三日目 黄昏
──う……
「気が付いた? マイディアー」
──ネモ。ここは?
「東区。第一東駅の近くの、多分アパートか何かの屋上ね。海岸まで跳ぼうとしたんだけど、思ったより消耗してて、ここが精一杯だった」
──充分だ。お前がいなけりゃ二人ともやられていた。ありがとよ。
「私も正直あの二人を侮ってたわ。この世はまだまだ驚きに満ちてるわね」
──俺が戦った長髪のサムライも強かったが、問題はあのヒョロガリのパンク野郎だ。それと奴がどこからか呼び出す緑の豆。ありゃなんだ? 悪魔やその眷属か?
「……分からない」
──ネモにすら何か分からないのか。
「私が言うのもなんだけど、少なくともこの世のものではないわ。ここで言う『この世』は、この宇宙、この次元、この世界線という意味よ。生物なのか、植物なのか、鉱物なのか、それらの中間なのか。僅かに意志らしいものはあるようだけど、あのパンク男に操られているようでもある。この世界から断絶した、どこかの何か、としか……」
──あの男は……人間か?
「多分。でもそれだけじゃないのよ。あの目が付いた豆のような異界の論理不連続体と、あの男には強い因果の連なりを感じる。でもそんなことってあるのかしら。軍事大国のコンピュータと繋がってる、タバコ屋の自販機みたいなものよ」
──あの男も、異次元から来た?
「に、してはこの世の匂いが強すぎる。肉体そのものは鍛えた人間くらいの感じに思えるけど、精神が上手くスキャンできない。強力な防護手段を施しているのか、あるいは」
──あるいは?
「精神そのものが、私に理解できない構造なのか」
──…………。
その時、ポケットのスマホが振動した。
志垣教授だ。
『七篠さん。無事ですか? 今は安全?』
──ああ。お陰様で。大事な玩具を落として来て、少し気落ちしてはいるが。
『結構。役に立つニュースと良いニュースと悪いニュース、どれから聞きたいですか?』
──……全部順番に教えてくれ。
『まず、あなたが探していた謎の二人組の正体が分かりました。長髪の和服は護り屋ヒロマル。長身のヘビメタファッションの男は監視屋ときお。二人とも『架空職業』というタイトルの別の創作世界の住人です』
──別の創作世界。やはりレインボーメーカーの仕業か。
『恐らくは』
──それが何故アズサを狙うんだ?
『それがどうも、橘アズサさんが彼らの狙いではないようで』
──どういうことだ?
『護り屋ヒロマルの妹の名前が、木船田アズサ。彼らは、あなたの所のスタッフと同じ名前の別の人間を探しに来たようです。別の創作世界から、この、空想の街へ』
──つまり?
『ここからは想像ですが、レインボーメーカーは二人のアズサさんを誘拐し、その関係者同士が鉢合わせするように仕組んだんじゃないかと』
──そして互いに争わせた?
『あ、もう争ったんですね?』
──コテンパンにやられて逃げて来た所さ。
『護り屋ヒロマルは体術の達人で、扇子に書いた文字から様々な効力を生み出す東洋の巫術の使い手です。監視屋ときおは得体の知れないメマメと呼ばれる一種の使い魔を大量に使役していて、戦闘や情報収集に使っています。メマメが何かまでは分かりませんでした。その対処の仕方も』
──こっちの実体験と矛盾はないな。で、良いニュースってのは?
『橘アズサさんの居場所が分かりました。そしてそれが、悪いニュースでもあります』
──どういうことだ?
『東海の沖合約2キロに、大きな因果改変渦が現れました。今から二十分程前。なんの前触れもなく突然に。これは灯台の監視カメラの画像』
スマホに送られて来た写真には、夕闇の中立ち昇る黒い竜巻のようなものが写っている。
『この中心から、アズサさんのスマホのGPS位置情報が検知されました。すぐに消えてしまったのですが』
──東海に竜巻? こっから海は見えてるが、そんなものは……。
「見て、ダーリン。あそこ」
ネモが指し示す海の一角。
夕闇迫る黒い空の中、それよりもより黒い竜巻が天を突いてそそり立っている。
その竜巻が、黒煙の成れの果ての靄を撒き散らしながらゆるゆると解けてゆく。
そこの中には、俺たちが想像もしないものが立っていた。
全高300メートルはあろうという、真っ赤に彩られた巨大な文字。
「アズサ」という巨大な文字が。
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