第17話 とある魔王の悩み事⑨

「な、それはまことなのか!?」


 何事もなく続いていたある日の昼過ぎ。


 その一報は魔王城を震撼させ……なかった。


 報告に来た吸血鬼(真祖)配下の魔物の一人が。


「は、はい。人間界の西の大国である国が。その約8万もの大軍を率いてこの魔王城を攻めるという情報を密偵より報告があったのですが」


 それは一大事ではないか!!


「早く我が魔王城の総力を以って迎え撃つ必要があるよな!?


 だというのに何故そんなにも落ち着いているのだ。なぁ、牛魔王他四天王たちよ」


 玉座から立ち上がり周囲を見渡すも。


 吾輩以外動こうとしない四天王達。


 え。何なの?


 8万もの大軍なのだぞ?


 さすがに吾輩でも無理な数が来るんだぞ?


 今すぐにでも我が城内の魔物全てを率いて迎え撃つ必要があるよな?


 それに魔王城裏手の城下町にいる奴等も非難させねばいかぬし。


 吸血鬼(兄)はもうこのことを知っているのか?


 ああ、やる事が多すぎる!!


「魔王様、お茶でも飲んで落ち着いてくださいですわ」


「あ、あぁ。助かる姫君よ。


 って、落ち着いていい訳あるまい!?」


 先日より我が魔王城に住まう新たな住人である某国の第一王女がお茶を持ってきたのだが。


 この温度差は本当に何なのだ?


「えー魔王様。本当に落ち着いてください。確かに西の大国から8万もの軍勢がここへ向かったのは確かなのです。


 ただ……ですね。既にその軍勢は撤退してしまったといいますか」


 ん? 撤退……え?


「既に撤退したと言うのか?」


「そう、なりますね。いえ、実際我々も混乱しているんですよ。


 ですので魔王様への報告が遅れてしまったのですが」


 本当だな?


 牛魔王の言葉を吾輩は信じるぞ?


 最近吾輩だけはぶられてる気がしてるが本当に遅れただけなんだよな?


 あ。吸血鬼(真祖)が目を逸らしたぞ、今。


 お前、吾輩の幼馴染とは言っても最近の行動はひどすぎないか?


 くそ。後でじっくり問い詰めてやる。



「それならば。一体誰が8万もの軍勢を退けたというのだ?」


「魔王様は死の霊峰と呼ばれる場所を知っていますよね?」


「それはもちろん知っているが。あの竜王が棲んでいる場所であろう?」


 実際会ったことはないがな。


 確か城の裏手に作られた跳ね橋が竜王の一撃をも防ぐと言っていた代物だったよな。


 む? 今その名が出るということは……。


「もしかしてそこに棲む竜王が軍勢を追い払ったというのか?」


「あ、いえ、それがですね……。なんといいますか。


 そもそも西の大国が魔王城へと辿り着くには大きく遠回りをして死の大地を通る以外には、死の霊峰を超えるしかなくてですね」


「ふむ。だから死の霊峰を通ろうとした軍勢が竜王と出会ってしまったのではないのか?


 もしくはあそこに棲む魔物に敗れてしまったというのか?」


 何なのだ? 吾輩の回答に皆不服を持ったような表情をして。


「とりあえず、この映像を見てもらった方が早いかと思います。


 おい! 魔王様に見える様にすぐに配置するんだ!!」


 牛魔王の応答に。


 配下の魔物が何かしら――アレは確か録画した映像を射出する魔道具か? を配置を始めて。


「密偵の一人が運よく映像を残すことが出来ましたので。


 実際に見てもらった方が早いと言いますか。


 ただですね。……見ても驚かないでくださいね」


 いまいち要領を得ないことを言ってくるものだな。


 今から見る映像に吾輩が驚く何かが映っているというのか?


 まぁいい。そこまで言うならば見てみるとするさ。



 そんな吾輩の思いは。



 後悔すると言うか、混乱すると言うか、開いた口が塞がらないと言うか……。


 とにかく訳の分からない感情に包まれることになったのだった。





『呼ばれて颯爽と登場!!


 プリティマジカル! 覆面魔法少女ここに見参!!』


 な ん だ こ れ は 。



 映し出される映像に。


 フリフリのピンク色をしたドレスを着込んで。


 手には見たこともない星形のキラキラする杖を持って。


 大軍勢を吹き飛ばすたびに取る謎のポーズ。


 そして何よりその顔は。


 髪をツインテールにした――ハニワみたいな顔をしたお面を被ったナニカ。


 そんな謎の物体が映っていたのだ。


 ソレが杖を振るう度に吾輩の全力よりも数段威力がありそうなビームが軍勢を焼き払い。


 ソレがポーズを取るたびに七色に光る爆発が軍勢を吹き飛ばす。


 何処からどう見てもまともな部分がない。


 いっそギャグ映像だったとでも言ってはくれた方がマシとも呼べる代物が。


 映し出された映像に流れていたのだ。



 …………。


「あー……何なのだこれは?」


「……何なのでしょうね。私にもさっぱりなんですよ」


 いや、吾輩が訊いているんだから答えろよ!?


「覆面魔法少女……と言ったか? 何者なんだアレは。


 どう見ても普通の人間には見えぬのだが。


 っていうか、吾輩アレに勝てる気が全くしないのだが」


 うむ。もし相対すれば絶対に負ける。


 っていうか、戦いにすらならない気がする。


「誰かこの者の正体を知る奴はおらぬのか?」


 吾輩の質問に答える者は誰もいない。


 そりゃそうだよな。こんな存在知ってたら逆にビビるわ。



 だが、そんな存在を知っている者が実は一人いたようで。


 我等が城下町を管理する為に人間界へやって来た最強種。


 そんな存在である吸血鬼(兄)が。


 タイミングよく我が玉座の間へとやってきて。


 流れていた映像を見て一言。


「あれ? もしかしてこの子――竜王ちゃんじゃないの?」


 …………。


 え?


「真祖殿よ。今何て言いました?」


「え? だから竜王ちゃんだって」


 竜王ちゃん。


 ……竜王。


 吸血鬼(兄)と同じ魔界でも恐れられた最強種の一人の?


 人間界の死の霊峰に棲まうと言われているあの竜王のこと?


 え、この奇天烈な恰好をした奴が?


「嘘だろ……」


「いや、本当だって。高位の竜種は人化出来るってことぼんも知ってるでしょ?」


「そりゃ知ってはいますが。えぇぇぇぇ?」


 この映像の中で暴れている少女にしか見えない謎の存在が竜王だと?



『悪は滅びるのだ☆』



 ピクリとも動かなくなった軍勢に向けてポーズを取っているこれが竜王だと言うのか?


「だから本当だって。っていうかさ、そんなに信じられないなら本人に訊けばいいじゃん」


「は? 今なんて…………え」


 流れている映像から。


 吸血鬼(兄)へと視線を動かすと。


 吸血鬼(兄)の隣に誰か立っていて。


 その姿は今もまだ映像に流れているナニカと瓜二つで。


 そんなナニカが吾輩に向けて手を振っている訳で……。


「やっほー。初めまして、だね?」


「あ、ああ。初めましてであるな。その……竜王様でいらっしゃる?」


「あはは。様はいらないって。それにアタシは覆面魔法少女マジカルりゅうおう!! 長いからりゅうおうちゃんって呼んでね?」


「いや、だから竜王様で――」


「りゅうおうちゃんだよ?」


「……竜王ちゃんで」


「ぶぅ。なんか堅苦しいけど。真祖ちゃんもアタシのこと気軽に呼んでくれないんだよねぇ」


「いやぁ。僕よりも長く生きてる存在に……いや、何でもないかな?」


 うわ。あの吸血鬼(兄)を視線だけで黙らせたよこの人。


 っていうか何時までそのハニワみたいなお面つけてるんだ?


 それよりも何故ここにいるのだ?


 おい。吾輩の臣下達よ。


 何故ジリジリと後ろに下がっているのだ?


 あ、吾輩の視線に気づいたのか一斉に逃げやがったぞ!?



 …………。


 この場には、吾輩である魔王と。最強種と呼ばれる存在が二人だけ。


 何この空気。


 あの。吾輩も退出しても駄目かなぁ?


 これ以上この場にいると色々な意味で死にそうなのだが。


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★第17話 登場人物★


魔王 …… 最近吾輩の知らぬところで色々と起こりすぎて疑心暗鬼になりそうなのだが。吾輩って何なのだ?


牛魔王 …… 魔王様が心配だが、それ以上に自分の身が心配。だから後で魔王様を労わろうと心に誓う。


第二王女 …… もちろん某国の姫君。魔王様のお世話が何よりも大好きな少女です。既に歳は20過ぎてるが少女といったら少女です。


吸血鬼(真祖) …… 魔王とは小さい頃からの幼馴染。ほとんど歳も一緒なんだよね。だから意地悪したくなるのも仕方のないことなんだよ。


吸血鬼(兄) …… 僕でもさすがに苦手な人はいるんだけどね。いきなり目の前にそんな人が現れたら僕にでもどうすることも出来ないよとは本人の言葉。


竜王 …… りゅうおうちゃんって呼ばなきゃ正義のマジカルパワーで吹き飛ばすよ? 覆面魔法少女マジカルりゅうおうここに見参!!



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