かってないのはジイだけよ。みんな、きちんと理解してくれてるわ」

 どこから沸いてくるのか、ミヤノの顔は自信に満ち溢れていた。

「多分、だろ。それからくどいようだが、『ジイ』はよせ。まるで執事か何かじゃないか」

「みたいなものじゃない。『ジイ』、お似合いだと思うんだけどな。じゃあ『シャク』でどう?」

「なぜ俺の苗字を分割する?」

「だって呼びやすくするためよ。『ヘルパーさん』って呼ぶのも他人行儀でしょうが。それとも『ヘルパーちゃん』にする?」

「どっちもヤだ。やっぱり『ジイ』でいい」

 呼称など、些細なことだった。それよりも、この後何がおきるのか、という不安の方が大きくなっていた。

 だが結局、その日は他クラスの人間は誰も来なかったし、ビラについて尋ねるものは誰もいなかった。


 終業後、仏頂面のミヤノに呼び止められたケイタロウは朝と同じように、車椅子を押すことになった。ミヤノを置いて帰宅してもよかったのだが、聞いておきたいことがある。それを聞かないとなんだかモヤモヤしたままにしておくのもいやだった。


「なぜ、ジイが私の車椅子を押しているかというと……」

「『押せ』と言ってきたからだ」

「じゃなくて。ジイは『ヘルパーさん』だからって、さっき言ったわよね。ではなぜ『ヘルパーさん』なのかといえば……」

 ケイタロウは、首を傾けた。

「あなたが誰よりも先に『七つの大罪』を説明してくれたからよ」

「は?」

 思わず、ブレーキバーを強く引いた。急停止したミヤノの体が少し前にせり出す。

「ちょっと、いきなり止まらないでよ!」

 きっ、とミヤノがケイタロウをにらんだ。

「悪い。でも、それだけかよ……」

 ケイタロウは、あの時いくらかでもミヤノの気を引こうと張り切ってしまった自分を今更恨んだ。

「そう、それだけ。いえ、それだけじゃないわね。知ってる人間がいたほうが何かと動きやすいからよ」

「動きやすい?」

 またまた謎の発言である。

「私は、見ての通り……」

 ミヤノは自分でリムを回し、前進を始めた。その口調が少しトーンダウンしたように聞こえる。

 少し後ろを歩いていたケイタロウは、追いつき横に並んだ。

「というか、これ見てどう思う?」

 いきなりの質問に、ケイタロウは戸惑いながら、答えを探した。リムのきしむ音だけがきぃきぃと聞こえる。

「そりゃ、大変だろうな……」

「でしょ? 町でランダムに100人に聞いたら、99人がそう答えると思うの。実際に聞いたことないけどね」

 ケイタロウの返事を遮るようにミヤノは小さく笑った。先程と一転し、いつもの口調に変わっている。

 まあ、そうだろうな、とケイタロウは思った。失礼のないように言葉を選んだつもりだったが、それよりいい言葉も思いつかない。

「確かに……不便なところはあるわよ。でもそればっかりじゃないわ。これだって、なんだかパワーアップしてるように見えない?」

 そういってミヤノは赤いアームレスト(ひじかけ)をぽんぽんと叩いた。

「パワーアップ?」

 その発想はなかった。車椅子の知人を持ったことはないが、そう考える人間はまず少ないだろう、と思った。

「さあ、押して!」

「へ?」

「押して!」

 言われるまま、ケイタロウは後ろに回り、車椅子を押し始めた。

「もっと早く!」

「いぃ?」

 グイ、と前傾姿勢をとり、ケイタロウは車椅子を強く押し、駆け出した。

「そうそう、もっと、もっと!」

 女の子が乗っているといっても、大きな後輪や、金属製のフレームがあるため、かなりの重さだ。速度を上げるたびに、ケイタロウの額から汗が噴出し、流れた。

 風にそよぐミヤノの後ろ髪がへちへちと顔をなぜるのがどうにもこそばゆい。

「ね? 早さも自由自在、押しても走れるし、自走も可能。座ったままだからいつでも眠れるし、満員電車でも座席に困らない。なんだか機動力がさらに増したって感じよ。ハイ、ブレーキ、ゆっくりとね」

 さっきの二の舞にならないように、ケイタロウはグリップを数回に分けて握り、ゆっくりとブレーキをかけた。両足にも力を入れ、つま先を立てるように、軽く踏ん張った。

「お、上達したじゃない。いいわよ、その調子!」

「それだけのために、走らせた……のか?」

 ハアハアと、息も絶え絶えにケイタロウは口を開いた。

「行うより言うが安し、よ」

「はあ。いや、『言うよりも行う』だ、ぎ、逆じゃないか!」

 そんな些細な間違いはどうでもいい、とばかりにミヤノは涼しい顔でケイタロウを見ていた。

「ということで、自分のことは、あまり可愛そうだとか、大変だとか思わないし、思われても仕方ないけど、本人はあまり気にしてませんよってこと」

「そ、そうですか」

 そう答えたケイタロウの息がまだ荒い。

「でも……」

 再び、ミヤノは神妙な口調になった。

「こうなった原因が『七つの大罪』だとしたら?」

「はあ?」

 そこでやっと話が繋がるのか、それにしてもえらい飛躍だなと、ケイタロウは体を起こした。

「信じられない話だけど、『七つの大罪』にまつわる呪いって知ってる?」

「呪い? いいや、知らないな」

 ケイタロウは首を横に振りながら、オカルトじみたミヤノの発言に、またまた雲行きが怪しくなりはじめそうだな、と思った。

「『七つの大罪』にまつわる悩みを解かないといけないのよ……」

「解くと、どうなるんだ?」

「これ……」

 答える代わりにミヤノは自分の両膝を軽くさすった。

 ミヤノの動作を見て、ケイタロウの中で、今までの事柄がパズルのように次々と合わさっていった。

 ビラ、ヘルパー、『七つの大罪』……。

「そうか!」

 ぽんと手を打った。

「今頃分かったの、遅いわよ!」

「分かるか! だからビラを配って揉め事、悩み事を集めて解決ってことなんだな?」

「そう。それが『七つの大罪』に絡むことであればなおよし、よ。世のため人のため、ひいては自分のため、そして押すのはジイ、あなた」

 そう言ってミヤノは『やってくれ』とばかりに首を軽く振った。

 奇妙な言動の謎はこれで解けた。だが、今度は『七つの大罪』という厄介な代物と向き合わなくてはならない。車椅子を押すケイタロウの足が少しだけ重くなった。

「だったら……もう、ヘルパーは……」

「しなくていいと思ってる? 果たして画像は携帯の中だけかしら?」

 ミヤノの声が、ケイタロウの背筋を凍らせた。

「ミヤノォ、お前……」

 ケイタロウからは後頭部しか見えないが、ミヤノがものすごく意地悪そうに微笑んでいることだけはその口調で分かる。

 明日からもこの悪魔と行動を共にするのか、と思うとさらに足が重くなっていった。

「じゃあ、明日は8時でいいわ。忙しくなるわよー」

 ぐっとミヤノが大きく伸びをした。無邪気そうな顔だ。悪くない。だが、その中にはとんでもないものが巣食っている、ケイタロウはそう思った。

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