第08話 とある勇者の悩み事④

 昼過ぎの王都はとても賑やかだ。


 王城から東西南北へと四方に伸びる大通りには場所ごとに特色はあれど、何処もお祭りかと思うぐらい人が溢れている訳で。


 そんな人混みに紛れる様に僕達は散策していた。


 はぐれない為に左手は武闘家と。


 そして、右手には武闘家と背丈がほぼ同じ少女と手を繋いで歩く。


 少女の正体? それはまだ秘密です。



「おお? 兄君、兄君。これは何なのじゃ?」


 右手に繋いだ少女が指さす方を見ると、とある露店が視界に映った。


 そこには彩り鮮やかな模様が描かれた扇形の細工物が均等に配置されている様で。


 見ているだけでも心が安らぐ気がしてくる。


 これって東にある和の国の物だったよね。確か名前は……



「勇者様、これってあれですよね?


 和の国にある暗殺部隊……シノービでしたっけ?


 そのシノービが好んで扱う暗器ですよね? ね?」


「何じゃと……。


 このような綺麗な趣向品がまさか人を殺める道具だとは。


 いやはや和の国は恐ろしい所なのじゃな」


 ええぇ……。


 武闘家さん何言ってくれてるの。


 合っているようで全然合ってないし。


 というかシノービって何さ。


 ほら店子のお姉さんもどう反応すれば良いか分からない表情してるよ。


「違う違う。これはそんな物騒なことに使わないから。


 これはね、こう手に持ってゆっくりと扇ぐことで、ほら」


 店子のお姉さんに断りを入れて並べてあったソレを一つ手にって興味津々な少女へと扇いでみる。


「お? おおお? 涼しい……涼しいぞ! 兄君、涼しい風がわらわに向かってくるのじゃ!」


「でしょ? これはね扇子って言うんだよ。


 確か、普段はこう、折り畳むことで持ち運びを楽にしているのかな?


 だからこれが暗器だなんて失礼極まりないと思うよ。


 ですよね? お姉さん」


「はい、はい。その方のおっしゃる通りで御座います。


 此方の品は和の国から直輸入しております扇子となります。


 わたくしの店で売っている扇子は観賞目的と納涼目的の二種類を取り扱っておりますが、どれも彩り鮮やかだとお思いにならないでしょうか?


 良ければお土産としてお一つ如何でしょう?


 可愛いお嬢さん方には間違いなくお似合いかと思いますよ」


 良かった。僕の知識は間違っていなかったみたいだ。


 値段は……うん、けっこうな額するよね、やっぱり。


 でもまぁ、興味を示してるみたいだしこういったことの為にお金も預かっている訳でもあるし。


「二人とも。好きな絵柄を選ぶといいよ。


 僕が買ってあげるからさ」


「「わーい(なのじゃ)!!」」


 我先にと選び始める武闘家と少女だけども。


 何処からどう見てもただの子供にしか見えないよね。



「可愛らしい妹さん達で御座いますね」


「えぇ、まぁ。そうですね」


「そうそう。


 一つだけお客様が誤解されていることがありましたので、これも何かの縁で御座いますしお教えしたいと思うのですが如何でしょう?」


「僕が誤解、ですか?」


 何だろう?


 というか、お姉さん近いって。


 半歩もしない距離に詰め寄ってきたお姉さんに身が縮こまりかけた僕だったが、この後の衝撃事実を知る事で更に縮こまることになったのは言うまでもなかった。



「実はですね。


 先程妹さんが言っていた和の国の者が使うという暗器ですが――あながち間違いでもないんですよ?」


「ッ――――!?」


 気づけば首元にひんやりとする何かが当てられていた。


 ソレはお姉さんの手から伸びる鈍い光沢を持った扇形の何か。


 いや、何かじゃない。どこからどう見てもお姉さんが売り物にしている扇子と同等の類だった。


「っと。大変申し訳御座いません。


 余計な緊迫感を持たせてしまいました。


 少し驚かせようと思っただけですので、お客様……その、殺気を収めて頂けると助かります」


「え? あ、冗談……なんですね」


 本当に何この人。


 油断があったとしても僕の隙を突くことが出来る人ってそう多くないと思うんだけど……。


「ええ、本当に冗談で御座います。


 わたくしは何処にでもいる店子の一人。それだけで御座います。


 それにお客様と敵対して良いことなんて一つもありませんから。


 ということで先の件、水に流されて頂けると大変助かる次第でして」


「えっと、特に気にしてないんで大丈夫ですよ」


 うーん。まぁいいか。この人嘘は言ってないみたいだし。


 深堀すると余計な何かを引っ張り上げそうで逆に怖い。


 けど、もしも白鳥の飛び立つ柄の扇子を選んだあの少女に手を出していたら冗談でも穏便に済ますつもりはなかったけどね。



「ちなみに、わたくしが手に持っているこの扇子は所謂鉄扇と呼ばれるものになります。


 わたくしは護身用として所持しているだけなのですが、見ればわかる通り扇面に貼られた素材が紙や布ではなく鉄を用いているので御座います。


 和の国でもあまり主流ではないので暗器と呼ばれても仕方がないのですが、これが意外に使い勝手が良いのですよ」


「へえ。確かに鉄で出来てますね、これ。それに結構重い」


「こう閉じて急所を突けば槍に。開いて薙ぎ払うことで刃に。扇面を相手に向けることで盾に。


 そしてこのまま水平に鉄扇を投げた場合、円月輪チャクラムと呼ばれる投擲武器に似た武器にもなるので御座いますよ」


 槍、剣、盾、そして投擲具にもなるのか。そんな万能武器あるものなんだなぁ。


 使いこなせればかなり脅威になりそうな装備かもしれない。


 使いこなせればの話だけども。


「確かに十分武器になりますね、それは。


 勉強になりました有難うございます」


 確かに勉強になったとかもしれない。


 やっぱり世界は広いなぁ。


 けれど、何故だろう。さっきからお姉さんの口車にうまく乗せられているような。


 そんな納得しづらい気持ちが渦巻いているのは気のせいだろうか。


 うん、きっと気にしたら負けだと思う。


「いえいえ、此方も驚かせてしまい申し訳ないことをしてしまいました。


 ……そうで御座いますね。


 お詫びになるか分かりませんが、丁度お選びになられた妹さん方の扇子に関してお一つ無料とさせて頂きたく思います。


 ですので、これを機会にまたわたくしの店をご贔屓して頂けると大変嬉しゅう御座います」


「あはは、断るわけにはいかない雰囲気だね。


 うん、分かった。お姉さんの提案に有りがたく乗ることにさせてもらおうかな」


 偶々出会うことになったお姉さんだけど、ここで縁を作っておいた方がいい気がしたのは間違いではないと思いたいな。




「兄君、わらわに似合うかのぉ?」


「うん、とっても似合うよ。何処からどう見てもお姫様の様で……あ、いやこれは駄目だな」


「そんに気にせんでもいいと思うに。わらわやっぱりお姫様に見えるかのぉ?


 うひひ、やっぱりそう言われると嬉しいのぉ」


 危ない危ない。この場で言っちゃ駄目な言葉を言うところだった。


 セーフだよね? え、駄目かな?


「むぅ。勇者様! ボクは? ボクにも似合うよね?


 勇者様のお姫様みたいにボクも見えるよね?」


「僕のお姫様って何かな?


 でも、えっと……うん。とても武闘家らしいかな?


 何て書いてるか分からないけど……」


 武闘家が気に入った扇子。


 そこには達筆な筆書きで異国である和の言葉が書かれていた。


 【唯我独尊】って何なんだろうね。



 ちなみにだが。


 この露店巡りは歴とした依頼だったりする。遊んでるわけじゃないからね。


 それに、武闘家と買ったばかりの扇子を扇ぎ合ってはしゃいでいる少女のことだけども。


 先程から兄君と慕うこの少女は僕の妹ではない。断じてない。


 確かに出会った当初から妹のように慕ってくる人であったのは確かだけどれども。



 その正体はこの国の王様の娘の一人。


 所謂、第二王女その人だったりするから驚きだよね。


 何故こんな状況になっているのかは理由は単純だったりする。


 冒険者ギルドへ赴いた際に、勇者である僕を指名した依頼があると知らされて向かった結果。


 僕達は正真正銘のお姫様のお忍び王都巡り兼、護衛をすることになったのである。


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★第08話 登場人物★


勇者 …… 実は鉄扇が欲しかったりしないでもない。


武闘家 …… 深層心理で誰よりも優れた自分になりたいからこそ、意味が分からずとも選び抜いた扇子なのかは本人にも預かり知れぬ謎だったりする。


第二王女 …… のじゃロリ王女様。勇者に初めて会った時から一目ぼれなのは言うまでもない事実。


お姉さん …… もちろん和の国出身のお姉さん。そして、その正体は暗殺部隊シノービの一人なのです。な、なんだってー!? (もちろん嘘です)



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