第07話 とある魔王の悩み事④

「すまないがもう一度言ってもらえるであろうか?」


 いつもの定例会議。


 城内の一角にある会議室にはいつもの顔ぶれである吾輩を慕う四天王達の姿。


 そこで吾輩は四天王の一人であり、財務担当でもある吸血鬼(真祖)が話す内容に耳を疑ってしまった。


「主様。聞こえない振りをしても無駄で御座います。


 こほん。次聞こえない振りをした場合、血を吸わせてもらいますからご承知の程を。


 現在魔界側からの要望で魔界の一部の魔物を人間界に――正確に言えば我が主様が住まう此方へと移住したいとの案が出ております」


「やはり聞き間違いではないのだな……。


 だが、吸血鬼よ。現在の勢力で我が居城の維持は問題ないと思っているが?


 というよりも勇者が攻めてこない今、昔と変わらず城内の改良以外魔物達もすることがなく逆に余っていると聞いているのだが」


 考えなくても分かることだ。


 この魔王城には少なくとも千を超える魔物達が住んでいる。


 各魔物の地位としては様々だが、魔王である吾輩を最上位として、その下に四天王。


 そして各四天王の配下に番号や符号で分けた部隊を取り仕切る部隊長クラスの魔物が数十単位の魔物を統率している状況だ。


 基本的に定期的に開催している会議で各四天王が配下の部隊長から上がってくる要望や不満等を纏めて吾輩に報告。


 そして、吾輩からの連絡事項を各四天王に伝えることにより末端の魔物まで情報を行き渡らせる様にしている。



 それで、だ。


 この人間界に魔王城が現れて早5年。


 その間に何度我が率いる魔物達と人間達との争いがあったと思うだろうか。


 答えは未だ一度もないのである。


 いやまぁ、先月勇者が我が居城に乗り込んできた時は、魔物達も歓喜に極まった様子であったさ。


 だが、その勇者と実際に相対した魔物は? というと、この会議室の隅でふよふよしているスライムだけという始末。


 ちなみに何故重要な会議にスライムが? という質問は無粋である。


 意気揚々と各持ち場に動いた魔物達の落胆っぷりはそれはもう言葉に出来ない状況だったな。


 実際吾輩もあの後暫く意気消沈し、何時かの酔っ払った吾輩を血祭りにあげたいと思ったほどである。



 と、話が脇道にそれてしまったが、何が言いたいかというと。


 この5年一度も誰からも侵略もない我が城内に住まう魔物達は正直やる事がないのだ。


 だったら逆に人間界を攻めればいいとかいう馬鹿はまさかおらぬよな?


 前にも言ったが、吾輩は魔王であることすら望むところではないというのだ。


 何が楽しくて人間達を支配せねばあるまい。


 だが、何もすることが無いというのも事実。


 その結果がダークドワーフの渾身の逸品である無駄に光るつるぎであったり、穴掘族が頑張ってくれた落とし穴でもあるのだが。


 正直もうこれ以上城内の改良にも限度があるし、魔物達のモチベーションを維持するのも限界があるのだ。


 なのに、その上で新たな移住希望者だと?


 そんなの無理に決まっておるであろうが。


「主様。主様。


 心の声が駄々漏れで御座いますよ。


 それにわたくしの話を最後まで聞いて頂けますか。


 主様が危惧する今の状況をわたくし達が理解してない訳がないでしょう。


 ただの戦力になりたいと思う魔物達の移住希望であれば魔王様に通さずとも此方で握り締めて終わっております」


「そ、それはそうであるな。


 それよりも吾輩の心の声そんなにも口に出ていたであろうか」


「はい。それはもう頻繁に」


 今度から気を付けるとしよう……。



「それで吸血鬼よ。


 お前が話す移住希望者とやらだが、戦力としてではないのであれば一体何なのだ?


 雑務係である者達も現在は不足していないと思っているのだが」


「その通りで御座います。


 戦力としてでもなく、雑務を行わせる予定も御座いません。


 彼等魔界からの移住希望者ですが、単に人間界に住みたいという者達なのですから」


「ふむふむ。人間界に住みたいと……。


 うん? 人間界に住みたい? それは我が居城のことを言っているのか?」


「違います主様。魔王城に移住したいのではなく、人間界に移住したいとのことで御座います」


 吸血鬼の言葉が理解できるような理解できないような。


 魔王城に住まないのであればそれは吾輩が管理する必要はあるまいよな?


 勝手に移住するなり、勇者を倒すなり、世界を征服するなり好きにしてくれと思うのだが、吾輩何か間違っているのか?



「主様。知っているかと思いますが、魔界から人間界への移住は現在主様の許可がいることをお忘れですか?


 そして、許可を与えた魔物の責任の所在も主様にあるということを。


 移住した魔物が勝手に暴れて勇者を倒してしまったり、世界と言わず一国でも滅ぼしてしまった日には主様の胃に穴が開くだけでは済まない状況になると思われますが」


 なん……だと……


「え? では吾輩はどうすればいいのだ?」


「主様には近いうちに再度指導する必要がありますが、それは置いておきましょうか。


 そこで我々から提案があります。


 街を作りませんか?」


「…………?」


 何か話が飛んだ気がする。



「申し訳ありません。言葉が足りませんでした。


 移住希望の魔物達の為にこの魔王城の傍に移住者専用の街を作ってみませんか? という要望になります」


「え? 本気で言っているんだよな?」


 話は一直線に続いていた様だ。


 だが、何故そこで街を作ろうとなるのだ?


 何かとてもじゃないが嫌な予感がする。


「すまない。一つ訊くことを忘れていたことがあったな。


 その移住希望者とやらのことだが――どの程度の希望者がいるのだ?


 十名程度か? それとも百名を超えるなんてないよな? ははは」


「あぁ、言っておりませんでしたね。これは大変申し訳ありません。


 魔界からの移住希望者ですが――大よそ5千となります」


「ほげ?」





「おい、魔王様の頭がイカれてしまったではないか」


「吸血鬼よ。最近の魔王様の心は豆腐といっても過言じゃないのだぞ。


 某ですら、お主の物言いは直球過ぎるとヒヤヒヤしているのだが」


「だからと言って後回しにしてもいい話題でもないでしょう?


 それに街づくりとなれば配下の魔物達にも役目を与えることが出来ますし、大半の資材は魔界から調達出来ますしそう悪い話ではないと思いますよ?」


「「確かに」」


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★第07話 登場人物★


魔王 …… 考え事に集中することがよくあるが、実はその大半が口から漏れているということを最近知って恥ずかしさのあまり引きこもりかけた。


吸血鬼(真祖) …… 四天王の一人。ドSのお姉さん。魔王城の財政を取りまとめてるのでとても優秀。眼鏡が似合いそうだよね。


牛魔王 …… 魔王様の心の為に漢方薬の勉強を始める。


鎧武者 …… 最近スライムと意思疎通が出来る様になってきた。発酵食品は奥が深いものだ。



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