第16話 とある勇者の悩み事⑧

「え、西の大国が?」


 魔王討伐の為に王都を出発して2週間の月日が過ぎていて。


 今僕達、勇者一向はとある湖の側にある町に滞在していた。


 そこで一旦別行動を取った僕達が夕食時に集まって情報を寄せ集めていた時のこと。


 重苦しい表情をした騎士姫の報告に驚くことになった。


「ああ。先程騎士団からの伝令が来てな。私も驚いたよ。


 不穏な噂が絶えない西の大国。そこが数万の大軍を動かす準備をしているということを聞いた時にはな」


「数万の大軍って……。え、もしかして僕達の国に攻め込むつもりなの?」



 西の大国。


 魔王討伐の旅に出ていた僕でも知っている国の一つ。


 元々魔王討伐に集中していることもあって外国の情勢に詳しくないんだけれど、それでも西の大国の噂は聞こえてくるんだよね。


 例えば魔導と科学を融合させた技術大国であること。


 例えば非道な人体実験をしている噂がある国であること。


 他にも色々とあるんだけど、どれも良くない噂ばかりで。


 そんな西の大国が攻める準備をしている? それはものすごくまずい状況な気がする。


 だけど、騎士姫は首を横に振って。


「いや、それがどうやら違うようでな。どうも魔王国を攻めるつもりだそうなのだ。


 正直私には無謀に見えるのだが。皆はどう思うだろうか?」


「え、魔王国に責めるって西の大国がですか? それって無理なんじゃ……」


「無理とはどういうことなのじゃ?」


 聖女の言葉に疑問を浮かべる姫様。


 武闘家も良く分かってないみたいで首を傾げてる唸ってるみたいだし、知らないのも無理はないことなのかもしれないね。



「えっとね。魔王城に辿り着く為には難関とも呼べる場所が二つあるのは知ってるよね?」


「それはもちろんなのじゃ。死の大地と樹海であろう?」


「うち等が必死な思いとして突破したアレだな」


「そうだね。その二つが僕達にとっては難関とも呼べる場所だよね。でも、それは僕達の国にとってはなんだよ。死の大地と隣接しているのは僕達の国だけで。西の大国と東の大国はまた別なんだよ」


 地学を学んでいたり僕みたいに世界地図を何度も見たりしないと分からない事実。


「ふふふ。知らないお子様二人の為に魔導を極めた私が教えてあげましょうか!


 何故今まで私達の国以外の国が魔王討伐に向かわなかったのか。それは私達、勇者一向がいるからだけじゃないんですよ?」


 何故かドヤ顔で魔法使いが喋り出したけど。


 話の内容自体は正しいから説明を任せてみようかな。


「死の大地は常人じゃ通り抜けるのは至難の業なのは私達の当然の事実です。


 ですけど、それでも魔王城に向かうためには恐らくは一番現実的な道のりでもあるのも事実なんです。


 西の大国から魔王城に向かうためには頂上が見えない程に高く聳えたつ死の霊峰があるんですよ。


 逆に東の大国は魔王城に向かうためには更に困難と言われている底が見えない程に深い谷とそこへ流れる膨大な滝が流れる死の渓谷があるんですけどね。


 こんな常識普通はお姫様なら知っていますよね? え、まさか知らないんですか? あ、お子様だから仕方ないんですね」


「ぐぬぬぬぬぬぬ。魔法使いはとても意地悪なのじゃ……」


 魔法使いが得意げに話すんだけども。


 正直挑発しすぎで見ててハラハラする。


 普通お姫様にあんなこと言ったら間違いなく投獄されてもおかしくないと思うんだけどね。


 まぁ、姫様自身が自分の王族として扱うんじゃなく一人の仲間として扱ってほしいと言ってきたから皆気楽にしてるんだけど。


 それよりも死の霊峰か……。確かあそこって。


「竜王がいると言われている場所だよね? 他にも危険な魔物がいっぱいいるって聞いたことがあるけど」


「確かそこも魔王国に属することになったんですよね? やっぱり竜王も魔王が操っているんでしょうか」


「その可能性も高いかもしれぬな。うち等でも死の霊峰を突破するのは無理だと思うがの」


「そんな場所を通って西の大国は向かおうとしてるの? ボクでもそんな無謀なことはしないのにね」


 うーん。武闘家ならボクなら出来るよ! とか言って突撃しそうな気がするんだけどね。


 正直僕としては僕以外の人が魔王を倒してくれてもいいとは思うんだけど。


 だけど第一王女が魔王に攫われたって噂もあるし、やっぱり勇者である僕達が魔王を倒すのが一番なのかな。



「とにかく参考になる情報助かるよ。どうなるか分からないけど僕達も急いだ方が良い感じだね。


 予定ではもう一日はこの街に滞在する予定だったけど今日休んだらすぐに出発しようかと思うけど皆大丈夫?」


 僕の言葉に快く頷いてくれる皆。


 こういった時に協力的なのはほんと助かるんだけどね。


 でも……


「ふむ。それならばベッドで休めるのは暫くは今日までということか……」


 そんな騎士姫の一言に。


「「「「「――――!!!!」」」」」


 眼をぎらつかせる乙女達がいて。


 あーもうこのまま宿に向かって休みたいなぁ。と思ってても彼女達を止めないと後が怖い訳で。


「勇者よ。もちろんわらわと一緒に寝るであろうな!?」


「は? 何抜け駆けしようとしてるんですか? それでも一国の姫君と言えるんですか?


 今日は無知な皆に色々と教えてあげた私が勇者と一緒に寝る日ですよ?」


「いや、それを言うなら貴重な情報を提供した私が勇者と一緒に寝る日でなかろうか!?」


 ほら始まった。


 この町の宿屋って部屋に鍵が付いているのかな……。


 って、あのエルフの姫君? 君こっそり何をしようとしてるのかな。


「ほれ、皆にバレない内にここからうちと消えるぞ。なに困っているのであろう? うちにはよく分かるよ。あの者達の戯言は無視するのが一番だしの」


 僕の腕を引っ張っても無理だと思うんだけどね。ほら……。


「あー!! なに勇者様の腕を引っ張ってるんだよ!!」


 武闘家の察知能力は僕以上なんだよ? さすがに気配を消せるエルフの姫君だろうとこれは無謀すぎると思うんだけどね。


「「「「――――!!!!」」」」


 ああ、ほら言い合ってた他の4人がこっちを向いて……いやいやなんて表情してるのかな?


 仲間に向ける表情じゃないと思うんだけど。


「いや、な? ちょっと勇者と一緒に飲み物でも持って来ようと思って、な?」


 おお。こんなに汗を流しているエルフの姫君初めて見たかも。


 あ、ずるずると他の5人に引っ張られていってる。


 うん。


 そろそろ宿屋に行こうかな。


 皆もほどほどにして寝ないと明日に響くからね。


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★第16話 登場人物★


勇者 …… 朝起きると大抵誰かが隣に寝てることにもう慣れかけている。だけど貞操だけは守りつづけます。


騎士姫 …… 勇者に褒めてもらうために自身が所属している騎士団を伝令役として定期的に情報をもらい続けているのは勇者には内緒にしてるんだけど。実際ばれてたりするんだけどね。


姫様 …… 日に日にわがままな性格が本領発揮。だけど意外に皆と仲良く出来ていたり。


武闘家 …… 気配を察知する能力は随一。武闘家だからね。気配を読むのは得意なんだよ。


エルフの姫君 …… 狩人でもあるから武闘家と同じで気配を読むのは得意で、逆に気配を消すことも朝飯前なんだけど。それでも武闘家には気配を読まれることが悔しいんです。この後は簀巻きでベッドに寝かされた可哀そうな子。


魔法使い …… 知識量は誰よりもある優秀な人なんだけど。いつもドヤ顔で話すのでどうにも尊敬しにくい事実があったり。


聖女 …… 今回一番存在感がなかったのを密かに気にしています。正直に言うと勇者一向の中で一番マトモ。だから勇者の好感度が一番高いことは本人も知らない事実。



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