第15話 とある魔王の悩み事⑧

「えへへ。来ちゃった」


 言葉に音符が乗りそうな台詞を。


 吾輩の目の前にいる――何処かで見たおっさんが言っていて。


 吾輩はその顔面に無性に一発拳をぶつけたくなったのだが。


 そのおっさんの隣にもう一人。


 吾輩を悩ませる人物が立っていて。


「えへへ。来ちゃいました!」


 此方は言葉だけでなく体全体からハートを出している雰囲気を醸し出していて。


 えっと。何? 何が起こったの?


 咄嗟に牛魔王へと顔を向けるも。


 察してくださいと言わんばかりの表情をしていて。


 次にこの場所の管理者である吸血鬼(兄)へと顔を向けてみると。


 何だその溢れんばかりの笑顔は。貴方か? 貴方の計画なのか?


「やだなぁ。さすがに僕のせいじゃなって。っていうか、そこにいる二人に訊けばいいのに」


 それをやりたくないから視線で訊いていたと言うのに。


 言い返したくても立場は吾輩が上でも。存在そのものの格では向こうが上な訳で。


 あーもう。何で次から次へと厄介事がやってくるのだ。


 本気で呪われている気がしてきたぞ。


「それで……。何故こんな場所に人間界を代表する大国であるアナタ方が来ているのでしょうか?」


 副音声はもちろん吾輩たちは曲がりなりにも敵対同士であるよな? いいから早く帰れ。である。


 大半の奴らは吾輩の裏の声を聞いている(知らぬうちに漏らしているのだが)のだからお前も察しろ。な?


「そんなのもちろん魔王国及び魔王城の城下街を見に来たからに決まっておろう」


「お父様。わたしはそんなことよりも魔王様にお会いしに来たからに決まっているのですわ!!」


 魔物しかいないはずのこの場には場違いな存在である人間が二人。


 その正体は我が故郷である魔界と繋がりを持ち。


 我が人間界で魔王を名乗ることになった元凶でもある人物。


 人間界にある大国の一つである国の国王。


 そしてその娘である第一王女。


 そんな二人が何故か魔王城の裏手にある開拓中の街予定地にいたのだった。



 既に見慣れてしまった開拓中の街内にある休憩所の中で。


「は? すまぬ。もう一度言ってくれないか?」


「お主会う度に耳が悪くなってきておらぬか?」


 誰のせいだと思ってるこの糞じじぃが。


「話は簡単なんじゃよ。お主のところから街を作ってもいいか訊かれた時にな。誰の所有地でもないから問題ないと答えた後に思ったんじゃが。


 あれ? このまま魔王国を名乗ってもらえばおもしろくなりそうだと、な」


 は? 何を言っているんだこの老いぼれは。


 おもしろい? ただそれだけの為に吾輩は毎日胃を痛め続けねばならんというのか?


 ふざけるな。本当に今ここで滅ぼしてやろうか。


「まぁまぁ。魔王様も落ち着いて下さい。ね、わたしお茶を入れるのがとても上手になったんですわ。それにほら。このお茶菓子もわたしが作ったんですけど……。お口に合ったら嬉しいですわ。きゃっ」


 甲斐甲斐しく吾輩の給仕を務めてくれる第一王女なのだが。


 そもそも一国の姫がやることなのか? それは。


 茶を入れ終え、吾輩の隣に座る第一王女は何が楽しいのか笑顔で吾輩に椅子ごと近寄ってくる。


 正直言って彼女からの愛情が重い。


 数えるほどしか会っておらぬのに何故か吾輩を気に入った様で。


 会うたびに猛烈なアプローチを仕掛けてくるのだ。


 元々独り身な吾輩にとってはその気持ちは嬉しいのだが。


 吾輩は魔物で。彼女は人間。


 しかも立場上は敵対同士なのだから吾輩は第一王女の期待には応えられぬのだ。


 だというのに。この老いぼれじじぃもとい第一王女の父親である国王は娘の行動を見ても笑っているだけで何もしようとしない有様で。


 それどころか応援する始末。


 何で吾輩ばかり苦労しなければいけないのだ。


 というか、だ。


「魔王国を名乗れば面白くなるとはどう意味なのですか」


「どういう意味もなかろうに。現に無駄に争っていた他国の奴等は鳴りを潜めておろう? そのおかげで儂も幾ばくかの余裕が出来た訳なのじゃよ」


「いやいや。そこから貴方が暇になる理由が分からないのですが」


「なに。世界も儂のおかげで平和になってきたからの。儂もそろそろ王という立場を退任しようと思っていてな。ほら、儂の息子が二人おるじゃろ? そんなことを話してみたら何とか許してくれての」


「本当は三日三晩喧嘩してましたよね。お父様とお兄様方は」


「それはいうてはならんじゃろうに」


 いや、意味が分からん。


 っていうか、ついに言いやがったぞこいつ。


 儂のおかげで平和になった? 吾輩と言う生贄を差し出したおかげと言え。いや、やっぱり言わなくていい。自分で言ってて悲しくなったわ。


 それにだ。王を退任? そんなもの吾輩がやりたいのだが?


 そもそも、そこからどうなったらこの場所にやってくるという事実がくるというのだ。


「ていうか、貴方はいいとしても第一王女まで何故ここにいるんですかね」


「お。それを訊いてしまうのか? ふははは。だったら仕方あるまいの。なぁ娘よ」


「そんな直球だなんて。照れてしまいますわ」


 何故そこで照れる。顔を赤らめる。


「いやなぁ。この娘もそろそろ婚約を考えねばならない歳でな。我が国は既に次期王の座を我が息子のどちらかに与えるつもりで動いているのだが。そうなると王女でもあるこの娘の扱いが困ったことになっていての」


「普通は高位貴族に娶られるか、他国の王族の中に混じると思うのだが」


「そうなのじゃがな。そこで儂考えたのじゃよ。お主が魔王国を名乗ってもらえば。あれ? これも他国の王への貢ぎになるのではいかと、な。儂ってば妙案ばかり思いつく次第でなぁ」


「いや、ちょっと待ってくれないか」


「いいえ、待ちませんわ!! わたしが魔王様を慕っていることはご理解なさっていると思っておりますの。ですのでわたし。お父様から相談された時嬉しさで大声で叫びそうでしたわ。ああ、魔王様と一緒になれる日がまさか来るだなんて……ぽっ」


「いや、本当に待ってくれないか? 吾輩何一つ許諾していないぞ」


 何この急展開。


 さすがにこのことは見過ごすことは出来ん事項だぞ。


 何しろ吾輩の将来にかかわることなのだから。


 それに。


「さすがに魔王とつがいになるのは世間的にまずいでしょう?」


「そこは問題ないと思うがな。既に儂も娘も国内には床に伏せったと伝えておるしの。理由はもちろん魔王が人間界の支配に動き出したことで気が触れてしまったにしておるのじゃが。ほれ考えてみれば分かるじゃろ? こんな時にお主が第一王女を攫ったという噂が広まれば。お主の悪評がさらに広まって魔王という立場が盤石な物になると儂は思うのじゃよ。娘も幸せ。世界も平和に。ほれウィンウィンな素敵な状況だとは思わぬか?」


 思うのじゃよ。じゃねぇよこの老いぼれじじぃが。


 吾輩の幸せは何処にあるというんだ。


 ああもう。ほんとなんてことしてくれたんだ。


 そんな吾輩の思いは更に深い悩みへと繋がっていくのだが。


「ついでじゃからの。そこの真祖殿に色々と相談した結果な。今ここに作ろうとしている街に儂等のような存在の為にゆっくりと休める別荘を作ってもらおうと思ったのじゃよ」


 え。なにそれ。


 ぐいっと吸血鬼(兄)の方を見ると。


「黙っててごめんね。まだ本決まりじゃなかったからさ。といっても既に教会は建てられてて、その中に人間界の今はまだそこの王様の国としか転送できないけど、転送魔導具も設置したしね」


「だからの。これからはちょくちょくここに顔を見せる予定でいるからの。娘のことをよろしく頼むぞ。何、土産としてこれから定期的に我が国の名産品も転送するから心配するでない」


 もう吾輩が何を言っても遅いのかな。


「魔王様? ですからこれからは一緒に居れるんですわね!」


「はは。そうであるな……吾輩も嬉しいよ」


 吾輩の腕に抱きつく第一王女を眺めて。


 もうどうにでもなればいいと思う次第で。


 っていうか勇者よ。最近他の苦労事で忘れかけていたが何をやっているのだ?


 早く吾輩を倒しに来てくれないか。


 吾輩。早く魔界の片隅の田舎に隠れてのんびりと余生を暮したいのだよ。


 だから本当に吾輩を助けてくれ勇者よ……。


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★第15話 登場人物★


魔王 …… やったね。婚約者が出来たよ!


国王 …… もちろん人間界の大国の一つの王様。色々とはっちゃけすぎなお人。今回のこともどれだけ宰相達が苦労しているのやら。


第一王女 …… 魔王様大好きオーラ全開。国では眉目秀麗才色兼備な完璧人なのだけど。今回は父親の悪巧みに乗っかって魔王国にいざ突入です。


吸血鬼(兄) …… 趣味に全力全開。人間界の国と交易出来れば活発になること間違いなしと判断して国王の悪巧みに即答した人だよ。



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