第03話 とある魔王の悩み事②

『うむ。まさか本当に頼むことになるとは思わなかったが、よろしく頼む』


『えぇ。委細承知致しました。


 ですが、恐らくですが今後も貴方との通信は頻繁に行われると思っておりますよ。


 では失礼致します』


『え? あ、おい! くそっ、切れてやがる……』


 何か不吉なことを言って切りやがった。


 司祭め。こうなる事を知ってたかのような口ぶりだったな。


 久々に使うことになった映像通信だったが何というか、勇者が戦闘不能になったというのに向こうの様子は平常運転だったんだよな。


 密約があるにせよ、どうも腑に落ちん。



「魔王様。勇者一向の転送滞りなく完了しました」


「あぁ、ご苦労……。


 牛魔王よ、お前ももう口調は直していいぞ。


 俺も今だけは肩の力を抜かせてくれ。


 はぁ…………なぁ牛魔王よ。もしかすると今日の出来事は夢ではないか?


 俺はようやくこの日がやって来たと思っていたんだぞ。


 それなのに勇者が……あぁ……もう嫌だ……」


「ちょ、魔王様落ち着いて下さいよ!


 我々ですら予想外だったんですから取り乱してしまうのも仕方のないことですが、それにしても他の者に決して見せられる姿ではないことは確かですよ」


 大丈夫。ここは一部の者しか知らない秘密の部屋なのだから。


 少しぐらい愚痴を零してもいいだろう?


 そうでないと魔王なんて役をやり続けることなんて不可能だ。



「大体何で落とし穴に落ちるんだ?


 あれか? あの無駄に光るつるぎがどうしても欲しかったのか?


 ただ光るだけの紙しか斬ることのできないなまくらだぞ?


 誰だよあそこにあんなの置いたのは」


「え、魔王様がそれ言います?


 この前急に思いついたとか言ってダークドワーフの元に発光ダイラント石を加工して欲しいと無茶ぶりを言ってたじゃないですか。


 しかも手前に落とし穴を穴掘族に頼んでスライムを投げ込んでたのも魔王様ですよ?


 まさか覚えてないとか言いませんよね?


 確かにどちらの時も魔界からの定期通信が終わってナーバスになった後でしたが、お酒の飲み過ぎで酔った勢いなんてこと……無いですよね?」


「は、ははは。覚えているとも。


 もちろん言ってみただけだ。……そうだよ俺の案だよ。


 あんな稚拙な罠に見事にかかるとは思わなかったがな」


 ジトっと見てくる牛魔王だが、まぁばれてるよなぁ。


 だが、魔界の重鎮との定期通信はつらいんだぞ? あんなのヤケ酒しないとやってられないだろうが。


 まぁ、だからと言ってあの罠は無いな。


 だから次の日に申し分のない無駄に光るつるぎを持ってきてくれた時はきちんと労ったし、10メートルもの深さの落とし穴を掘ってくれた穴堀族にはつい、深すぎだろ!? と、突っ込みそうになってしまったが、口には出さなかった。


「えぇ、本当に。


 あのスライム見事に聖剣以外溶かしてしまいましたね。表情はないはずなのに自慢気にドヤ顔している様に見えましたよ」


「俺も同じことを思った」


 あのスライム。近くの樹海を気ままに彷徨っていた普通のスライムのはずなんだよな。


 魔界じゃ汚物や汚れを溶かしてくれるスライムもこの人間界じゃ害獣と同じで魔物としか見られていない。


 魔界じゃ一家に一匹は必要と言われているスライムなのにな。


 っと、いかんいかん。スライム談義をしている暇ではなかったんだ。



「時に牛魔王よ。


 お前の考えで構わないんだが、勇者はまたやって来るよな? というか、来ないと困るぞ。


 次の重鎮達への報告までに勇者一向に動きがなかったら怒られるのは我なのだぞ」


「知りませんよそんなこと。


 けどまぁ、来るんじゃないですかね? 我々が勇者一向の醜態を見聞しなければ敗北理由なんて広まりませんし。


 まさかこの城で魔物一匹倒せずに諦めるなんてことはないでしょう。あれでも勇者なんですから」


「あれでもとか言うなよ。俺はあの勇者に負けることが望みなのだぞ」


「私としては勇者が諦めるくらいへし折って本当に世界を征服してもいいと思うんですけどね」


「ならお前が魔王をやるか? 名前に魔王が付いているんだから文句ないよな? な?」


「ご冗談を。あっはっは」


 牛魔王ぶっころ。



 実際のところ我々魔界に住まう魔物は人間界のことを何とも思っていなかったりする。


 人間界より数倍は広大な大地を持ち、豊富な資源も尽きることはない。


 力に溺れて世界征服を目指す馬鹿もほとんどいない平和な世界。それが魔界だ。


 そんな魔界から何故俺が魔王となって人間界に現れたと思うだろう。


 そんなの俺が聞きたい。


 いや、まぁ理由自体は知っている。知ってはいるが……納得は出来ん。


 無理に吾輩口調を使い、威厳溢れる風体を出すのは正直疲れるしかないんだぞ。


 それもこれも人間界の今にも壊れそうな国々のせいだ。


 そもそも魔王を名乗っているが、俺の魔界での実力は中の上程度の強さでしかない。


 俺よりも強い魔物なんて魔界には腐るほどいる。


 それなのに何故俺が魔王と呼ばれているんだろうか。


 人間界に魔王城が聳え立ち既に5年が経つ。


 これは重鎮達から聞いた噂程度の内容になるが、もしも魔王が人間界に現れなかった場合、その5年のうちに人間界は再起不能なまでに滅びかけていてもおかしくなかったそうだ。


 このことを聞いた時、俺は言っている意味が分からなかったさ。


 簡潔に言えば魔王のおかげで人間達は存在することが出来ると言えるからだ。


 本当に意味が分からない。


 この人間界には魔界では有り得ない程に数多なる国が存在している。


 そして、その国々は各々隣国に最低一つは敵国だという混沌っぷりだった。


 常に争い、侵略する日々だったらしい。


 なんだそれ、魔物でも自重するし、争った後は肩を組んで酒を飲みあうというのに聞いた当時は理解することが出来なかったさ。



 そんな中、一つの大国の王が魔界へとコンタクトしてきたのが俺の不幸の始まりだった。


 要は一つの大敵が現れれば争うことが無くなるのではないかと。


 一種の人身御供。必要悪。スケープゴートと言っても問題ない状況だ。


 その運が悪い存在に俺が選ばれてしまった。


 何故俺なんだろうとあの時は天を恨んださ。


 重鎮達からは定期的に煽られ、プレッシャーに押しつぶされそうになる日々。


 一部の昔馴染みの魔物達以外には威厳溢れる姿を見せ続けなければ無い日々。


 何度胃に穴が開いたことだろうか。


 きっと病院で診察してもらえば鬱病と言われるに違いない苦行だと思う。



 ふぅ。今日はもう寝よう。


 明日起きればきっと勇者が俺を――吾輩を倒しに魔王城へと来てくれるはずだ。


 こういう日は度数が高いやつをストレートで飲んで忘れるのが一番だよな。


「ん? お前もそう思うか?」


 何時の間にか吾輩が樹海で捕まえて、勇者一向を敗北に追い込んだスライムが隣にいることに気付いた。


 器用に躰? まぁ躰でいいか。躰で酒瓶を差し出して傾けてくる。もう片方にはグラス。


 お前、それ吾輩の私室に隠していた秘蔵の酒だよな?


 飲めと? こういう日には飲んでもいいじゃないかと?


「ふっ……。お前も飲むがいい。


 勇者を追い返してくれたんだよな。


 お前にも褒美をやらねばいかんよな。スライムよ。ん? 別の名が欲しいのか? そのままでいい?


 まぁ、いいさ。一緒に飲むぞ。飲んで明日からまた気分を入れ替えて頑張るとするさ」


 スライムと酒を注いだグラスを打ち鳴らし飲み干す。


 あぁ、美味いなぁ。これは良い夢が見れそうだ。



「…………ま、魔王様? スライムと何をしているんです?


 っていうか、え、何時の間にスライムが? この場所極秘の部屋だった様な。


 それよりもスライムに知性はないはず……。


 うん、私も疲れているのかもしれないな。魔王様、私にもお酒を頂きたく」


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★第03話 登場人物★


魔王 …… 胃に穴が開くこと8回。人間界よりも魔界を特に重鎮達に攻め込みたいと思ったことが数回あったりする。


牛魔王 …… 魔王が魔王を名乗る前からの仲。実は魔王との喧嘩で無敗。意外と今の現状を楽しんでいる。


スライム …… 実は♀。酒の味を知ることでグルメの道へと進む。


司祭 …… 悪い人ではないよ。逆にいい人。けれど神官含めて教会は勇者に魔王の真実は伝えていないし、伝える気もなし。



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