第18話 とある勇者の悩み事⑨

 西の大国が魔王城へ進軍を始めた。


 その知らせを聞いた僕達、勇者一向は今まで以上に進む速度を上げることになったのだけど。


 それでも民の救いの声に僕達は足を止める必要はあるんだ。


 今回もそんな一件で。


 立ち寄った街にある教会からの依頼。


 それは街の勢力だけでは手に余る代物で。


 だからこそ僕達、勇者一向が抜擢されたということだ。



 急いで魔王城に辿り着きたいという気持ちは確かにあるよ。


 だからといって断る理由なんてあるわけがないんだけどね。


 僕達は別に魔王を倒すことを目標にしているのではないから。


 魔王を倒すことでもたらされる世界平和の為に。


 それだけの為に。僕達は頑張っている。


 魔王を倒すためなら道中の過程は無視すべきだという声も聞いたことがあるけれど。


 僕はそう思わない。


 大衆を救うためには少数の救いの声は切り捨てるべきだ? そんなことある訳がない。


 僕は勇者だ。けれど、一人の人間だということも分かってる。


 僕自身が助けることが出来る人なんてきっとそう多くないと思う。


 だけど。だからといって、救いを求める声を切り捨てるなんて出来るはずがないよ。


 今回の依頼もそんな僕達がどうにかしないと、最悪大規模な災厄になる可能性もあるんだ。


 だけど、今回は僕というよりも……。



「私――ですか?」


 国ではなく。


 各国に遍く存在する教会に属する聖職者。


 その中でも神に愛された存在である聖女。


 僕の仲間であり、回復のエキスパートである彼女は。


 偶々この教会にいらっしゃっていた大司教からの直々の依頼を受けることになっていた。


 内容は、街の北東に位置する元々は盗賊がアジトとして使っていた天然の洞窟。


 その洞窟にどうやら魔素が充満し、異変を起こした結果。


 小規模のダンジョンを形成してしまったという。


 本来ならばその程度のダンジョンであれば街に駐在する騎士が一個小隊もしくは冒険者が数パーティー程度いれば問題なく対応は可能なのだけど。


 今回はその中でも最悪の部類とも言える、死霊が無数に存在しているダンジョンだということ。



 ――死霊。


 その名の通り、普通の魔物ではなく死してなお動き続ける性質の悪い存在で。


 普通は死の大地のような大地そのものが死んでいる場所にしか存在出来ないと聞いたことがあるんだけど。


 極稀に今回の様に死霊が活動できる魔素が充満したダンジョンが発生するらしいんだよね。


 死霊と言ってもその存在は3種類あって。


 一つは存在そのものが気薄なゴーストタイプ。


 言ってしまえば普通の幽霊みたいな存在なんだけど。


 倒すためには聖職者の祈りか、僕が持つ聖剣で斬り払うか、騎士姫が使う聖なるオーラが必要になってくるんだ。


 普通の物理攻撃は効かないし、魔法も耐性が高くてレジストする始末。


 そして、次にボーンタイプ。


 まぁ、骸骨だよね。


 但し、骸骨と言っても舐めちゃいけない。


 高位のボーンタイプはハイ・リッチといって、魔法を自在に操り、躰はオリハルコンで出来たゴーレムと同じぐらい硬くてとてもやっかいな魔物の一人なんだ。


 そして最後に……ゾンビタイプ。


 正直僕にとっては一番厄介なタイプで。


 何より臭いがひどいんだよね。


 そりゃ、腐ってるんだから当たり前なんだけど。


 厄介な理由はそれだけではなく。


 ゾンビという存在は聖剣で斬ってもあまり効果がないことなんだ。


 効果がないというよりもほぼ全ての物理攻撃を無効化してると言った方がいいのかな。


 斬っても殴っても潰しても。


 肉片同士を瞬時に繋げ合わせてその身体を変異させていく。


 いやぁ、ほんと一度だけ本気でやばい時があったんだよね。


 その時は魔法使いの大規模魔法で焼き尽くしてもらったんだけど。


 正直もう二度と戦いたくない類だったよあれは。



 とまぁ、そんな感じに死霊って言うのは厄介極まりない存在であって。


 その強さだけみても他の魔物より2~3ランクは上の扱いをされるんだ。


 そんな死霊が街の近くに出来たダンジョンに無数に存在している。


 死霊相手には高位の聖職者。もっと言えば聖女である彼女が一番最適と言われていて。


 街に駐在する聖職者だけでは手に余る状況で。


 冒険者ギルドに救援を求めても、そもそもが死霊タイプを苦手とする者が多く、調査自体が難航していたらしく。


 だからこそ、丁度街にやってきた僕達に声がかかったという状況だった。


 そういう訳で。


 今、僕達はそのくだんのアジトにやってきたのだけども。



「うわぁ、入り口から死霊がうようよしていますね……」


「臭いもきついからゾンビタイプもいるのかなぁこれ」


「ふむ。魔法使いもやはり連れてきた方が良かったのではないか?」


「いや、今回は狭い洞窟の中で戦うことになりそうだからね。あの子はむやみやたらに爆発させちゃうでしょ。下手に爆発させて洞窟が落盤しちゃったりしたらまずいしね。そういった意味ではゾンビタイプも聖女に頑張ってもらうしかないんだけど、お願いできるかな?」


「は、はい! 今回は私、いっぱい頑張りますね!!」


 この場所には、勇者である僕と、聖なるオーラを操れる騎士姫。最後に今回のかなめである聖女の三人で行動していた。


 エルフの姫君、武闘家、魔法使い、姫様の四人は今回お留守番なんだ。


 実際は他の溜まっている依頼書をこなしてもらってるんだけどね。


 狭い場所ではエルフの姫君の弓も効果が薄いし、武闘家と大剣を操る姫様はそもそも部族性の物理攻撃がメインだからこの場所ではあまり役に立たなくて。


 魔法使いはゾンビ相手なら相性がいいんだけど、今回は洞窟の中だからねぇ。


 あの子何でか爆発させるのが好きなんだよね。


 だから、さすがにこんな洞窟に連れてくのはまずい訳で。


 だからこそのこの三人なんだけどね。


 正直、聖女と騎士姫なら戦闘に関しても申し分のない組み合わせだと思っている。


 それに正確に関してもね。


 いつも一歩後ろに下がって見守ってくれる聖女と、逆に僕を引っ張ろうとしてくれる騎士姫。


 我が強いのは他の彼女達とも一緒ではあるんだけど、僕は聖女と騎士姫が言い合いしている姿は見たことがなかったんだよね。


 そういった意味も含めて今回のパーティは問題ないと思っているんだけども。


 それでもやっぱり一つだけ問題はあったりするんだよね。



「く、暗いですね……」


「死霊はそもそも普通の生物みたいに眼で対象を認識しているのかすら怪しいからね。それにこの場所はダンジョン化してる訳だし通常の明かりは役に立ちそうにないかな」


「ふむ。かといって、ライトの魔法を使おうにも敵に居場所を知らせてしまう可能性があるからには好きに使えないという訳か」


「そうだね。少なくともライトの魔力に引き付けられるのは確かだし」


 そんな感じでゆっくりと暗い中、細い通路を歩いていた僕達なんだけども。


「あれ、勇者様? 足元に何か……あぅ!」


「ちょ、聖女!? ただの木の棒が落ちてるだけだから落ち着いて……うわっ!!」


 むにゅ。


 僕の顔に押し付けられるナニカ。


 落ち着いて行動してくれって言う暇すらなかったよ。


「あっ……勇者様そんなに動いちゃダメ、です」


 聖女の口から艶めかしい声が発せられる。


 正直ね。何が起こってるんだろう? とはもう言わない。


 僕にとってはまたなのか、という感想だけ。


 ただし、今の僕は言葉を発せられない状況にあった。


「~~~~~~~~~~!!」


 かといって、このまま黙っている訳にもいかなくて。


 何より今、僕は呼吸すらまともに出来ていないんだよね。


 だから身体をよじってその場から脱出しようとするのだけど。


「――ぁん! ゆ、勇者様……もっと優しく触ってください……」


 触るって何さ!?


 いいから早くどいてよ!!


「せ、聖女……ものの数秒のうちにそなた何をやっているのだ……」


「わ、私はなにもやっていないんです!!」


 えー。


 どうみても聖女のせいでこの状況が起きているんだけど。



 正直、今何が起きているのかすぐ近くにいた騎士姫にすら分かっていないと思う。


 薄暗い中にもぞもぞと二人の男女が倒れて抱き合っている状況。


 それが今の僕と聖女の様子を現した最適な言葉だと思う。


 本当になんでこんなことになるんだろうね。


 今回分かっていることは。


 僕の足元に少し大きめの木の棒が落ちていたんだ。


 そして、恐らくは聖女はその木の棒を見て。


 何かの骨だと思ってしまったのだろう。


 そして。


 ここからは僕にもよく分からない。


 その骨に見えた木の棒を見た聖女は、何を思ったのかそのまま引っかかって前のめりにこけて。


 その反動で前にいた僕も聖女に押される形でバランスを崩して。


 普通ならね、この時点で僕は倒れずにうまい具合に押してきた子すらも助けることが出来る運動神経を持っているはずなんだ。


 だけど、その相手が聖女だった場合。


 何故か僕はそのまま倒されてしまい、そして。


 そのまた何故か聖女と向かい合う形で倒れ込んで。


 僕の顔に押し付ける形で聖女の柔らかい胸が乗ってきているんだ。


 ということで、今の僕は喋ることが出来ないし、呼吸も出来ない。


 どうにか逃れようとしても、何故か余計に聖女と密着してしまう始末なんだよね。


 はっきり言うと、こういったことは何も初めてじゃないんだ。


 だから僕はこんな状況なのにある程度は落ち着いていられるわけで。


 あぁ、またなのかという諦めもあったぐらいさ。



 例えば聖女と初めて出会った時。


 僕は初めて聖女と出会った時に最初に見たのは聖女の顔じゃなく聖女のスカートの中だったんだよね。


 何がどうなってこうなったのか今も分かってないよ。


 出会って数秒のうちに僕と聖女は倒れ込んで、僕は聖女のスカートの中に顔を突っ込んでいて。


 そして聖女の股に顔を押し付ける形で窒息しかけて気を失ったという過去があるんだ。


 正直これはそんなトラブルの始まりにしか過ぎなくて。


 聖女と二人で、もしくは少人数で行動しているときに限って、聖女は予想できない行動を取り、それに僕が巻き込まれるという運命を辿っているんだ。


 そして、その度に本当に申し訳ない様子で謝り倒す聖女がいて。


 そんな彼女を見ているとわざとやっているとは思えないんだよね。


 だから、僕はこれは一種の呪いだと思っているんだ。



「すみませんでした、勇者様……」


「ううん。大丈夫だったから心配しなくていいよ。だけど、お願いだから落ち着いて行動してね」


「は、はい。頑張ります!!」


 健気でいい子なんだけどなぁ。


 なのにこのトラブルメーカーを発生しまくる状況だけは回避したいんだけどね。


 ほら、また……。


「ゆ、勇者様。助けてください~~」


 洞窟内に残っていた罠に引っかかってしまった聖女が目の前にいるんだけど。


 少しはその純白の下着を隠してほしいんだけどなぁ。


 足に紐が結ばれて天井に吊り下げられた聖女は鳴き声をあげながら。


 あられもない姿を僕の前に晒してる訳で。


 だから、そんなに足をばたばた動かさないでよ。僕に対してだけ羞恥心ゼロっておかしくないかな?


 この調子で僕達はこのダンジョンを清浄することが出来るのか今更ながら不安になって来たよ。



 …………。


「何だか私この洞窟に入ってから空気になってないだろうか?」


 そんな騎士姫の独り言は聖女のことが気がかりだった僕の耳には最後まで届かなかった。


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★第18話 登場人物★


勇者 …… 実は仲間の中で一番肉体的な接触が多いのは聖女とだったりするんだよね。だからといってまだやることはやってないよ?


騎士姫 …… あれ? 私今勇者と一緒に行動しているんだよな? 何なのだこの空気みたいな扱いはと悩む少女。


聖女 …… 可愛く言えば天然のドジっ娘。但し、本人は気づいていない上に勇者と少人数で行動しているときにだけ発揮されるトラブルメーカー。裸を見られたことなんてもう両手と両足の指を使っても数えきれない程にあったりするよ。



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魔王と勇者の人には言えない悩み事 神代かかお @spiralarive

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