第06話 とある勇者の悩み事③

 王様との謁見から約一ヶ月。


 僕達、勇者一向は未だ王都に滞在していた。


 本来であればすぐにでも魔王討伐に出発するべきだと思う。


 けれども、今の僕達には一つの問題に直面していたのだ。



「ほら、勇者様早く行こうよ!!」


 目の前にはその場で足を踏み動かし興奮を抑えきれていない武闘家の姿。


 あぁ、ほら。そんなに急いでたらこけてしまうよ?


 此方の歩く速度に合わせることが出来ない武闘家がとてててと両手を広げて大通りを走り出す。


 そして、こけた。


「えへへ……」


 全く、仕方ないなぁ。


 怪我はしてない? え? 受け身をとったから大丈夫?


 武闘家だから受け身が取れるのは当然だろうけど、それでも君、よく前を見ないで看板や木にぶつかったり、何もないところで躓いたりするよね。


 まだ子供だから仕方ないと思うけど、もう少し落ち着かなきゃ駄目だと思うよ?


「だって、勇者様と二人っきりなのが嬉しいんだよ!」


 そう。


 今、僕は武闘家と二人だけで行動している。


 けれどそれは既に一週間前からのことでもある。


 毎日飽きもせず天真爛漫な笑みを浮かべてはしゃぐ武闘家。


 彼女は何がそんなに楽しいんだろう。


 けど、辛気臭く行動するよりも武闘家の様に毎日を楽しく生きるのも悪くないのかもしれない。


 小走りで武闘家に追いつき、僕は目的の場所の扉を今日も開く。



「あん? なよなよしたお坊ちゃんとちびっこがこんな場所にどうしたぁ?


 へへっ。小綺麗なお坊ちゃんは家にでも帰ってミルクでも飲んでるのがお似合いだと思うがなぁ?


 ここはお前達の様な人間が来る場所じゃねぇぞぉ?」


 はい。中に入って数秒もしない内にからまれました。


 酒瓶を片手に強面のオジサンが僕達に近づいてくる。


 周囲にいる人達はこの光景を見ても止めようとせず皆、我関せずといった風体を醸し出している。


 ん? 視界を少し動かすと一人の青年が何か言わんとしているのが見えた。


 初めて見る人だなぁ。あ。近くにいた人に止められてるよ。


「おいおい、聞いているのかぁ?


 それともオジサンが怖かったりするのかねぇ?」


 僕の目の前までオジサンが近づいていた。


 僕の後ろにはワクワクした表情で僕とオジサンを見ている武闘家の姿。


 期待しても何もないからね? これはいつものことなんだから。


 そう。これはいつものこと。


 この場所では日常茶飯事であり、この光景すら日常の一部だということだ。



「オジサン。ミルクなら今日も朝一番に飲んだばかりだから大丈夫だよ。


 そしてオジサンの顔は誰が見ても怖いと思うなぁ。


 あ、挨拶を忘れてたね。こんにちわ。今日もいい天気だよねぇ」


「けっ、このクソガキが。真正面から怖いって言われるとさすがの俺でも傷つくんだぜ?」


「またまたぁ。


 顔の傷が増える度に馴染みの人達に強面に磨きがかかったって自慢してるのを僕知ってるんだよ?」


 二人の間に広がる一瞬の静寂。


 そして。


「くっ、はははははは!!


 知ってるっつーか、その馴染みの中にお前も入ってるだろうが。


 よぅ。今日も早かったな。


 良かったな、今日もあるらしいぜ? とびっきりに旨い奴が」


「え? 本当に?


 これなら近いうちに目標の額に貯まるかもしれないなぁ」


 急に肩を組合い笑いあう僕達に驚きを隠せない人物が約一名。


 さっき勇敢にも何かを言わんとして止められていた青年だけ。


 他の人達は皆いつものことだと気にも止めていない状況だった。



 ここは冒険者ギルド。


 少しだけ……いや、最近は凄味が増してきた強面の優しいオジサンが出迎えてくれる様々な依頼書の斡旋所だ。



 今、僕達には魔王城に乗り込む為の資金がほぼ尽き欠けていた。


 それは何故かと言われてもそんなの魔王城に一度乗り込んだ挙句、無様に敗北したからに他ならない。


 唐突だけど魔王討伐の旅に一番必要なことは何だと思うだろう。


 勇者の存在。力強い仲間。そんな綺麗事を僕は言いたいんじゃない。


 正直なところ自分自身が勇者だから調子に乗ってると思われるのが嫌だから言わないけど、別に勇者じゃなくても魔王討伐は何時か出来るんじゃないかなと思っていたりする。


 前提条件に被害状況を考えなければの話だけど。


 実際、勇者って言ったって何でもできるわけじゃないんだよね。


 勇者の力を万全に扱ったとしても万の軍勢に勝てるわけがない。


 色んな意味で負けてしまうに違いない。


 僕は勇者以前にただの人間だ。それはもちろん僕の仲間達も。


 お腹が減るのはもちろんだし、夜眠くなるのは当然のこと。


 偶に旅の途中で立ち寄る町では美味しい物を食べたいし、綺麗な宿で寝たいと思うよね。


 旅一つにしても、野営道具は必要だし、各種薬品や衣類等も準備する必要がある。


 それに勇者だって馬車を使うこともある。高価な魔導車や他国にある飛行船に憧れることもある。


 けど、そんな贅沢なことは出来ない。


 お金がないのだ。


 何をするにもお金が必要なんだよ。


 僕達の国の王都から未開の地とも言われる死の大地を越え、樹海を突き進み、魔王城へと至るまで恐らくは最短で向かっても半年はかかるはずだ。


 はず、というのも僕が知る限り魔王城に辿り着いた人間は僕達、勇者一向だけのはずだから。


 そして、僕達が魔王討伐の為に費やした年月は約3年だ。


 3年という月日を半年に抑えることが可能なのかとも思うけど、それは十分に可能だと思っている。


 実際、僕達は必要なことだったにせよ色々と寄り道をしながら魔王城に向かった訳だし、真っすぐに突き進めば半年以内には魔王城に辿り着くはずだろう。



 で、だ。


 さっきから何が言いたいのかというと、手持ちの資金は魔王城に至るまでの道中でほとんど使い果たし、王都に預けていた貯金も失った皆の装備や道具の買い替えで使い果たしてしまった訳なんだよ。


 だからこそ、僕は思うんだ。


 魔王討伐の旅に一番必要なことはお金だということ。


 そもそもお金を含む資源が湧いて出るほどあるのなら万の大軍で攻めればいいと思うくらいだよ。


 そんな夢物語出来る訳がないからこそ、少人数でも勝ち目が見える僕達、勇者一向が頑張るしかないんだけどね。


 そういう訳で、今日も元気に依頼を遂行してお金を稼ぐ一日が始まるのだ。



 ちなみに武闘家と二人で行動している理由は彼女が勝ったから。


 勇者一向全員で一つの依頼に動くなんて過剰戦力はとてもじゃないが無駄すぎるしね。



 現在別行動をとっている僕の仲間である他の彼女達はというと。


 騎士団と共に王都の治安維持と周囲の町村への警邏に当たっている騎士姫。


 教会に戻りミサや孤児院の手伝いと臨時の先生として子供たちを教えている聖女。


 主に一人で近隣の森で希少な薬草を採取して調合したり、野生の獣を狩猟して馴染みの商会に売り捌いているエルフの姫君。


 魔導具の管理をしている魔法ギルドで新たな魔導具の開発と王都内にある有名な学園で臨時の講師をしている魔法使い。


 皆、自分の得意分野を生かして資金調達をする毎日を過ごしている。



 僕が武闘家と行動していることを他の彼女達は納得しているのかって?


 もちろん納得してくれなかったよ。というか、今も納得してないと思う。


 でも、じゃんけんで武闘家が勝ったのだから仕方がない。


 今までもこう言ったことは多々あったからね。


 我が強い彼女達が正々堂々と勝負を決める為にもじゃんけんはとても有効なんだ。


 そして、一度決まったことは納得は出来ずとも口には出さずに我慢してくれる彼女達に僕は感謝もしている。



「何があるかな~? 今日は何をしようかな~?」


 けれど、今も隣ではしゃぎ続けている武闘家に僕は一つ言いたい。


 別行動が終わってまた勇者一向として行動するとき他の皆からの嫉妬を全て受け続ける覚悟は持った方がいいんじゃないかな。


 ひどいと思われるかもしれないけど、僕は何もしないからね。


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★第06話 登場人物★


勇者 …… 世の中やっぱりお金だよね。久しぶりに冒険者の様に依頼をこなすことが出来て楽しい毎日を送っている。


武闘家 …… 実は元冒険家。そして最年少で冒険家になったホルダー持ちでもある。勇者様ラブ。


オジサン …… 見た目は強面。それが自慢でもある。けれど中身はとてもいい人。俺にビビる程度じゃ冒険者なんて止めとけとのこと。


新人冒険家 …… 先輩の冒険者に連れられて冒険者ギルドに来るのは実は初めての新人さん。オジサンの激励はタイミング悪く逃していた。頑張って生きろ。



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