冬
寒く震えた体は、早く家に向かっていた。
でも、昔優しくしてくれた人からもらった、このマフラーを、少しでも長く使いたいからという一心で、歩くスピードを緩めた。
白い息が、もう冬だ。
これじゃため息も隠せないだろうなと、ため息をつき、白くなる。
もう僕らは、幼いままではいれない。
そんなことはあっという間に気付いていて、正直ちょっと逃げてた。
いつでもバカみたいなことは言えないし、
いつでも無邪気で透明な夢を語れないし、
誰も傷付けずには歩けないのだ。
それこそ、足跡を一切残さずに、この雪道は歩けないだろう。タイヤの後も残っている。ああ、綺麗な白であったろうに。
綺麗事は掻き消されるのである。
それが大人になるということだ。
でも、この雪のかつての姿が、綺麗な白であったとして、それははたして、今僕が想像している白であろうか。
実際に汚れる前の積もった雪をいち早く見たわけではない。
結局のところ、この雪の本当の色なんて、知るよしがなかったのだ。
だから、僕は、見たこともない白を浮かべながら、白は汚れる定めなのだ、なんて喋ってたことになる。
実際に見たこともない美しい風景があるとして、それを見ずに無くなる定めだと、諦めるのは少し違うかもしれない。
僕はまだ、僕の中にある理想を、実現できていない。
人はもっと優しいのかもしれないし、
夢や愛は本当に美しいのかもしれないし、
分かり合えないにしたって認め合うことはできるのかもしれないし、
僕らの中の綺麗事以上に、世界の正体は綺麗なのかもしれない。
何も知らないのに、綺麗事を捨ててどうする。
綺麗事を捨てたら、雪は美しくなるのか。
いや、何にせよ、道にものを捨てたら汚れるに決まってるな。
捨てないでおこう。
そのとき、今さっきまで僕が考えていたことを思い出した。
このマフラーのことだ。
なんだ、目の前にいるわけでもない人のことを考えて、歩いている僕は。
綺麗事そのままじゃないか。
この目に映る冬が、ちょっと壊れたメガネ越しだったとしても。
僕には。
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