2-2

よくよく聞いていればこの三日間、天來美心は竜西先輩を調査、もといストーキングしていたらしい。度々、ストーキングじゃないよう!調査だよ!調査!と訂正を入れられながらも軽く纏めた話はこうだった。


「つまり竜西先輩は競走競技、跳躍競技その全てにおいて全国大会一位の記録を持っていて?事言う投てき競技に置いてもその記録はオリンピック級だと?」

「そうなんだよ!でも手先が不器用だから投てき競技に置いては飛ばす方向が滅茶苦茶で記録を取れないんだって!可笑しいよね!」


人の不器用さを可笑しいで片付けた天來もどうかとは思うが、手先が不器用だから飛ぶ方角や方向が滅茶苦茶とは…手先じゃ無くて、上半身が不器用そうな話だ。


「それにいつもストーキングの途中で必ず消える、と。」

「調査ね!てんちゃん先輩!そこは間違えないで欲しいな!」

「意味は一緒だろう。」

「意図が違うもん!」


そう頬を膨らませる天來だが、その表情はいつも通り至極愉しそうだ。ストーキング対象、いや調査対象に毎度毎度逃げられてるとは思えない程の笑顔である。とまぁここまで聞けば、聞かなくとも、竜西先輩は竜だ。僕が知りうる限り足に自身があり手先が不器用、そして竜西と言えば

西を護る竜の一族である。

竜西りょうさいとは東西南北の西を護り司り、他に竜東りゅうとう竜南たつみなみ竜北たっぽうと三つの竜一族が居る。その中でも竜西は四龍の一族内でも取り立てて足が速く、その速さは人間の視力では目視出来ない程と言われており、彼等が走れば日本横断など五秒と掛からない。其れこそいくら人型とは言え全国大会、世界大会など目では無いだろう。竜と人間が同じ舞台に同じ土俵に立つなど、土台が違うだけに土台有り得ない。

触らぬ神に祟りなしと言うが、竜は非常に力強く、気高く、博識で長寿な生き物だ。正直僕の印象としては気難しい頑固爺の様なイメージであり、あまり関わりたくない。関わればそれこそ何がきっかけで逆鱗に触れ、天変地異が起きかねない。まぁ護身龍である四龍の一党である竜西先輩が急に破茶滅茶に暴れるという事は無くとも、用心に越した事は無い。速さに特化している竜西と言えど力が劣っているわけでは無い。其れこそ竜の力加減何て人間からしたらどれも皆等しく凶暴で強力な狂暴なのだ。

そうか、四龍の竜西九。速さの竜西。だから彼女はああもスラリと脚の長い人型なのか。うむ、素晴らしい。


「で、天來。その調査の結果…」

「竜西先輩はドラゴン先輩で、美心の部活には必要不可欠なの!」


んーーー。ドラゴン先輩。またも安易な愛称。こんな御座なりな愛称を付けられては四龍も暴れ出しそうな所業だ。と言うかきっと竜西先輩は天來の調査とも言える尾行に気付いている筈だ。だから天來は最後まで、竜西先輩の自宅まで辿り着くことが出来ていないのだろう。どっか森の中にでも住んでいるのかな?僕の考えも御座なりだった。


「だから今日は!てんちゃん先輩と一緒に竜西先輩を調査しまっす!」

「嫌だ!」

「えぇーーーーーー!?」


僕の即答ぶりに裏切られたと言わんばかりに目を丸くする天來美心。いやいやいや天來。考えてもみてはくれないか?ドラゴン先輩、つまり竜西九は天來にとってはドラゴンだけれど、僕にとっては立派なそれはそれは恐れ多いほどになんだよ。幾ら長身で美人で脚がスラリと長い僕好みの体型ではあるけれど、後を付ける?気付かれている時点で失敗するのは目に見えているし、今日でそれも四日目である。煩わしいと思われてはそれまでなのだ。それまで。それで僕の、僕等二人の人生が終わるのだ。

僕等二人の人生だけならまだ良い方で、此処一帯全てを焼き払われたり破壊し尽くされたりしたらどうする?そこまでの責任を僕は背負えない。それまでに絶命しているだろうことは抜きにしても御免こうむる。


「お願いっ!お願いっ!後生だから!」

「いや本当に後生に成りかねないから!」

「成りかねないって事は本物なの!?」

「うっ!」


此奴は、前回の階段怪談に続き抜け目がなく貪欲と言うかあざといと言うべきか。僕と会話を交わしながらもちゃっかり重要な文面だけを冷静に聞き逃さず捉えている。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、ひょっとして僕の方が本当に馬鹿なのか?えぇ、後生だからそれは嫌だ。

僕の沈黙を肯定と受け取ったのか、くるくると笑いながら屋上の地面を転がり回るその姿は、宛ら狂喜だ。まるで子供の様にはしゃぎ出した天來美心を止められる者なんてもう無い。今回の作戦成功率と同じ位に絶無だ。まぁどの道、天來美心も僕にとっては天災の様なものだ。もしかしたらこいつだって方法はどうあれ町一つ、街二つ喰らい尽くすかも知れない。何だか僕は確信も無いのにそんな気がするんだ。こんな小さな身体だけれど、内に秘めるパワーは計り知れないものがあるんじゃないかと。いや、これも天來のそれと同じく勘だけれど。

乗った覚えは無いけれど乗り掛かった船だ。

見る限り、他の女子生徒に囲まれながら練習に励む竜西先輩はとても人の良い、竜の良いように思える。スポーツをしているのだからもしかしたらスポーツマンシップに乗っ取って話を進められるかもしれない。その場合は僕もこの泥船では無くスポーツマンシップに乗りたい。


「そんな転げ回ってると砂だらけになるぞ。」


僕は一様、未だに冬用のスカートを履いている天來の制服の心配をした。そんな僕もまだ冬用のズボンなのだけれど。どうせ僕の壱萬円で経本を買ってしまった天來は夏用のスカートをクリーニングにさえ出していないのだろう。このまま数ヶ月我慢して冬までそのスカートを履き続けるのかもしれないし、もしかしたら今履いているのが冬用だなんてもうすっかり頭の中から消えてしまっているのかもしれない。

そんな天來のスカート事情に少しばかり思い耽った所で、僕はうつ伏せになっていた体制から頭を軽く上げ、校庭を見下ろした。


「─────っ!?」


さして、そんな気紛れな行動の結果、竜西先輩と、四龍の竜西九と目が合った。

咄嗟に目を逸らそうとしたものの、全く身動きが取れない。顔を動かすことも瞬きをする事も、呼吸さえ竜西九の許可を得なければ出来ないような、そんな息苦しさの中。頭の中だけは辛うじて動かす事が出来た。

この距離で目が合っている何て常識では考えられないが、竜西九のその目が、鋭く尖った三白眼が、目の前にあるかのように僕の瞳をじりじりと刺していた。目が離せないので顔全体を見ること出来ないけれど、果たして全体を見据えた所で僕は四龍の顔色など分かるはずもない。竜の考えている事なんて推し量れる訳が無いのだ。たかが人間如きに。

僕が目を離せず硬直し、冷や汗とも脂汗とも分からない汗をかこうとしていた時、ふと竜西九の左腕が動いた。ゆっくり、ゆっくり、不器用だと言うその手先を上げた。僕は何が起こるのかとその動きに集中する。と、言うより動けないので集中せざるを得ない。

竜西九は左手の人指し指と中指を立て、その後それを一つにくっつけ僕の方へと向けた。そしてくっつけたままの人指し指の中指をそのまま下へと二回振ったのだ。そしてゾッとする様な冷たい瞳のまま口元だけでニヤリと笑うと僕からスッとその目を逸らした。何だ、手先が不器用だなんて嘘じゃないか。

竜西九が目を逸らした事で身体の硬直状態から解放された僕は、ここで初めて息をする様に大きく息を吸い込み、吐き出した。


今のは軍の特殊部隊で使われるハンドサインだ。

何が泥船、何がスポーツマンシップなのか。

つまり直訳すると



僕が乗ったのは戦艦だったみたいだ。

どうやら今から戦争が始まるらしい!

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